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「……どうですか? この推理」


 僕の言葉に、先ほどまで強張りを見せていた東藤の顔が、ピクリと動いた。


「……確かに、あんたの言うとおりかもね」


 東藤は落としたタバコを拾いながら言った。いや、正確には拾おうとしながら、だ。彼女の手はブルブル震えていて、何度も何度もタバコを床に落としていた。

 やっとのことでタバコを灰皿に捨てると、東藤は言った。


「でもだからって、あたしが真犯人ってことにはならないんじゃね?」


「いえ」


 僕はそう言うと、カバンに入れていた証拠品袋を取り出してテーブルの上に置いた。真犯人の物とされる銀色の毛髪が、中に入っていた。


「これは、犯人のものです。校長が握り締めていました。綺麗な銀髪をしてますよね。だけどよく見ると、根元は赤茶色になってます。ヘアチョークを使って、髪を染めたんですよね。丁度あなたの髪の色と同じだ」


「そう。だから私達、あなたに目をつけたの。美宝高校に在学中の女子生徒で、髪を赤茶色に染めている。さらにそのせいで校長から停学処分を受けて、校長をとても恨んでいる人物。ほら、あなたしかいないじゃない」


 僕の説明を補足するように、姉さんは言った。


「で、でも、そんな髪の毛一本であたしを犯人呼ばわりするわけ!? 別人の物かもしれねーじゃん!!」


 東藤は椅子から立ち上がって叫んだ。

 その反論を姉さんは冷静に打ち砕く。


「あなた、本当に何も分かってないのね。今は毛髪についた細胞から簡単にDNA鑑定が出来るの。毛髄質は個人ごとにそれぞれ存在している量が違うわ。つまり、DNAが一致すれば、もう言い逃れはできないのよ」


「…………そんな」


 姉さんの言葉に、東藤は放心したようにへたり込んだ。


「金城に言われて銀夜のふりをしてたんだね?」


 僕がそう言うと、彼女はビクッと肩を震わせた。最初の威勢はなくなり、すっかりうろたえている。


「そして今なら自分の犯行だとバレないと思って、校長を襲った。そうだね?」


「…………」


 静かに問いかけただけなのだが、相手は脅迫でもされているかのように口を動かさなかった。


「答えてくれ。犯人は、君なんだろう?」


 そう言っても東藤は答えない。ひたすらに口を閉ざしている。

 仕方がない。僕は強硬手段に出ることにした。


「やれやれ、まだ否定するのか。しぶといな。じゃあ警察に突き出してやるよ。校長は頭に怪我を負っているから、立派に傷害罪が成立するだろうね」


 これはハッタリだった。僕はこの件を、警察に届け出るつもりなんてなかった。しかし相手には効き目があったようで、東藤は目に見えて怯えだした。

 その様子を見て、僕は少しだけ穏やかに言った。


「警察には行かないから、自分から学校に言いなよ。でもその前に、どうして校長を襲ったりしたんだ?」


「あたしは、ただ……」


 東藤の言葉は、そこで途切れてしまった。


「ただ、何よ? 何でこんなことしたのかって聞いてるんだから、とっとと話しなさいよ。この雌豚が」


 あまりの歯切れの悪さに、姉さんは立腹しているようだった。


「……ほんの、出来心だったんだよ」


 彼女は搾り出すように答えた。


「出来心……? その割には計画的じゃない。それに、私が聞きたいのは、どうして美月銀夜を利用したのかってことなんだけど」


「……ちっ」


 それまで萎れていた東藤が、突然舌打ちをしながら言った。


「あんなの、どうなってもかまわねーんだよ」


「はあ?」


 姉さんは明らかにキレたようだった。


「どうなってもかまわないって、何わけ分かんないこと言ってんのよ。大体、あんたが髪なんて染めてるから悪いんじゃない」


「髪染めてる子なんて、周りに一杯いるし」


 東藤は反論した。


「そうさ、あたしだけじゃないんだ。なのにあの校長は素行や成績の悪い生徒だけを、校則違反を理由に停学に追い込んでる。だから、仕返しされて当然なんだ」


「だからって、銀夜に罪を被せることないじゃない」


「美月銀夜だって銀髪じゃん。なのに名家だからって見逃されてる。だから、一泡吹かせてやりたかったんだよ」


「銀夜はただの地毛でしょ。あんたは髪を染めた。全然違うじゃない」


「そんなこと、どうでもいいんだよ! とにかくあたしは、校長にも、美月銀夜にも、全部にムカついてたんだ!」

 

 東藤の言葉に、リビングはシーンと静まり返った。

 姉さんは、静かに言った。


「……あんた、本当にクズだわ」


「校長があたしを停学にするから、こんなことになるんだよ」


 東藤は椅子の背もたれにふんぞり返った。


「そうさ。あたしは、何も悪くないんだ」


「――いい加減にしなさい!」


 パアン、という乾いた音が、室内に反響した。


「そんなの、ただの屁理屈じゃない! 百パーセントあんたが悪いわ! 真面目に学校生活送ってれば、何も問題ないじゃない。あんたは、逆恨みして鬱憤を晴らしてるだけだわ。しかも、何の関係もない人まで巻き込んで……少しは、反省したらどうなの!?」


 姉さんは、憤激の表情で怒鳴り散らしていた。その様子を僕は、ただ見ていることしか出来なかった。

 東藤は赤く腫れた頬をさすりながら、姉さんの言葉を聞いていた。しばらくすると手を離し、そして言った。


「な、何よ。なにも叩かなくたって……」


「……うるさい。つべこべ言うともう一発ぶつわよ」


 姉さんは実に理不尽な脅しをかけた。


「いい? 証拠品を警察に出されたくなかったから、ちゃんと自首するのよ。学校にはいられなくなるかもしれないけど、でもこのままだと無関係の人が傷つくことになるから。

 その時は……私は、あんたを許さない」


 そこまでまくし立てると、姉さんは僕を見て言った。


「――遅くなっちゃったね。帰ろ、空?」


「あ、う、うん」


 返事をしながら僕は、驚いていた。まさか姉さんがここまで銀夜をかばってくれるなんて、思いもしなかった。しかし考えてみれば姉さんは、銀夜がいないと僕が寂しがることを知っていた。いわば、自身の行動原理に従っただけなのだ。


 チラリと、東藤に目をやる。彼女はガックリと肩を落とし、うなだれていた。口をわなわなと震わせながら。僕らが帰ろうとすると、その唇がこう動いた。


――ただじゃ、済まさねえぞ……。



 その言葉の意味が分かったのは、自宅に帰ってからだった。何と家の窓ガラスが、全て割られていたのだ。中に入ると、どうやら何者かに石を投げられたらしい。落ちていた石を拾うついでに、手紙が落ちているのを見つけた。


 そこには、こう書かれてあった。


 町外れの廃工場で待つ。

 二人だけで来い。

 警察にも知らせるな。

 

 差出人の名前は、金城逸海だった。

 僕は、姉さんに手紙を見せながら尋ねた。


「……どうする? 姉さん」


 姉さんは不適な笑みと共に答えた。


「もちろん行くわよ。私と空の巣を壊すなんて、いい度胸じゃない。お礼しにいかなきゃ。ついでに、決着も全てつけちゃいましょ」

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