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素直で、ヤンデレな幼馴染は天然です(安堵)2

 振り返らず、ただがむしゃらに走る。

 息が苦しくなったところで立ち止まり、両手を両膝につけて、呼吸を整える。


「はぁ、はぁ……いないか?」


 振り返って確認。

 誰もいない……よかったー。

 それにしても、まさか沙耶未があそこまでヤンデレになりきるとは思わなかった。


「廉……」

「ぎゃああぁぁぁぁ!」


 後方からの呼びかけに俺は腰を抜かし、後ずさりする。


「や、やめて! ひどいことしないで! 抵抗しないから!」

「ちょ、ちょっと廉!? 私よ! 雫だって!」


 し……しず、く?

 怖さでぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開く。

 そこには数少ない常識人の雫がいた。


「なんだ、雫か。驚かさないでくれよ」

「こっちの方が驚いたわよ」


 雫が手を差し伸べ、それに捕まって立ち上がる。


「また綾ちゃんに襲われたんでしょ」


 さらっと言い切る雫。

 俺の取り乱し具合から綾先輩と判断したのだろう。


「いや、そういうわけじゃ」

「え、そうなの!?」


 俺の答えに雫は目を丸くした。

 そこまで驚いちゃったら綾先輩がかわいそうだ。自業自得だけど。


「急に呼ばれてびっくりしただけだよ」

「それであの反応はおかしくない? それに、廉は真っ直ぐ家に帰ったんじゃなかったの?」


 そういえば、この道は俺がいつも使っている道から大分離れているな。

 無我夢中だったから全然方角を気にしてなかった。

 疑っている雫は眉間に皺を寄せてジッと見つめてくる。

 それに対して俺は苦笑するしかなかった。


「まぁいいわ。話したくないなら無理には聞かない」


 雫は諦めたようにため息を吐く。

 久しぶりに会った幼馴染が怖くて逃げてきたなんて、情けなくて言えない。


「ありがとう。ところで雫はなんでここに? 家ってこっちだっけ?」

「ううん、ちょっと買い物があって」


 雫が寄り道か。

 見た目と性格からして、あまり寄り道はしないタイプだと思ってたんだが。


「買い食いでもするのか?」

「晩御飯前に買い食いするほど、食いしん坊じゃありません」


 腰に手を当て、眉を釣り上げる雫。


「……でも、少し近いかも」

「近い?」

「これからスーパーに行くの」


 その瞬間、俺の体に緊張が走る。


「へ、へぇー。なんのために?」

「食材を買いに行くに決まってるじゃない」


 わかってるよ。わかってんだよそんなこと。

 なんで食材を買いに行くかが問題なんだよ。

 聞きたくはないが、一応聞いておこう。


「その食材は親とか、松本先生に頼まれたのか?」

「違うけど。それにお姉ちゃんはそんなこと頼まない」


 ですよねー。三食カップ麺でもウェルカム。むしろバッチコイな松本先生がわざわざ雫に食材を頼むはずないかー。

 それはつまり……


「てことは……雫が料理?」

「そう。あれから何度も練習してるわよ」


 やっぱそうだよな!


「そ、そうなのか。頑張れよ」

「うん、頑張る!」


 そう言って雫は両手で小さくガッツポーズを決めている。

 落ち着くんだ俺。別に雫が料理の練習をすることはいいことじゃないか。

 そもそも雫の料理を俺が食べるわけじゃないんだから。

 そうだ! 食べないんだ! なら安心だ!


「それじゃあ……俺は帰るから」


 さっさとここを離れよう。万が一試食を頼まれないように。


「うん……あ、廉。明日廉にお弁当持ってくるから」


 ……え? 俺、雫の料理、食べる? なんで?

