淑女で、紳士な二人は生徒会長の両親です(絶望)9
元次さんは一向に口を開かずにいる。
運転に集中しているかと思えば、時折俺を盗み見て様子を窺っていた。
沈黙が支配する車内に一時間はいただろうと、こっそりとスマホの時間を確認するが、まだ出発してから十分も経っていない。
「……あの、お話というのは」
空気に耐えきれず、恐る恐る俺から話を振る。
元次さんは表情を変えず、重く閉ざしていた口を開く。
「寿司を食べながらでもしよう」
ここでようやく俺達は寿司屋に向かっていることが分かった。
一体なぜ寿司屋に?
まさか「もう娘には近づかないでくれ。でなければ……」とか言われて脅されるのか!?
それとも最後の食事だからいいものを食わせてやるという慈悲!?
恐怖のあまり思考が迷走する中、しばらく車は走り、やがて停車する。
「ここは私が払う。君は好きなものを食べなさい」
「は、はい……」
震える手で目の前に置かれた大トロを口に運ぶ。
口の中で甘さと共にゆっくり溶けていく。
「お、おいしいです」
「私のいきつけの店だ。遠慮せず食べなさい」
相変わらず仏頂面だが、このお店に入ってから雰囲気が和らいだ気がする。
お気に入りの店だから元次さんの気が緩んでいる……とかではない。
「若いんだ、もっと食べなさい」
レーンから流れてくるかっぱ巻きを取り、俺の前に差し出す。
仏頂面でダンディな男性の行きつけが安い回転寿司屋って。
完全に回らない寿司屋かと思ってたから、イメージとのギャップがあり過ぎでズルいよ!
ちょっと親近感湧いちゃったよ!
しかも元次さんさっきからコーンとか、ハンバーグとか、カリフォルニアロールとか回転寿司特有の変わり種ばかり食べてるんだもん!
ずっと仏頂面だけど和んじゃうよ!
「あの、そろそろ本題に」
「……そう、だったな」
元次さんが箸を置いた途端、体中に電流が流れるように緊張が走る。
「君は、綾と仲がいいのかね?」
まずはジャブとばかりに軽い質問をされる。
「はい。一応生徒会役員なので」
素直に答えると「そうか」と小さく呟く元次さん。
「では……綾と、何かあったかね?」
その質問はくるだろうと予想していたが、思わず体が反応してしまう。
「やはり綾との間に」
「な、何もありませんから!」
慌てて否定するが、後の祭り。机に手をついて前のめりになっていく元次さんの気迫に俺は追い込まれていく。
「どこまでしたんだ!」
「何もしてません!」
「隠さなくてもいい」
「か、隠していません!」
「いいから話すんだ!」
元次さんは俺の両肩を持って少し興奮気味に声を荒げる。
「綾が君に何かしたんだろ!?」
「俺と綾先輩は不純なことは何も――へ?」
今なんて?
「後をつけられたか? いつの間にか近くに綾がいたり、弁当箱が鞄に入っていたんじゃないか? すでに家も特定されているんじゃないのか!? 自宅なのに物の位置に不自然さはなかったか!?」
あ、俺この人と仲良く出来そうだ。
さっきまで仏頂面だった元次さんも表情が浮かび上がっている。
「綾から『好きな人が出来た!』と聞いた時は驚きはしたが、娘もようやく恋をしたのだと喜だよ。でもあの目。一つのことしか見えない目を私は経験したことがある」
元次さんも被害者なのか。そして加害者が誰なのかが嫌でも分かる。
「綾には普通に恋して欲しかったのに……すまない守谷君!」
机に擦り付けて謝罪する元次さん。
そのせいで周りからは変な目で見られている。
「顔を上げてください! 人が……」
「す、すまない」
自分が注目の的になっていることに気づき、座り直した元次さんは大きく息を吐く。
「本当なら父である私が言うべきなのだが、君の話をする綾の目を見ると昔を思い出して、体が……」
「お気持ち、なんとなくわかります」
二人で頭を抱える。
「それで、綾はどこまで」
「弁当をほぼ毎日」
「他には」
「いつのまにか自宅に入られてました」
「やはりか……」
襲われたことはあえて言わなかったが、
「襲われただろ」
「……はい」
娘のことをよく知ってるいい父親のようで、すぐに見破られた。
俺と元次さんは同時にため息を吐く。
「……元次さんも経験があるってことは、相手はやっぱり」
「あぁ、明美だ。当時は苦労したよ」
過去を思い出しながら遠くを見つめる元次さん。
それが未来の俺の姿のように見えてしまい、目頭が熱くなった。
「毎回登下校で一緒になる。お互い通う学校が違うのにだぞ! バイト先まで来てはバイトの時間が終わるまで居座られたことだってあった」
「元次さんも苦労してたんですね」
でも被害を受けているのに結婚してるんですね。
まさか何か理由が?
