青春の汗と、欲望乱れる球技大会(蒼白)14
体育館前ではすでに人の壁が形成されていた。
おそらく生徒会長の試合なのだろう。
誰かがこちらに気づく前に小鞠先輩を背中から下ろす。
「廉、見えない」
「俺もです」
どうしようかな。
「廉、小鞠さん」
雫の声に反応しキョロキョロすると、すでに場所を取っていた雫が手を挙げて居所を教えてくれていた。
雫の元に駆け寄ると、ちょうど二人分くらいのスペースが確保されている。
「遅かったね」
「小鞠先輩の試合が長引いて」
「ごめん」
あれは小鞠先輩がどうこう出来る問題じゃなかったと思います。
「気にしないでください。それで廉は誰を応援しに来たの?」
ん? そんなの生徒会の応援なんだから綾先輩の応援なのでは?
俺が意図を理解していないことを読み取り、雫はコートを指差した。
当然俺は指先に従い試合を見る。
姫華先輩がトスしたボールを高く跳んだ綾先輩が相手の陣地目掛けてアタックを打つ。
それに対して水原先輩がうまく拾い上げたことで得点を阻止した。
目の前の光景に俺は大きく息を吐く。
「よりにもよって相手は水原先輩なのか」
「で、どっちの応援?」
いたずらっぽく笑う雫。
意地悪な質問をしてくるな。
みんな大切な先輩だ。どちらの応援なんて決めれるわけがない。
「あはは! ごめんごめん意地悪し過ぎたわね。大丈夫よ。私だってどっちの応援とかないから」
そんなやり取りなどお構いなしに試合は進み、綾先輩達に得点が入る。
「会長! 副会長! 頑張ってください! 水原先輩もまだまだ逆転出来ますよ!」
俺の反応を楽しんだ雫は声を張り上げて両チームにエールを送る。
俺も切り替えて応援しよう。
「水原先輩ファイト! 姫華先輩ナイストスです! 綾先輩頑張ってください!」
俺の声援が届いたらしく、姫華先輩は微笑みながら手を振り、水原先輩は振り向いて顔を少し赤くした。
そして綾先輩は試合中にも関わらず目を爛々とさせていた。
応援に来たのは間違いだったかな。
そのまま試合は綾先輩達のチームが流れを掴み勝利するが、水原先輩達もよく健闘していたと思う。
決勝戦と言っても過言ではない良い試合だった。
その後もバレーの試合が全て終わるまで綾先輩達の応援を続け、予想通り綾先輩達のクラスが決勝進出。水原先輩達は三位決定戦を行うこととなった。
バレーの試合後は三年生の女子が体育館を使うことになっているため、この後の生徒会の動きなどの話し合いなどするために生徒会室で合流することに。
「綾先輩、姫華先輩、水原先輩。お疲れ様です」
まずは先輩達に声をかける。
「ありがとう廉君」
「もう、恥ずかしかったじゃない」
姫華先輩はにっこりと笑う。一方で水原先輩はそっぽを向いている。
「廉君私の試合はどうだった?」
何かを期待したような眼差しを俺に注ぐ綾先輩。
まぁここは素直に答えよう。
「凄かったです。特にアタックする姿はかっこよかったです」
「そうかそうか。独り占めしたいほど好きになってしまったか」
おっといきなり伝言ゲームが成立してないぞ。
「綾ちゃん。この後の動きを教えて」
「そうだな」
端に置いていたホワイトボードを俺達の前に動かし、黒いペンでこの後の予定を書き込んでいく。
「今やっている三年生の試合が終わったら一時三十五分まで昼食の時間。午後の部はそれぞれの決勝と三位決定戦が行われる。午後の部終了後は閉会式は早急に行う。生徒会の仕事はそれほどないが、何か問題があったら率先して動くように……こんなところか」
