高校生で、一人暮らししている俺のアルバイト生活(疲弊)4
と言うわけで戻って来た俺と出勤した美鶴さん。
俺はしばらくレジを担当する事に。
「何か分からない事があったらおねえちゃんに任せて」
「いやレジはもう出来ますから」
「そもそもみーちゃんはこっちの仕事を頼んだはずだよね?」
滝本さんに首根っこを掴まれた美鶴さんは別の場所へと引きずられていった。
苦笑しながらも淡々とレジをこなす。
日も傾き始めるこの時間は少し人の出入りが多くなる時間帯。
長い列は出来ないものの、会計が終わると同時に人が並ぶために途切れる事なくレジを打つ羽目に。
「ありがとうございました。次の方どうぞ」
と、最後尾にいた人をレジへ促した次の瞬間、俺の思考回路は一時的に止まった。
目の前にはニット帽を被り、グラサンとマスクを付け、厚手の上着を羽織る若干俯いた人物が。
季節はもう夏に差し掛かっているのにこの服装は自分が不審者ですと言っているようにしか思えない。
観察していると、彼(彼女?)の腕が動く。
まさか、凶器!?
身構えているとレジの上に一冊の本が置かれる。
恐る恐る本を確認する俺。
表紙には半裸の男が絡み合うように抱き合っている。つまりBL本だ。
余計にこの人物の事が分からなくなっていく。
ただ、一つだけ分かった事がある。
こんな判断仕方で申し訳ないが、前が少しはだけた事で胸あたりに強調が見られたためこの人は女性だ。
「お、お願いします」
仕切りに周りを警戒している不審者の女性。あまりにも挙動不審なので万引き犯の可能性が頭によぎる。
しかし確証もない現段階で問い詰める事も出来ない。
ここは注意深く観察をーーあ、この人俺の知り合いだわ。
声をかける前に久しぶりに再開した"彼"に挨拶をしておこう。
久しぶりだなクマチャンブルー。今日もお前はCOOLだぜ。
「水原先輩何してるんですか」
後ろに気を向けていた不審者の女性の体がビクッと反応すると錆びついたブリキのおもちゃみたいに顔をこちらへ向ける。
「も、もも、守谷!? なんであんたがここにーーゔ、ゔん! 誰ですかなその人は。私はただのどこにでもいる一般人ですぞ」
必死に低い声で話してますけど、あそこまで話しておいてごまかすのに無理があります。
あとこんな暑い日に防寒している人がどこにでもいる一般人だとは俺は認めない。
「諦めてください水原先輩。それにしても水原先輩ってこういうの読むんですね」
漫画とかアニメが好きな事は知っていたが、まさかこれにも手を出しているとは。
「ぅ……ち、違うよ。私は花田さんよ守谷君」
「花田さんなら堂々と買いますよ」
勉強会の事は忘れない。まともに会話した事ない俺にでも欲望を丸出しだった花田さんがBL本を買う事に躊躇いがあるわけがない。
店員が男性だろうが女性だろうがいい笑顔で堂々と欲しい本を渡すはずだ。
むしろ男性店員であれば一糸纏わぬ姿で他の男性店員とくんずほぐれつアーッ! な展開の妄想をするだろう。
「あれ守谷君? ここでアルバイトしてたんだ」
そう言って水原先輩の後ろからひょっこりと顔を出した私服の花田さん。
水原先輩は驚きすぎて変な声が出た。
噂をすればとよく言うが、まさか予想通り何も隠さず堂々とBL本を持ってきている。
しかも両手で抱えながら。
一瞬陳列途中のアルバイトの先輩かと思うぐらいの冊数に若干引いている。
「は、はははは花田さん!?」
「え、水原先輩? なんでそんな厚着をーー」
しているのかと尋ね終わる前にカウンターに置かれている本の表紙を捉えた花田さんは口から「腐ヘ」を漏らす。
「やっとこちら側へ来たんですね水原先輩。歓迎しますよ」
水原先輩の肩に手を置き、眼鏡を怪しく光らせながら嬉しそうな顔を浮かべる花田さん。
正直怖いです。
「以前に貸した本で興味を持ってくれたんですね。私としては同志が増える事は嬉しいです」
どうやら花田さんのせいで水原先輩がBLにはまってしまったらしい。
「ち、違うのよ守谷」
「何が違うんです水原先輩。あ、もしかしてそんなに厚着なのはこの本を買うのが恥ずかしかったからですか? 恥ずかしがらなくていいんですよ。さ、力を抜いて。自分に素直になってください」
「や、やめて……花田、さん」
あぁ、花田さんに囁かれながら必死に抵抗している。
言動は百合百合しているのに話の中身はBLなんだよなー。
「……ぉー……これはこれは」
いつの間にか俺の隣を陣取り、二人の戯れをじーっと見ている美鶴さん。
「いつの間にいたんですか。あんまり見ちゃダメですよ」
「それは無理な話。可愛い妹が目の前にいるのに見ちゃいけないなんて」
「いや、だから貴方に妹も弟もいなーー今なんて?」
「く、くすぐったいよ、本当にやめーー」
花田さんと戯れていた水原先輩が突然顔を青くする。
「み、づる……ねえ」
「そうです。愛しの舞ちゃんの美鶴ねえです」
横ピースでバッチリポーズを取る美鶴さん(でもやっぱり顔は無表情)。
とりあえず浮かれている事は分かった。
逆に知り合いと出くわした水原先輩はこの世の終わりを告げられたような表情をしている。
まさか美鶴さんの妹(的存在)が水原先輩の事だったとは。
世間というのは狭いものだ。
「なんで、ここに?」
「アルバイトしてるの。知らなかった?」
どうやら知らなかったご様子の水原先輩を無視してカウンターに置いてあるBL本に手を伸ばすと、水原先輩とその本を交互に見ている。
「……ねぇ舞ちゃん。いつの間にこんなの読むようになったの? 中学の時までキスで赤ちゃん出来ると思ってた純粋な子だったのに」
「わー! わー! わー!!」
声を発しながら腕をはためかせて話を妨害しようとしている。
なんというかその……見た目によらずに純粋な過去があったんですね。
「この人は水原先輩のお姉さんですか?」
事情を知らない花田さんが質問を投げると、水原先輩ではなく美鶴さんが答える。
「近所の幼馴染。でも私が一人暮らしを始めてからは会ってない。舞ちゃんは私にとって大切な妹的存在だったから会えて嬉しい」
いつも以上に熱を帯びている言葉。
「でも見ない内にBLに興味を持つとは思わなかった。話を聞いてると貴方が原因みたいだけど」
つり上がったその目で花田さんを睨む。
しかし花田さんは堂々としていた。
「仕方なかったんですよ! 私も広めるつもりなんてなかったんです! でも……でも!」
眼鏡の奥でぎゅっと瞑っていた目がカッと開く。
「水原先輩の反応が可愛すぎるんです!」
…………はい?
