強くて、男気溢れるアニキは俺のアニキ(尊敬)2
今日は朝から生徒会室で課題を済ませようと思い、予定よりも早めに訪れる。
鍵を開けて中に入るが当然誰もいない。
自分の席に着いて早速課題に取り掛かる。
とはいえ、量もだいぶ減っているから今日中に終わるだろう。
そう思っていた。あの人が来るまでは。
ひとりでに開かれる扉。
その奥からは綾先輩の姿が現れる。
「あ、おはようございます」
……返事がない。聞こえなかったのか?
「綾先輩、おはようございます!」
さっきよりも大きな声で挨拶をする。
すると、綾先輩が顔をこちらに向けた。
だがどうも様子がおかしい。
いつもなら『廉くーん!』とか言って飛びついてくるはずなのに。
そういえば、最近俺が課題やら体育祭や文化祭やらの話合いであまり綾先輩と話す機会がなかったな。
偶発的に距離を置く結果となったことで綾先輩が我慢を覚えたのかもしれない。
「廉君……」
遅れて声を発する綾先輩。
よかった。声はちゃんと聞こえていたようだ。
「廉君……そうか、廉君。廉君、だけ、か……そうか、誰も、いない、か」
周りを見渡し、ぶつぶつと唱えるように独り言を言い始める。
き、きっとこの頃多忙だったから少し疲れてるんだろう。
時間があれば綾先輩に課題を教えてもらおうかと思ったけど、仕方ないか今日は諦め━━ガチャン……━━ん? ガチャン?
鍵がかけられた音がしたので、扉に目をやった。
扉の鍵に手を伸ばしている綾先輩の後ろ姿。
そして綾先輩はゆっくりと体をこちらに向ける。
しばらく俺の顔をジッと観察したかと思えば、前触れもなくニタリと不気味に笑った。
背筋が凍る思いをした俺は現実から目をそらし、課題に落とす。
だが現実は一歩、また一歩と俺に近づいていく。
そして隣の姫華先輩の席から椅子をひきづる音が俺の真横でくるとピタリと止む。
ストンと姫華先輩の椅子に座る綾先輩は一言も発せず、ただ座っているようだ。
いつもの綾先輩からすれば異様な行動に思え、意を決して声をかける。
「綾先輩? どうした━━」
なるべく見ないようにしていた視線を綾先輩に向けようと顔を横にした時だった。
顔を覗き込むように頭を倒し、目を見開いた綾先輩の顔が目と鼻の先に現れ、恐怖のあまりに声を上げてしまう。
「ぎゃああぁぁぁぁ!!」
椅子から転げ落ち、尻餅をついてゴキブリ顔負けのスピードで後ずさる。
一方の綾先輩は椅子に座ったまま俺をボーッと見つめ、再びニタリと笑った。
今までの綾先輩のセクハラ行動にまったく当てはまらない異常な行動。
いや、そもそも綾先輩が我慢を覚えたからといって、こんなにも長時間二人っきりの状況なのに、セクハラ発言も行動もないことがそもそも異常なことに気がつくべきだった。
「す、すいません綾先輩。ちょっ、ちょっとトイレに……」
適当な理由をつけて逃げ出そうと扉を開錠しようと手を伸ばした時、俺は気がついた。
なんか見覚えのないダイヤル式チェーンがドアノブに巻きついてるんですけど!?
試しにダイヤルを回すが外れない。
試しに開けてみるが、手が出るぐらいにしか開かない。
蹴ってみるが結果は同じ。
「ダメだ。どうしよう」
こっそりと綾先輩の様子をうかがう。
まだ椅子に座ったまままだが、目は確実に俺を捉えている。
不気味なニヤリと笑っているのは変わらないが、ほのかに頬が赤く染まっていた。
もう俺にはどうしようもできない。
ならばここは綾先輩のてなづけ方を熟知した心強い相棒が必要だ。
そう、シズクエルに電話するのだ!