「……これで終わりなの? もっと何かあるんじゃないの?」
仕事内容に拍子抜けの水原先輩。きっと多忙だと思っていたのだろう。
「基本的に体育委員の仕事だから私達はあまりしないのよ」
姫華先輩の言う通り。基本的に体育委員が動くので生徒会の仕事は少ない。あるとすれば開会式と閉会式で綾先輩や姫華先輩が話したり、最後に少しだけ片づけを手伝う程度らしい。
「わざわざここに集まる必要あったの?」
「……俺と綾先輩」
「え? ……あ、そういうこと」
すぐに理解してくれて助かります。
生徒会室にわざわざ集まったのは、さっきみたいな綾先輩のとんでもない発言を他の生徒が聞かないようにするためなんですよ。
「……廉君? そんなに見つめてどうし――ああ、なるほど。そういうことか。今日は上下とも水色だ」
「何の上下ですか?」なんて質問はしないですからね。どうせ躊躇わず答えるんですから。
「それにしてもまさか小毬ちゃんが応援に来てくれるなんてね」
「たしかにそうだな」
それは意外だ。
「去年も、行く、つもりだった」
「でも試合の後だったから疲れて行く気がなくなったんだろ?」
綾先輩の質問に小毬先輩は口を閉ざして明後日の方向を向く。
「卓球したのによく来る気になったわね小毬ちゃん」
「それは……」
チラッと俺の方を見る小毬先輩。
ここで俺がおんぶしたことを伝えれば絶対綾先輩に騒がれる。
なので必死に懇願するように小毬先輩にアイコンタクトを送った。
小毬先輩は仕方ないといった様子で話を続ける。
「たまたま」
「そう……ところでクラスの子に飴玉貰ったんだけど欲しい?」
「廉におんぶしてもらった」
「ちょっと!?」
後輩が慌てふためいているのに一瞥すらせず姫華先輩から飴玉を受け取る。
俺の頼みは飴玉以下ですか。
しかもそれ二百円もしない大袋に入ったフルーツキャンディの一個ですよね。
大切な後輩のお願いは十円にも満たないというんですか。
「これ、レモン?」
「そうだと思うけど。苦手?」
「嫌い、じゃないけど、好き、でもない」
もうやめて。特別好きでもない味の飴に負けたとか。
これ以上俺の価値を下げないで。
「それで廉君。小鞠ちゃんにおんぶしたって本当?」
聞く必要ないのに綾先輩の前でわざわざ聞くなんてドSですか? ドSでしたね。
「えーっと……したようなー、してないようなー」
姫華先輩の顔をすぐには見れず、あちらこちらに視線を泳がせてから戻す。
さっきまで微笑んで目を細めていた姫華先輩が表情はそのまま目を大きく開いて目の前に立っていた。
「れ・ん・く・ん? 男の子ならはっきりしないと……ねぇ?」
女王様は逃がしてくれないようだ。
「こらこら姫華。あんまり廉君をいじめるな」
「「えっ?」」
綾、先輩? 綾先輩ですよね? 綾先輩が止めるんですか? この中で真っ先に反応して「私もおんぶ!」って言いそうなのに。本当ですか?
姫華先輩が俺と声を揃えて同じ反応するぐらい驚いてますよ?
「綾ちゃん、大丈夫?」
「どこか具合悪いの?」
とうとう常識人枠の二人も心配し始めたよ。
「なんだなんだ、みんなして」
「だって、小鞠ちゃんをおんぶ、したのよ?」
聞き逃さないように姫華先輩は話すが、綾先輩は聞き逃したわけでもないよう。
暴走するどころか、どこか勝ち誇ったように見える。
「たしかに小鞠が廉君におんぶしてもらったことは羨ましいが、一昨日廉君にしてもらったことと比べれば小さなことだ」
昨日あんなにもペットボトルを取り返そうとした人が何をーーって、一昨日!? 何したの俺!?
