4−71:不穏な気配
階段を下りて第4層に下り立った俺は、いつものように第4層を綺麗に掃除し安全をきっちりと確保する。もちろん、ドロップアイテムは全てアイテムボックスの中に収納した。
「ぐぁぅっ!」
「おっ、そうだな。フェルの威容にモンスターが怯んでたな、俺としてはありがたい限りだよ」
以前はフラッシュでモンスター軍団の隙を作っていたが、フェルが仲間になってからはモンスターが勝手にビビって動きを止めるようになった。フラッシュは無差別にデバフを撒き散らす魔法だから、今までは使う前の声掛けが必須だったんだが……それが要らなくなったのは地味に大きいな。
そうして安全確認をとってから、岩守総理を第4層にご招待する。初めて見る第4層に、岩守総理は目を瞬かせていた。
「なんと広い場所だ……ここが第4層なのですな」
「普段はここに大量のモンスターがいるんですよ、冗談抜きで100体単位で蠢いているんです。ゆえに魔の第4層と呼ばれていますね。今はモンスターを全滅させたので、比較的静かですが……"ライトニング・スプレッド"」
――ゴロゴロ……
――カッ!
――ドゴォォッ!
「「「ギャッ!?」」」
「"アイテムボックス・収納"」
遠くでポップしたゴブリン3体を速攻で処理する。ドロップした魔石はさっさとアイテムボックスに収納した。
「ほう、出現したばかりのモンスターを一瞬で……さすがの索敵能力ですな」
「ええ、私が探索者として生きるうえで、生命線となっている技です」
オートセンシングは、本当に傑作魔法だと思う。
かつてブラックバットに背後から奇襲を食らい、それに危機感を覚えて索敵魔法を真剣に考案した過去の自分……マジで褒めてやりたい気分だ。あれから1度も不意打ちを食らったことが無いし、むしろこちらが奇襲を仕掛けることで、有利な状況で戦いを始めることができるようになったのだから。
「さて、早めに第5層側へ抜けてしまいましょうか。ライブ配信映像も止まってしまっていますし、第4層はモンスターポップ率が高いので危険なことに変わりありませんから……」
「うむ、そうしよう」
……そうして、全員で第5層への階段を下りている途中のことだった。
「……?」
なにやら不穏な空気が、第5層の方から漂ってくるのを感じた。この感覚は、もしかして……。
「皆さん、一旦止まってください」
「どうしましたか?」
「どうしたノ?」
最前列を歩いていた俺は、手を水平にかざして全員に制止を促す。それを見た三条さんとハートリーさんがそっと俺の横に来てくれたが、2人とも少し心配そうな表情をしていた。そんなに俺、険しい表情をしていたのだろうか?
……でもまあ、これはさすがに顔をしかめざるを得ないだろう。なにせ……。
「どうも、複数の特殊モンスターが下に居そうな気がします。第5層の方から嫌な雰囲気が漂ってきていますね」
「「「「!!」」」」
「きぃっ!」
「がぅっ!」
「ひゅいっ!」
「ざぶぅっ!」
俺の一言で、その場に居る大半の人の間に緊張が走り……ヒナタやフェル、コチ、シズクはむしろ嬉しそうに準備運動をし始めた。やっぱり元が敵モンスターだったからなのか、仲間モンスターにはどうも戦闘好きが多い気がする。例外はアキぐらいのものだ。
特に、ヒナタがかなり張り切っている。試練の間以来なかなか出番が無かったから、強い相手との戦いに飢えているのかもしれないな。
……そういえば、いつからだろうか。特殊モンスターみたいな強敵が近くにいると、嫌な予感を覚えるようになったのは。今まであまり気にしたことは無かったが、これのおかげで助かっていることは間違いない。
意外と俺、【危機察知】みたいなスキルを勝手に身に付けていたりしてな……ってまあ、さすがにそれはあり得ないか。
「恩田さん、助けは必要か?」
「岩守総理もいらっしゃいますし、可及的速やかに排除してしまいたいので、お2人にも助太刀お願いします」