「ある日の事です。いつものように部室でBL本を読んでいたんです。みんなが帰り始めたんで私も帰ろうとしていました」
君は部室でも平然とみんなの前でBLものを読んでるの?
「正門を出た所で私は本を忘れた事に気がつきました。その本は特にお気に入りの〇〇〇を×××に△△するシーンが生々しく描写されている漫画だったのですぐに取りに戻りました」
聞こえない聞こえない。俺には何も聞こえないし、聞きたくない。
とりあえず拳を握りながら店内で発言していい事じゃない。
「いざ戻ってみると部室には椅子に座って机の上に置いてあるBL本をまじまじと観察している水原先輩の姿が」
「だ、だめ!花田さんそれ以上はーー」
止めようとしたが背後から忍び寄っていた美鶴さんが片手で水原先輩の両手を拘束し、空いている片手で口を押さえた。
「……続けて」
「はい! しばらく見てたんですが、水原先輩の腕が本へと伸び、本を開きました。ページをめくるたびに顔が赤くなっていく水原先輩。ベッドシーンに差し掛かったんですかね。顔を背けるんですが、薄っすらと目を開いて中身を見ているんです。そこからはページをめくるたびに反応する水原先輩に耐えられなかった私は……部室に入って私の持っている知識を全て水原先輩に囁きました。これが全てです」
花田さんが言い終えると同時に膝から崩れ落ちる水原先輩。
その姿はさながら真っ白に燃え尽きたボクシング選手。
その横で「立つんだ、立つんだ水原!」と眼帯を付けた強面のオッサンが叫ぶ姿が薄っすらと見えた気がした。
一方の美鶴さんは花田さんへと近づく。
「花田さん、だっけ?」
唐突に花田さんの手を取り、力強く両手で握った。
「やっぱり舞ちゃん可愛いよね」
「はい! ノンケのはずの私もあまりの可愛さに襲いそうになりました」
「分かる」
分かっちゃダメです。
「どうして、こんな事に……」
端っこでシクシク泣いている水原先輩。御愁傷様です。
「あ、そうだ。舞ちゃんに大事なお願いがあるの。これは舞ちゃんにしか出来ない事なの」
「そんな事言われても知らない。面白おかしくあたしを辱める美鶴ねえなんて嫌い」
若干精神年齢が下がった水原先輩は膝を抱えながらいじけている。
目線を合わせせるために屈むとじーっと水原先輩を見ながら、
「れっちゃんと結婚して」
爆弾を投下した。
「……ふぇ?」
キョトンとしている水原先輩。しかしじわじわと理解が追いついてくると顔が真っ赤に染まる。
「な、にゃに言ってるの!?」
「れっちゃんを弟にするためには舞ちゃんにくっ付いて貰う必要があるの。だからお願い」
真剣な顔で頼むのは美鶴さんの勝手ですけど、美鶴さんと水原先輩に血縁関係がない時点で俺との間に姉弟の繋がりは出来ない事分かってますか?
「そ、そんな事言われても、まだ付き合ったりしてーーじゃなくて! そもそもあたしは守谷なんか好きじゃない! ……あ、ち、違うのよ守谷。嫌いではないのよ。ただあんたとは友達みたいな。いや、それ以上のーー」
あーあ、また暴走しちゃったよ。
「うぅ……」
ん? 急に静かになった。
「うわああああぁぁぁぁぁぁ!…………」
突然走り出した水原先輩はそのまま店外へと走り去った。
「……あ、守谷君。これお願い」
そう言ってカウンターの上にBL本の山が置かれる。
仲良しの先輩が泣いて走り去ったのにこの人はブレないな。
バーコードを通し、花田さんから代金を貰う。
「また来るね。出来れば今度は他の男性店員と仲睦まじそうに話してるとありがたい」
絶対花田さんの前ではしない。
花田さんはホクホクした顔で退店した。
しばらくはレジで待機する事になった俺は視線を手に落とし、おもむろに数えるために指を折る。
見た目今時JK中身はオタク。面倒見があって料理上手なオカン。遊んでそうな見た目だけどピュア。そしてまさかの妹属性。
……水原先輩はこれからさらに属性が加わっていくのだろうか。
「すいません。少しよろしいですか?」
お客さんに声をかけられた俺は顔を上げた。
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