気になった俺は聞かずにはいられなかった。
「それなのに、なんで明美さんと結婚したんですか? もしかして、何か理由が」
「……知りたいかい?」
出来れば後学のためにそこは聞いときたい。
俺は首を縦にふる。
「そうか……いやなに、脅されたとかじゃない。ただ……」
言葉を切り、元次さんはニッコリと微笑む。
「負けただけだよ」
「負けた?」
「私が彼女のことを好きになってしまったんだよ。言動はどうあれ、純粋に私を好いてくれる彼女にね」
元次さんは手元のお茶に口をつける。
「あ、だからといって君が綾と付き合うかどうかは別だ。私は君の味方だ。そこは安心してくれ」
今のやりとりで充分に信用してますよ。
「でもなんだか元次さんに悪い気が」
「遠慮しないでくれ。そうだな……」
レーンから流れるたまごがのった皿を取る元次さん。
「会うたびにお小遣いをくれる親戚の叔父さん程度に思ってくれ」
元次さん、あなたって人は……
目の前が涙で霞む。
この人が常識のある人で本当によかった。
「さ! 気を取り直して食べよう!」
「はい!」
俺と元次さんの間に何か固い絆のようなものが結ばれ、それを祝うように食事を再開──しようとした。
しかしその前に、一本の電話が鳴る。
その音は俺からではなく元次さんの方から聞こえた。
ポケットからスマホを取り出した元次さんは「気にせずに食べてて」とジェスチャーして電話に出た。
お言葉に甘えてレーンから寿司を取る。
「私だ」
元次さんが話すと、スマホから声が漏れ出て、俺の耳に入った。
『元次さん。もう、全然出てくれないんですから』
「すまない」
どうやら相手は明美さんのようだ。
『綾も怒ってたわよ。もっと守谷君と話したかったって。それに守谷君とお寿司食べに行くなら連絡してくださいよ』
「す、すまない」
少々説教をされてしまい、スマホの向こうの明美さんに頭を下げている。
だが、どこか幸せそうだった。
昔はストーカーの加害者、被害者関係ではあったが、今は夫婦としてお互いを尊重しているんだな。
『帰って来る時は連絡くださいね。待ってますから』
「ああ、わかったよ」
そう言って元次さんは明美さんとの通話を切った。
「食事中にすまないね」
「気にしないでください。でも幸せそうですね。玄関のやりとりを見た時はもしかして仲が悪いのかと」
「ははっ、私と明美はいつまでもお互い愛しているよ」
他人の俺にここまで言うとは。
それほどまでに愛し合ってるんだな。
「ところで話は変わるんだが、明美に寿司に行くって言ったのかい?」
「元次さんに教えてもらうまで行き先すら知りませんでした」
「そうかそうか」
はっはっはっ! とお互いが笑いながら元次さんは近くに置いてあるアンケート用紙の裏に走り書きで何かを記入すると、俺に見せる。
『明美に触られなかったか?』
俺は首を縦に振り、首元を指差す。
元次さんはそっと立ち上がり、俺の首元に触ると、何かを掴んでゆっくり座る。
そして手を開くと、そこには小型の黒い機械が。
『これは?』
真似して筆談する。
元次さんは観察を始めると、安心したように一息つく。
「発信機だ。盗聴器じゃなくてよかった」
そっとテーブルに発信機を置く。
まさか生で発信機を見る日が来ようとは。
「油断してた。まさか君に取り付けていたとは」
「な、なんでこんなのが!? そもそも明美さんがなんで!?」
「守谷君」
首を横に振る元次さん。
「結婚しても、被害者じゃなくなるわけではないんだよ」
虚ろな目をした元次さんに俺はどんな言葉をかければいいのか、わからなかった。
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