淑女で、紳士な二人は生徒会長の両親です(絶望)11
少しすると、注文したコーヒーとカフェオレが机に置かれた。
明美さんは店員に「ありがとう」と一声をかけて少しだけお辞儀をしてからコーヒに口をつける。
「うん……いつ来てもいい味ね」
綾先輩だけでなく、明美さんもこの喫茶店の味を気に入っているようだ。
俺もカフェを一口。
……うん、前にも飲んだけど、うまい。それだけじゃなく心もホッとする味。
目の前にストーカーの母親がいても、心を落ち着かせられる。
「それで、綾とはどこまでいったのかしら?」
「ごふっ!」
せっかく穏やかな気持ちになれた俺に、明美さんはいきなりそんなことを聞いてきた。
カフェオレを吹き出すことはしなかったが、代わりに気管に入って咳き込む。
「げほっ! ど、どこまで!?」
「母親としてちょっと気になるじゃない」
ワクワクしている様子の明美さんに苦い顔を浮かべた。
結局明美さんの誤解は解けていないようだ。
しっかりと綾先輩とはお付き合いしていないと言わなければ。
「明美さん。綾先輩は彼氏になる予定と言っていましたが、ただの生徒会の仲間です。尊敬はしていますが、異性としての好きでは」
「あら、そうなの」
改めて付き合っていることを否定する。
明美さんは驚いた様子を浮かべてい──てくれたらどれだけよかっただろうか。
微塵も驚く様子を見せない。
すべて見抜いているのか、優雅にコーヒーを飲んでいる。
「あの……本当ですから」
「わかっているわよ……でも」
ゾワリと背中に冷たい何かが這う。
「綾と結婚するんでしょ?」
俺はこの時どんな顔を浮かべていたのかを覚えていない。
ただ、良い顔ではなかったのはたしかだ。
「あのー……お付き合いしてないんですよ?」
「ええ。"今は"でしょ? それで最後には結婚する」
どうしよう。言い切られちゃった。
「そ、それはどうでしょうかー」
「いえ、する。綾はそうさせる。だって元次さんも最初は拒否していたけど、こうして結婚してくれたもの。あぁ……今も素敵だけど、昔の元次さんは可愛らしかった……」
俺を見ないで虚空を見つめる明美さんの目を俺は知っている。
あれは綾先輩が暴走している時と同じ目だ。
「元次さん、いつ帰ってくるのかしら。もし早いのでしたら……ふふふふふふふふふふっ」
何が起きるか知らないですが、あとで元次さんに教えてもらったアドレスに送っておこう。
お食事をしてから帰った方がいいって。じゃないと元次さんがお食事にされると。
「あの、明美さん?」
「やだ私ったら。ごめんなさいね」
自分の世界から帰ってきた明美さんは再びコーヒーを飲む。
「でも、やっぱり親子なのね。似たタイプの男性を好きになるなんて」
元次さんと俺が似てる? そこまで似てないと思うんですけど。
「本当……元次さんが私を見る目と、守谷君が綾に向ける目。そっくりね」
それは元次さんと俺が似てるんじゃなくて、ストーカー被害者特有の加害者に向けられる恐怖を含んだ眼差しです。
「あ、綾先輩って普段どんな風に過ごしてるんですか?」
なんとかしてこの流れを変えようと別の話題にすり替えた。
ついでに綾先輩の生態を知れたら今後の対策に役立てることが出来るし、一石二鳥。
「綾の? そうね……」
考えるように頬に手を添える明美さん。
「帰ってきてすぐにお風呂に入いるけど、その後は夕飯とテレビを見る時以外は自室で課題をしてるのじゃないかしら」
「そうですか」
想像通りの生活。あまり情報は得られないな。
「でも、守谷君と出会ってからはあなたのことを話すようになってくれたわ。その時の綾は凄く楽しそうだった。恥ずかしい話だけど、綾のあんなに嬉しそうな顔はあんまり見れていなかったわ。これも守谷君のおかげよ。綾の母として感謝してるの。ありがとう」
純粋に感謝している明美さんは深々と頭を下げている。
そう言われた俺は恥ずかしさで明後日の方向に視線をそらす。
「何かお礼を……あっ! そうだ! 守谷君が喜びそうな情報が一つあったわ!」
「俺が喜びそうな情報、ですか?」
まだ残っている恥ずかしさを紛らわせるためそっとカフェオレに口をつける。
「綾は寝る前にブラを外すわよ」
「ぶっふぅ!!」
今度は吹き出してしまった。ギリギリで顔を背けて被害を最小限に抑えたが、この人とんでもないこと言ったぞ。
いいのか? 娘のプライベートだぞ!?