「守谷! 綾に何したの!?」
「知らないですよ!」
「廉君そんなに照れなくても」
身に覚えがないんですよ!
「本当に知らないの?」
そんなこと言われたってな雫。本当に覚えてないんだ。
一昨日って、花村公園に行く前に綾先輩と会った日だよな。
その日は綾先輩から逃げて……牛乳買って……魚肉ソーセージを猫にあげて……なんで俺魚肉ソーセージなんか買ってーー
「あっ……」
「『あっ……』って何よ! やっぱり何かしたの!? 友達のあたしを差し置いて!?」
そんなキッと睨みながら胸ぐら掴むのやめてください水原先輩。怖いですし、あと友達は関係ないでしょ。
「思い出したか。そう、私と廉君は口付け! 接吻! キッスをしたんだ!」
「き、キキキキ、キッス!?」
ちょっ! 水原先輩、首! 首しまってる!
何度も水原先輩の腕をタップするが、放心状態の水原先輩の手が離れない。
「水原先輩! 廉の顔が真っ青!」
「え……きゃああ! 守谷!?」
甲高い声と同時に水原先輩が手を離したことでやっと俺の肺に空気が入り始めた。
「ご、ごめん守谷。あたし、そんなつもりじゃ」
「だ、大丈夫ですから」
また何かがきっかけで胸倉を掴まれるのは嫌だし、少し水原先輩から離れよう。
「……ぁ」
なんか少し距離空けただけで落ち込んでるんですけど。
とりあえず綾先輩の勘違いを訂正しておくべきだな。
「綾先輩。俺キスなんてしてませんよ」
「何を言うんだ。私は今でも覚えてるぞ。キスは甘酸っぱいレモンの味と聞くが、まさか本当は魚介風味だったとは」
味が分かってるならそこで気付きましょうよ。
「え、魚介?」
「キスって魚介風味なんだ。知らなかった」
「あ、そういうこと」
姫華先輩はあまりそういったものを買わないからか答えにはたどり着けず、水原先輩にいたってはトンチンカンなことを言っている。
雫は魚介風味で俺が何をしたか気付き、小鞠先輩は無心で口の中の飴を転がしていた。
「それ魚肉ソーセージです」
「……いやいや。たしかに唇に感触がーー」
「少しひんやりしてたでしょ?」
「……では、私は魚肉ソーセージにキスしたのか」
ええ、その通りです。
「でもそのあとのソーセージはどうしたの?」
「そ、そうだ! もちろん食べたのだろ!?」
雫の質問にかぶり気味に綾先輩が食いつく。
「ちぎって猫にあげました」
「そ、そんな……」
現実を受け止められないのか机に手をついて頭を垂らしている。
「用意周到だったのね」
「大体予想してたからな。でも、ちょっと後悔してる」
「えっ!?」
「猫に魚肉ソーセージは体に悪いだろうし」
「あ、そっちか」
それ以外に何があるんだ雫?
「そうか……そうか……」
何かブツブツ言いながら体を大きく揺らして歩き始める綾先輩。
体が前のめりのせいで、長い髪で顔が隠れてまるで貞子みたいだ。
恐怖を覚えながらじっとしていると、俺の横を通り過ぎる。
ほっと胸をなでおろしたその時、首に腕が回り込み、背中に柔らかい双丘が当たった。
「綾先輩! 何やってるんです!」
「うるさい! 廉君に弄ばれたんだ。それにバレーでも活躍したんだからご褒美で廉君の背中に乗せろ! それか馬乗りさせろ!」
「馬乗りしたら絶対おそーーそれ以上力強めないでください! その、む、む胸が……」
「綾ちゃんやめなさい! 水原先輩! 手伝って」
「う、うん。こら綾! 早く下りな! うらやまーーじゃない。廉が嫌がってる!」
「もう廉君。私の期待以上の展開をしてくれるなんて。本当に可愛いんだから」
「……あ、飴なくなっちゃった」
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