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青春の汗と、欲望乱れる球技大会(蒼白)10

 バスケットコートではなく、芝生が広がる場所に向かう。

 日曜ということもあり、昨日よりも子連れの団体が多く、芝生の上にはいくつもレジャーシートが引かれている。

 その中で顔見知りの団体が座っていることに気がついた。


「れっちゃーん、こっちこっち」


 おいでおいでと手で招く美鶴さん。


「廉、お前財布持ってくの忘れただろ」


 レジャーシートの所に着くなりすでにいた卓也達に俺のドジを指摘されてしまった。


「気づいたなら持ってきてくれよ」

「休んどけって言ったのはお前だ」


 はいその通りです。なので俺は口を噤むことしかできない。


「本当は俺が持ってってやろうとしたけど、お前と入れ替わりで来た会長さん達が飲みものを買うついでだからってことで会長さん達に任せた。そんなことはいいからそこ座れよ。腹減った」


 そう言う卓也達の目の前には重箱が広げられている。

 なるほど呼ばれた理由はこれか。

 おそらくこれを作ったのは……。

 大家さんに視線を向けると、とても嬉しそうにニッコリと笑っている。

 やっぱり昨日の大量の買い出しは俺達のためだったか。


「さ、守谷君も座って座って」

「あ、はい」


 空いてる場所に腰を下ろす。


「じゃあ失礼して」


 立ち上がった美鶴さんが俺の右隣を陣取る。


「なら私も」


 逆サイドは綾先輩が座った。

 誰か代わってくださいお願いします。


「ちょっと、もう少し離れてくださいよ」

「それぐらいいいじゃんか廉。生徒会長の隣は羨ましいけど、美鶴さんはお前の姉ちゃんなんだろ?」


 いやいや、それ設定だから。俺には妹しかーー


「しかも小さい時に生き別れてたなんて……でも数年後に再開。別々に住みながらも仲が良いって聞いたぞ。泣けるなー」


 おい! 変な設定が加わってる!


「そうだ。れっちゃんは学校でどんなこと話すの?」


 四人に尋ねる美鶴さん。


「うーん、テレビ番組とか?」

「ゲームの話だったり」

「あと漫画」


 たしかにこの三人はその辺の話ばかりだな。


「俺はどちらかと言うと話を聞いてもらってる側ですから。もしかしたら俺と話してる時は退屈してるかも」


 大丈夫だ卓也。お前は俺の親友だ!


「む、三島君の言葉で一瞬目の色が変わった」

「薫。それってもしかして」

「ま、まさか!」

「こ、このあと……」

「ええ、あれはメスの顔だった。ならばこのあと私が教えたあの場所で」


 そういえば君達もいたんだね腐女四天王ふじょしてんのう


「そう、私の話はしてなかったんだ」


 当たり前のことにいちいち落ち込まないでください。


「……いや、そんなことないですよ」


 ちょっと裕太さん。君は何を言い出すのかな?


「そ、そうですよ。いつもお姉さんのこと話してましたよ!」


 剛?


「いつも『姉ちゃんが可愛い』とか、『姉ちゃんと結婚したい』とか言ってますから」


 おい隆志! 適当なこと言うんじゃねぇ!


「本当!?」


 無表情だが普段よりも目が輝いている。

 そしてこのタイミングでメールを受信したということは……予想通り綾先輩からだ。

 えーっと……『廉君は姉萌えだったのか。気づかなくてすまない。これからは杏花姉さんに姉の極意を教わって廉君の理想を目指すよ』か。

 その明後日の方向に努力するんじゃなくて、日頃の節制に力を注いでほしいんですが。そもそも松本先生は姉というより姉御です。

 そういえば松本先生が見当たらないな。


「雫。松本先生は?」

「コートに誰もいなくなるから代わりに待機してる。あ、そうそう。廉に伝言『ボール借りるぞ』だって」


 ボールを借りるのは別にいいんだけど。


「松本先生ってバスケ出来るのか?」

「うん、一応中学でやってたよ。高校はすぐに生徒会に入ったから仕事が忙しくて部活には入ってないみたいだけど。それでも何度もバスケ部から勧誘が来るほどって前に自慢してた」


 俺の予想だけど、バスケ部以外からも勧誘受けてるな。


「ほらほら守谷君。お話は後にしてお昼にしましょう。みんな待ってたんだから」


 どこかイキイキとした大家さんはおかずを紙皿にのせて俺に渡す。

 それにしても……かなり多いな。


「大家さんこんなに作ったんですか?」


 運動した俺達が腹を空かせているとはいえ、ここにいる全員で食べてようやくちょうどいいぐらい量。


「全部じゃないわよ。廉君のお姉さんも作ってたみたいだし」


 だから姉じゃないんです。


「生徒会の人達も持ってきてたの」


 生徒会と聞いた瞬間、俺と卓也、それに花田さんの動きが止まる。

 おそらく思い浮かべることは同じ。松本先生宅で振る舞われた紫色のパエリア。

 全員が料理に目を向けている中、俺達は一斉に雫と目を合わせる。


「……作ったのは綾ちゃんと水原先輩。私は一切手をつけて、ない、から」


 やめてくれ雫! そんな悲しそうな顔でそんな情報を付け加えなくていいから!