「そんなに喜んでくれると教えたかいがあるわね」
「明美さん!? 娘のそんな私生活を母親が男子高校生に教えていいものではないと思うんですが!?」
「そう? 綾ならいいって言いそうだけど」
そんな訳ないじゃないですか! と言えないのが辛い。
「ん? 誰かしら」
明美さんのバッグから着信音が聞こえると、中からスマホを取り出して電話に出た。
「もしもし? どうしたの綾?」
電話の相手は綾先輩か。
「うん……うん……今? 守谷君とお茶してるわよ」
話の内容は分からないが、とりあえず綾先輩が騒いでいるのは分かる。
「あ、それと綾ちゃんが寝る時にブラしてないこと教えちゃった」
さっきの暴露を笑顔で報告してるよ。
「うん……ふふっ、守谷君にもそれで怒られちゃった」
おや? 綾先輩も明美さんの暴露に関しては怒っているらしい。
「うん……うんうん、わかった。今代わるね」
明美さんが綾先輩とのやり取りを終えると、スマホを俺に渡してきた。
何がしたいのか分からず、スマホを眺める。
「綾が代わってほしいみたいなの」
「はあ……」
明美さんのスマホを受け取り、耳にあてがった。
「もしもし?」
『廉君! お母さんと何してるんだ! 私というものがありながら』
色々と誤解と妄想が先走っているようだ。
「たまたま会って話をしていただけですよ。それで、わざわざ俺に代わってまでして話したいこととはなんですか?」
『さっき私の母から聞いただろ?』
「ええ、まぁ」
知りたかったわけじゃなかったんだけど。
『まったく、勝手にしゃべって』
恥ずかしいのか、少し怒っている綾先輩。こんな口調の綾先輩は聞いたことないから新鮮だな。
『こういうのはちゃんと本人の口から聞きたいことなのに。ね! 廉君』
んん?? 話がおかしな方向に向かってないか?
『だから改めて教えてあげよう。私は締め付けられている感じがして嫌だから普段寝る時はブラを外し──』
俺は無言で通話を切った。
「綾はなんて?」
「明日についての確認でした」
スマホを返して、残ったカフェオレを飲み干す。
ここに来てからたった数十分しか経っていないはずなのに、気疲れが酷かった。
これ以上東雲家に振り回されたくはない。というか限界だ。
明美さんに気づかれるようにチラッと時計を盗み見る仕草をして、時間を気にしているようにみせた。
「守谷君、この後予定があるのかしら?」
「ええ、ちょっと食材を買いに」
「だったらこれ以上引き止めるのは悪いわね。ここは私が払っておくから先に帰ってて」
「そうします。ありがとうございます」
嘘をついたわけではないが、さほど時間を気にする必要はなかった。
少し後ろめたさを感じながら店を出る。
ガラス越しに手を振る明美さんに振り返して、俺は真新しい自転車で買い物に向かう。
「あ、そうだ」
途中で自転車を止めてスマホを開き、元次さん宛にメールを送信する。
善意で忠告したが、仮にも夫婦なんだから俺の善意は大きなお世話だったか?
だがそんな考えも俺のスマホにかかってきた電話で露と消える。
「はい、もしもし」
『守谷君……ありがとう……ありがとう……今度焼肉でも食べに行こう』
涙ながらに感謝する元次さんの声を聞いて、心から伝えておいてよかったと思った。
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