すぐにスマホを取り出して電話をかける。
2コール目で通話が始まった。
『……もしもし』
「雫! 助けてくれ! 綾先輩の様子がおかしいんだ!」
声が枯れそうなほど必死に訴える。
が、雫は反応を示さない。
「し、雫?」
『廉、私の話を聞いて』
「いや、話を聞いてる時間は━━」
『いいから聞きなさい』
怒った様子はなく、諭すように話しかけられるが、なぜだか聞かなければならない凄みがある。
『ここ最近綾ちゃんとまともに話した?』
「いや、課題やら話し合いやらでまったく」
『でしょうね。課題の時は邪魔しないように私が見張ってるし、生徒会以外の生徒の前では基本綾ちゃんは真面目な生徒会長だから、廉にちょっかいをかけることはなかった。必然的に綾ちゃんは廉と接触を我慢することになったの。あわよくば、これで廉への過剰なまでの接触が和らげばと思っていたけど、そんな考えが間違いだった。昨日、廉はアルバイトでいなかったと思うから知らないと思うけど、綾ちゃんの机の上にノートがあると思うの。確認して』
「ノート?」
綾先輩を警戒をしながら言われた通りに確認する。
たしかにノートが一冊置いてあった。
「これか?」
『そのノートに昨日綾ちゃんが一心不乱に何か書いてたの。それも無言でね。それでそのまま綾ちゃんはそのノートを置いて帰っちゃったの。そのノート、開いてみて』
「いやでも」
さすがに他人のノートを無断で開けるのは躊躇ってしまう。
しかし雫は、
『いいから見て』
といってくるので、しぶしぶノートを開いた瞬間、無数の文字が目に飛び込んだ。
━━廉君、可愛い……廉君と話したい……廉君を抱きしめたい。廉君に触れたい。廉君好き廉君大好き大好き大好き大好き大好き大好き廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君廉君━━
「なんじゃこれぇ!!」
どのページを見てもびっしりと書かれた文字に血の気が引いた。
『どうやら我慢させすぎちゃったみたい。てへっ』
「てへっ、じゃねぇよ! どうすんだよこれ!? 我慢通り越して病んじゃってるじゃん! 気質はあったけどもうこれ完全に覚醒してるじゃん!」
『しょうがないじゃない! まさかそんなことになるとは思わなかったんだから!』
「とにかく助けに来てくれ! 俺何されるかわからないんだけど!」
『あー、そのことなんだけどね』
歯切れの悪そうに話を始める雫。
もうこの時点で髪の毛がアンテナのように立ちそうなほど嫌な予感がビンビンに感じる。
『これはまずいと思って、帰ってから綾ちゃんと直接話したんだけど、無言の綾ちゃんがとても怖くて何もいえなかったの』
そういえば昨日はやたら元次さんから「綾と何かあったか?」と聞かれたけど、もしかして昨日家に帰ってからもこの調子ということ?
『それでね。こうなったのも私が必要以上に監視したのがまずかったのかなーって、ほんの少しだけ思っちゃったからね! 今日廉の課題を手伝うのは綾ちゃんの予定だったし、ついでにそのー……なんというか、少しだけ甘やかそうと思って』
もったいぶっている雫に業を煮やし、綾先輩から一瞬だけ視線を外した。
ほんの一瞬のはずだった。
だが俺の背後には並々ならぬ気配を感じる。
恐る恐る視線を戻すと、そこにいたはずの綾先輩はすでに姿を消していた。
『条件付きで廉と戯れていいよって、言っちゃった。だから廉……ふぁーいとっ!』
通話がプツリと切れる。
突きつけられた現実を受け入れられない俺が体を凍らせていると、背後にいた綾先輩は俺の背中にしなだれかかって手をまわす。
そして、俺の耳にあてがっていたスマホを引き抜くとそれを机の上に置く。
「二人っきりだね。愛してるよ……廉君」
囁やいた耳を甘噛みする。
「にゃああぁぁぁぁ!」
飛ぶように逃げ出し、ドアノブを掴んで無理矢理開けようとする。
でも結果は変わらない。
そうしていると、すぐにまた綾先輩が俺の背後をとった。
「今回は逃さないから」
「お、おお! 落ち着きましょう! 今の綾先輩は冷静じゃありません!」
「私は落ち着いてるさ。だから廉君」
俺の手首を掴むと、ソファに向かって俺を投げ飛ばす。
ソファに寝転ぶ形となった俺に覆いかぶさるように綾先輩が倒れこむ。
「楽しもうじゃないか」
「誰か助けてええぇぇぇぇ!!」
助けを求める声がこだまするが誰もこない。
俺が助け出されたのはそれから一時間後のことだった。
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