「あ、いや、ちがっ」

「ち、違うの松本さん」


 無理矢理雫の口から聞きたかったわけじゃないんだ! 条件反射でつい見ちゃったんだ! だから……ゴメン!


「はい、みんな手を合わせて」


 俺達の心情など知らない大家さんが取り仕切り、みんなが一斉に手を合わせる。


「いただきます」


 全員が「いただきます」と声を出すと箸で好きなおかずをつつく。


「うんっま!」

「運動後の飯はサイコーだな! 剛!」

「そうだな……って隆志! 俺のところから取るなよ!」

「おいしい。ほら美香。あんたちっちゃいんだからいっぱい食べなきゃ」

「もう! そこまで小さくないでしょ! あ、たつきちゃん。これおいしいよ。はい、あーん」

「あーん……うっま!」


 各々が楽しんでいる。俺も平和に料理に舌鼓を打ちたいところなのだが、


「れっちゃん。あーん」


 美鶴さんはそれを許してくれそうにない。

 箸で摘んだミニトマトを突き出す。


「一人で食べれますから」

「おいおい、姉ちゃんなんだから優しくしろよ」

「この人と血縁関係ないからな!」

「……え、そうなんですか?」

「いつかは弟にする予定」


 そんな予定は俺のスケジュールにないです。


「つまり美人な女子大生に弟のようにお世話してもらってると……自慢かよ!」

「違ぇよ!」

「コラッ! 喧嘩しないの。メッ!」


 小さな子供を叱るように人差し指を立てて注意され、俺は口を噤む。


「……大家さんの『メッ!』、良い」


 一方の裕太も静かになったが気の抜けた顔をしていた。


「それでこのトマトはどこにいくのかな?」


 まだこちらに箸を向けたままの美鶴さんは箸をぐいっとさらに突き出した。


「自分で食べてください」

「誰かにあーんさせたい」


 そんなの知りません。


「今の美鶴さんからは遠慮します」

「……はぁ、仕方ない。舞ちゃん」

「でねーーえ、どうしたの美鶴ねえ」


 おいでおいでと手招かれ水原先輩は花田さんとの会話を切り上げ、回り込んで美鶴さんの元に近寄る。


「ここ座って」

「う、うん」

「箸持って」

「これ?」

「うん。それでトマト持って」

「持ったよ」

「パーフェクト。では改めて、れっちゃん。あーん」

「いやいやいやいや。あなた何がしたいんです!?」

「私じゃなければいいんじゃないの?」


 そういうことじゃないんですよ。


「え、あ、ああ、あたしが守谷にあーん!?」


 水原先輩もこの反応。


「そうだよ」

「し、しないからね!」


 そうしていただけるとありがたいです。

 あーんにいい思い出ないんで。

 横目でチラリと綾先輩を盗み見る。

 こちらも同じことをしようとしているが、隣に座った雫に片手で妨害され、静かに攻防を繰り広げていた。


「もしかして舞ちゃん。高校生なのにあーんも出来ないのー? 舞ちゃんはまだまだお子様だねーぷぷー」


 煽りのテンプレートを少し改変したような発言に加え、抑揚のない棒読み感がハンパない。

 こんなのに乗るほど水原先輩もちょろくないですよ。


「そんなことないし!」


 ちょろかったー!


「ほ、ほらっ、守谷。あ、ぁぁああああん」

「水原先輩! 無理する必要ないですよ!」

「だ、大丈夫大丈夫。ほら、私って守谷のこと嫌いじゃないし。むしろ大好きなぐらいだし。私達友達みたいなものでしょ。友達にするんだから緊張とかするはずないし!」


 この人暴走してるよ!


「一度客観的に今の状況を見てください! どこの世界にそんな肘を引いた構えのあーんがあるんですか!?」

「普通よ!」


 普通なわけあるか!


「何よ! そんなにあたしが嫌なの!?」


 涙目で理不尽にキレてられてるんですけど!? この人面倒臭すぎる!

