4−88:闇夜に現れし死の脅威
濃密極まりない、死の気配。生きとし生けるもの全てを根絶やしにせんとする、純粋なる殺意の発露。
……俺の貧相な語彙力では、どうにもうまく表現できないのだが。遠くに居てさえ分かるほどのドス黒い気配を、あの砂丘の向こうから感じるのだ。
その気配は、かの真紅竜のソレに匹敵するほど強大で。しかし真紅竜の荒々しさとは真逆の、凪いだような静けさに満ちている。
だからこそ、恐ろしい。ニコニコしながら他者を傷付けてしまえる人に、不気味な恐ろしさを感じるのと同様に……平坦なる殺意という、本来なら同居すべきでないものが平然と同居していることが、俺たちの恐怖心をことさらに煽ってくるのだ。
「……あ……う……」
その殺意は、直接俺たちに向けられたものではない。他の誰かに向けられているものの余波を、たまたま近くに居たせいで浴びているだけに過ぎない。
それにも関わらず、嘉納さんでさえ恐怖心からまともな言葉を発せなくなっている。それだけ、この殺意の持ち主は隔絶した強さを持っているのだろう。
……今の俺が冷静に考察できているのは、真紅竜のソレで強制的に慣らされたからだろうな。あの暴虐極まりない、荒々しい殺意を直接向けられた状態で、ボロボロになりながらもどうにか逃げ切った経験が今も活きているわけだ。あの時は、2度とこんな目に遭いたくはないと思ったものだが……こういう場面に遭遇するたび、真紅竜に対してより深い感謝の念すら抱くようになった。
「………」
本当は、早めに逃げた方がいいのだろう。分かりやすく危機が迫っているのだから、
……しかし、俺の直感の部分が叫んでいるのだ。ここで尻尾を巻いて逃げるのは、逆に悪手なのだと。
「◯✕△%〜〜!?」
のんきにもそんなことを考えていると、砂丘の上に何やら人らしき影が現れた。どうやら非常に焦っているようで、大きい声で何かを叫びながら下を覗き込んだり、何度も後ろを振り向いたりしている。
一瞬、あの人が殺意の発信元かと思ったのだが……どうも違うような気がする。殺意の波動が飛んできている方角と、あの人が居る方角が微妙にズレているからだ。おそらく、あの人が振り返っている先にとんでもない存在……この一連の殺気を放つ大元が居るのだろう。
……というか、なぜここに人がいるのか。ここは第21層、日本の一般探索者としては俺たちが初めて到達している階層のはず。自衛隊の迷宮探索部隊の人でもない限り、ここまで来れる人は日本に居ないはずだ。
しかもあの人、ほぼ断崖に等しい砂丘の、その更に向こう側からやってきた。そこは正規の道ではなく、人が通ることを本来想定していないはずだ。なぜわざわざそこを通ったのか?
それに、あの人が喋っているのは明らかに日本語じゃなかった。じゃあ何語かと言われると、俺にはちょっと判断が付かないが……。
「◇%〜!?」
砂丘の上に現れた人が、砂丘の向こう側を見て……なんと、そのまま身を投げた。地面まではざっと高さ30メートルくらいあるはずなのに、ほぼ躊躇無く飛び降りたのだ。
確かに、ギフト次第では落下ダメージに十分耐えられるかもしれないが……あの高さでは、さすがにケガは免れない。いくらなんでも、好き好んでケガしたい人なぞそうそう居るものではないだろう。
つまり、ケガを負ってでも逃げたい何かがすぐそこまで迫ってきているということだ。
――ブォン
それを証明するかのように、事態は動いていく。
数秒前までその人が居た場所を、三日月型の真っ黒な斬撃が高速で通過したのだ。あれに当たるくらいなら、リスクを負ってでも飛び降りた方がマシだと判断したのだろう。俺は、その判断は正しかったと思う。
黒い斬撃に込められた魔力の密度が、異常なまでに高かったからだ。こうして100メートル近く離れているのに、黒い斬撃から余裕で魔力を感知できるほどだった。朱音さんが放った飛双刃・闇夜に見た目は近くとも、中身は申し訳無いが雲泥の差だ。
その黒い斬撃は、そのまま直進して夜空の向こうへと消えていく。ホーミング性能まであったら最悪だったが、さすがにそこまで鬼畜ではなかったようだ。
……そして、これでほぼ確定した。あの斬撃を放った存在こそが、この強烈な殺気の持ち主なのだろう。
――ズボッ!