 不穏な発言に俺は雫の方に体を向き直す。


「ほら、前に食べてくれるって言ってくれたでしょ?」


 俺が!? いつ!? あっ、前のアルバイトの時にそんな約束してた。


「そ、そうだったな」


 なんとかそんな返事をしたが、先ほどまでやる気に満ちていた雫の表情がかげる。


「やっぱり。嫌?」


 やめてくれ雫。そんな顔されたら男して断れない。


「いや全然! 練習したんだろ? だったらその成果を俺に見せてくれ!」


 そうだ。練習してるんだから味見をしているはずだ。

 いや、仮にしていなくても最終的に誰かが食べているはずだ。

 少なくとも前回よりはマシになっているはず。


「いいの!? ありがとう廉! 明日ちゃんと持ってくるからね!」


 珍しく子供のように喜ぶ雫は俺から離れると、大きく手を振る。


「楽しみにしててよ!」


 くるりとスカートを翻し、軽い足取りでスーパーへ向かうのだった。

 あんな嬉しそうな雫が見れたんだ。

 男として本望だ。だから胃に一つや二つ穴が空くくらいどうってことない。

 そう思わないと、明日を耐えることなんて出来ない。

 憂鬱な気持ちを抱えて自宅に帰り、普段通り過ごして就寝した。

 次の日、いつものように朝食を取り、支度を済ませて登校。


「やぁ廉君!」


 そしていつものように綾先輩が待ち伏せていた。

 飽きはしないのだろうか。


「いつもここで待ってますね。お疲れ様です」

「廉君に労われるなんて、今日はいい一日になるな!」


 嫌味だと気づいてほしいな。

 結局一緒に登校することに。

 途中までは会話(といってもほとんど綾先輩が話していたけど)をしていたが、昨日沙耶未のことが頭をよぎる。

 沙耶未と綾先輩は似ている。だからか、ふと思ったことが口に出てしまった。


「綾先輩。どうして俺なんかを好きになるんですか?」

「廉君だから」


 理由になってないんですけど。


「廉君のためなら何でも出来るぞ」

「何でも、って。綾先輩、そういうこと言っちゃだめです。次好きな人が出来た時に痛い目に遭いますよ」


 美人でスタイルの良い綾先輩に劣情を抱く輩はわんさかいる。

 こんなことを言ったら好きな人とはいえ酷い目に遭うだろう。

 そんな心配をしているのに綾先輩は期待した眼差しで辺りをキョロキョロと見渡している。


「何してるんですか」

「この流れは『だから俺が教えてあげます』と言って路地裏に連れ込まれ、あんなことやこんなことをされてしまうのだろう。だがそうなってしまうのも私の不用意な発言のせいだ。仕方ない」

「安心してください。この辺は路地裏は少ないですし、俺は襲う気なんて──ちょっと待ってください。俺の手を引いてどこに行くんですか? 人目につかなさそうな、人一人分くらいの幅しかない道に何の用があるんですか!?」


 手をほどこうとするが、力強く握られていて離せない。


「ああ、そうだ」


 綾先輩は俺の手を掴んだまま振り返る。


「仮の話でも、私が他の男のことを好きになるなんて口にしないでほしい。廉君に私がどれだけ君が好きか教えてあげよう」


 あれ、立場が変わってない? 俺が教えられる方になってるんですけど!?

 誰か来て! 襲われる! 助けてシズクエル!


「廉?」


 万事休すと思われたその時、救世主は現れた。

 いや分かってるよ。雫だろ? このタイミングで助けてくれるのは雫しかいない。

 ちょっと声が違う気がするが、料理の練習に没頭し過ぎて風邪をひいたのだろう。

 希望を抱いて振り返った。

 おかしいな。いつも髪は折り畳んでいるのに、今日はサイドテールなんて。おまけに眼鏡もかけていないし、イメチェンかな?

 ……うん、現実逃避はやめよう。俺のダメなところだ。


「さ、沙耶未」

「やっぱり廉だ」


 沙耶未の登場に嫌な汗が体中から溢れ出す。


「な、なんでここに」


 もしかして待ち伏せていたのか?


「真っ白な子猫を追いかけてたらいつの間にかここにいたの」


 予想してたのと違って滅茶苦茶ほのぼのとした理由だった!


「ところで、そこのキレイな女の人は誰?」


 沙耶未は無表情のまま綾先輩を見つめる。


「廉君、この可愛らしい女の子は誰だ?」


 綾先輩も負けじと睨み返す。

 この二人を出会わせたくなかった。

 だってストーカーVSヤンデレって、俺のデッドエンドルート確定じゃん。


「「で、誰(なんだ)?」」

「お、俺……先に学校行ってます!」


 二人の美少女に迫られる姿は男子なら憧れるシチュエーションだが、俺は恐怖でその場から全速逃げ出した。

 ただ問題の先延ばしだと分かっていたけど、耐えきれない。

 昇降口に着いても、追いかけてきているのではと考えてしまい、慌ただしく靴を変えて教室に飛び込んだ。


「だ・か・ら! 胸は大きさじゃなくて形が──ぶへっ!」

「あ、祐太が吹っ飛んだ」


 後方確認よし! 誰も追いかけていないな。


「よっ、廉。朝から慌ただしいな」

「ちょっとな」


 俺に軽く挨拶する卓也。周りにはいつものメンバー、隆志、剛、ゆう──あれ? 祐太がいない。


「祐太はどこだ?」

「あそこ」


 隆志が指差す先には床に転がっている祐太の姿が。

 まったく朝から何してるんだか。


「祐太、起きろ。汚いぞ」

「誰のせいだよ!」


 勢いよく起き上がり、怒鳴りつけてくる祐太。俺が一体何をしたんだろうか。

読んでくださり、ありがとうございます。

感想・誤字等ありましたら気軽に書いてください。


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