 誰か助けをと周りを見るが、裕太達は俺が水原先輩とやりとりが面白くないのかこちらを見ようとしていない。

 花田さんの友人達はお話に夢中。

 雫は綾先輩で手一杯だ。

 卓也は女性の先輩ということもあり割って入ることを躊躇っている様子。

 花田さんと美鶴さんはスマホで水原先輩の暴走を写真に収めている。

 年長者の大家さんは若かりし頃の青春を懐かしむような瞳で俺達を眺めていた。

 小鞠先輩は一個のおにぎりを両手で持って頰を膨らませながらもぐもぐしている。

 姫華先輩は恍惚とした表情を浮かべていた。

 詰んだなと心の中で思いながらも、一縷いちるの望みをかけて説得を試みる。


「嫌じゃないですよ。俺だって先輩のこと友達だと思ってーー」

「本当!? よかったー」


 俺の説得を終える前に引かれていた水原先輩の肘が伸びる。

 ふと、俺は前にテレビの番組で特集されていたマナー講座を思い出した。

 箸の使い方にもマナーがあり、口をつけるのは先から3センチまででそれ以上は行儀悪いとか。

 つまり箸を喉の奥にまで突っ込まれた俺は行儀が悪いということになるのだろうか。


「う! へうっ!?」

「え、ど、どうしたの守谷!?」


 喉に詰まったー!

 く、苦しい!


「廉君これを飲むんだ!」


 渡されたペットボトルのお茶の蓋を開けた。

 未開封独特のパキッという音が手に伝わる。そして一気にお茶を喉に流し込む。


「ぶへー……死ぬかと思った」

「あーあ。舞ちゃんが奥に突っ込むから」

「あ、あたしのせい。そんな、つもりじゃ。違うの守谷」


 子鹿みたいにプルプル震えて泣きそうな水原先輩。このまま何も言わなければまた暴走しそうだ。


「大丈夫ですから。水原先輩は悪くないですから」

「本当?」

「よかったね舞ちゃんのせいじゃなくて」


 水原先輩を撫でてるあなたが元凶なんですよ。


「綾先輩お茶ありがとうございました」

「いやいや気にするな。いいものも貰えるんだし、お互いwin-winだ」


 いいもの? 一体なんだ?

 おもむろに手に持っているペットボトルに視線を落とす。

 これは綾先輩から受け渡されたもの。つまり……


「さぁ、私の(・・)お茶を返してくれないか?」


 そうなりますよね!


「く、口つけちゃったんで俺が貰いますよ。綾先輩にはこの未開封のものをーー」

「それはスポーツドリンクだろ? 私はお茶が飲みたいんだ。なに、口をつけたぐらい気にしない」


 むしろそれに価値があると言いたげに俺が持つペットボトルを見つめている。

 この状況はストッパー役の雫に期待したいところだが、綾先輩の主張にさほどおかしなところがないためか止めれないようだ。

 もったいないけど綾先輩の手に渡るのはまずい。ここはこの手に限る。


「……おっと、手がーー」


 わざとペットボトルを離そうとした瞬間だった。

 綾先輩から何かを感じ取り、離れそうになったペットボトルを強く握る。

 あの気迫……間違いなくこれを落としたらシートにお茶溜まりが出来る前に拾われる。綾先輩の射程内では分が悪い。


「さぁお茶を」


 掌を上にして差し出され俺の逃げ道がなくなっていく。

 お願いです神様! どうか俺に救いを!


「会長さん、まだ俺のお茶未開封なんで飲んで下さい」


 スッと綾先輩にお茶が渡される。


「俺がそのお茶飲むんで」

「しかし三島君には悪いのでは」

「廉は女性と飲みまわすのに抵抗があるみたいなんで。男同士ならそんなこと気にする必要ないと思いますし」


 卓也に反論が出来ない綾先輩。

 事情を知っていないのに自然と俺が助かるように動いてくれる卓也はやっぱり俺の親友だ。

 あそこら辺でおもむろにティッシュを鼻に当ててる人達がいるけど気にしない。


「では貰っておくよ」


 ようやく提案を受け入れた綾先輩がふたを開けてお茶を一口飲んだ。

 その後はおとなしく食事を進めてくれたおかげで比較的平和に昼食を済ませることが出来た。

 食後の後片付けを申し出たが大家さんから、


「練習しに来たんだから練習しなさい。後片付けは私達に任せて」


 と言われ手伝うことを断られた。

 俺達はそれに感謝してバスケットコートへ向かった。

読んでくださりありがとうございます。

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