「!? ◎▲✕$〜!?」
砂丘の上から飛び降りた人が、砂地に腰まで深く埋まってしまった。砂丘や階段前広場は人が乗っても崩れないほど地面が固いくせに、奥の砂地は体が埋まってしまうほど柔らかいようだ。代わりに無傷で着地することができたようだが、出るのに相応の時間がかかることだろう。
これほど柔らかいと、砂地を歩くだけでも相当足を取られるな。気候やモンスターだけでなく、こういう部分でも地味に探索者の行く手を阻んでくるとは。早めに分かって良かったよ。
……と、それはともかく。あの人を助けるべきか、あるいは見捨てて逃げるべきか。少し離れた場所に着地したので、移動には多少時間がかかるのだ。
「あ、た、助けないと……」
――スゥゥ……
「……っ!?」
朱音さんがその人を助けようと、緊張で強張る体を必死に動かそうとするものの……状況はそれより早く移り変わっていく。
砂丘の中腹辺りから、体長5メートルほどの黒い人型の存在が壁を抜けて音も無く現れた。その存在はボロボロの黒いフーデッドローブで全身を覆っており、長さ4メートルはあろうかという巨大な鎌を両手で抱えている。
……そして、ローブに所々空いた穴から垣間見えるのは、灰色の骨。人の全身骨格が黒いローブを羽織り、大鎌を携えて浮遊するという……俺たちが想像する死神の出で立ち、そのままの姿形をした存在がこの場に現れた。
「不死者ノ王……」
いわゆる、ノーライフキングというやつだ。アンデッドの中のアンデッド、多くのファンタジー作品ではリッチーやヴァンパイア以上の存在として描かれることの多い、最強最悪のアンデッド……そう確信できるだけの圧を、この不死者ノ王は放っている。
……そう、あの凪いだ強烈な殺意の波動は、やはりこの不死者ノ王から発せられているものだった。総毛立つような恐怖の感覚を覚えるだけでなく、視覚的にもドス黒いオーラのようなものを纏っているのがハッキリ見えるのだからもう確定だろう。
『……ほう? 矮小なるニンゲンがそこにもいたか』
フードに覆われた頭蓋骨、その落ち窪んだ瞳部分が妖しげに光る。殺意はあれど敵意は無く、どうやら不死者ノ王は俺たちを敵とみなすべきか、見定めようとしているようだ。
「防壁解除」
防壁を解除し、不死者ノ王に向けて一歩前に出る。俺の予想が正しければ、防壁なんぞあろうと無かろうと不死者ノ王の前では関係無いからだ。
……不死者ノ王は、砂丘の中から現れた。砂丘はダンジョンオブジェクトだから、特殊なスキルが無ければ突破することはできないはずなのに……何事も無かったかのように、不死者ノ王はすり抜けてきた。。
そして俺は、それに近いことができる存在を他に知っている。真紅竜だ。
真紅竜と不死者ノ王は見た目は全く異なるが、2体はほぼ同格の存在と見て間違いは無いだろう。もしそうだとすれば、俺たちに勝ち目は一切無いが……かといって、急に背を向ければ何が敵対トリガーとなるか分からない。
幸い、向こうは俺たちとの会話に応じてくれそうな気配がある。ならば、敵意が無いことを言動と行動で示さなければならない。俺の肩で震えているヒナタとフェルには申し訳ないが、これは俺がやらなければならないことだ。
「俺たちはあんたと戦うつもりも、あんたに干渉するつもりも一切無い。そも、勝てるわけが無いしな。俺たちだって命は惜しいさ、無謀なことはしたくない」
『ほう、余の前に立ってなお平然と語れるとは。貴様、矮小なるニンゲンにしては見どころがあるな』
「そりゃどうも。前にも試練の間で、あんたと同じくらい強い奴に追いかけ回されたことがあってね。真紅の竜だったが、情けなくも逃げ惑って生き残ったことがあるのさ」
『ほう、スカーレット・ティラノスの追跡から生き延びたことがあるのか。ならば、余の前で自然体でいられるのも当然であるか。
……安心せよ、貴様らは未だ禁忌を侵していない。よって、余の処刑対象には入っていない。そのまま去るのであれば、余も追いたてはせぬ』
思わぬところで、真紅竜の本当の名前を知ることができた。スカーレット・ティラノス……見たままの名前だが、これほど分かりやすい名前も他に無いだろう。
……それだけ言うと、不死者ノ王は俺たちに対する興味を無くしたらしい。砂丘から飛び降り、未だ砂地から出ようともがく人に向き直った。
『余から逃げられるとでも思うたか、禁忌を侵した矮小なるニンゲン風情が。先にあの世へ送ったニンゲン共と同様、貴様も死ぬがよい』
「$◯▲〜!?」
不死者ノ王が、砂地に埋まった人の首元に大鎌をあてがう。その様子を見て、直感的にあの人はもう助からないと分かってしまった。
……そして、助けに入れば俺たちも不死者ノ王に敵判定されて、確実に死ぬ。
「全員、キャンプまで撤収だ。行くぞ」
「「「「……えっ?」」」」
「ほら、早く行くぞ。それとも、人が死んでいく様を見ていたいのか? あるいは巻き添えを食らいたいのか?」
「「「「……っ!」」」」
俺は、この探索者チームのリーダーだ。皆の命を預かる立場にある。俺が判断を誤れば、チームの誰かの命が失われるかもしれないのだ。
だから、申し訳ないがここは冷徹に行動させてもらう。人の命を天秤にかけるなど、本来ならやってはならないことなのだろうが……今会ったばかりの人間を助けるために、仲間の命を危険に晒してまで飛び込んでいくつもりは無い。
ここはダンジョン、死と隣り合わせの極限環境だ。決して、アミューズメント施設やアトラクションなどではないのだから。
「■▲◯*¥▶〜!?」
「「「「………」」」」
必死の叫びから目を背け、全員が早足で階段を上っていく。なるべく早く、声が聞こえない所まで行ってしまいたいのだろう。そこは俺も同じ気持ちだ。
……ずっと聞いていると、ガリガリと精神が擦り減っていくからな。殺気で竦んだ身が動けるようになる程度には、皆にとっても衝撃的な出来事だったのだろう。
ここは少し、皆のケアが必要かもな。上に戻ったら、落ち着いて休憩する時間を取らないとな。
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