「よしきた、任せろ恩田さん」
「私も微力を尽くします」
今回は嘉納さんと菅沼さんにも出てもらうことにした。だいぶ過剰な戦力に思えるが、別にギリギリの勝利は狙ってないからな……圧倒的に勝てるのであれば、その方が絶対にいい。ダンジョンでモンスターに負けるということは、すなわち命を落とすことと同義なのだから……。
それにしても、まさかよりにもよって第5層で出てくるとはな。亀岡ダンジョンの時と言い、今回と言い……記念すべき初回ライブ配信の終着点には、特殊モンスターが出てくるのがおなじみのパターンとなってしまっているようだ。
「さて、慎重に行きましょうかね。口調を気にしてる場合じゃないので、さすがにここからは素でいきますよ。
……とりあえず、俺の後ろに付いてきてください。盾、展開」
――ブォン
この階段部分も、正確には第5層の一部にあたる。いつ特殊モンスターが駆け上がってきてもおかしくないが、階段は狭いので横への逃げ場が無い。そして後ろは魔の第4層なので、そちらに逃げるのは相当なリスクがある。
ゆえに、防壁の形は攻撃を受け流す仕様のものではなく、受け止める仕様の形にした。もちろん、単なる壁の形では圧力に負けて押されてしまうので……。
「恩田さん、今回の防壁は随分と不思議な形をしていますね?」
「ああ、階段の形に合わせてみた」
下ろせば階段の形にピッタリ合うように、下部が段々になった形の防壁にしている。これで前方から防壁が受けた圧力を、地面にうまく逃がせるようにしているわけだ。ついでに壁は上に行くほど後ろに反るような形にしており、上方向の圧力がかかりにくいようにしている。
……下面でしか防壁を押さえていないので、上方向に圧力がかかると俺が防壁ごとひっくり返ってしまう危険性があるのだ。これで上下両方を固定してしまうと前に進めなくなるので、魔力消費量は増えるが仕方ない措置である。
『おっ、映像が戻ったな……あれ?』
『なんか物々しい雰囲気だな』
「はい、どうやらこの先に特殊なモンスターがいるようです……!」
『また!?』
映像が戻ったので、視聴者さんとのやり取りは祭さんに任せることにする。
――……ドドドドド!!
「!? 来たな……!」
しばらく進み、第5層まであと20段くらいというところで……やや遠くから、振動と音がこちらに響いてきた。結構な重量を持つモンスターが、地面を激しく踏み鳴らしながら階段に近付いてきているようだ。
……そして、この感覚には覚えがある。まだ2ヶ月も経っていないはずだが、アイツと戦ったことが随分前のことのように感じるな。
やがて、特殊モンスターがその姿を現した。
「……ギイイイイイイッ!!」
「ははは、やっぱりお前か!」
2本角を生やしながらも片方の角は半ばで折れ、しかし体躯は巨大になったホーンラビット……俺たちを見上げるその赤い目には、人間に対する深い恨みが満ち満ちている。
「久し振りだな、ヘルズラビット!」
俺が初めて相対した特殊モンスター、ヘルズラビットこと片角兎。【焔の魔女】、九十九さんが仲間になったその日に亀岡ダンジョン第4層で戦ったんだよな。随分と懐かしく感じるよ。
「……ツブス……」
「……タオス……」
「……ナグル……」
そして更に、ヘルズラビットの後ろにはホブゴブリンが3体控えているようだ。まさに特殊モンスター勢揃いだな、これでクレセントウルフも居たら完璧だったけど、さすがにそこまではいかなかったようだ。
これほどの強モンスターが勢揃いしていれば、普通は命を賭しての死闘となりかねないところだが……。
「へぇ、変異モンスター4体とは随分と大盤振る舞いじゃねえか! いいぜいいぜ、燃えてきたぜぇぇぇっ!!」
「ちょっと、取り繕うなら最後まで取り繕いなさいよ、尚毅。
……でもまあ、私もそろそろ鬱憤が溜まってきてたのよねぇ。申し訳ないけど、あなた達で憂さ晴らしさせてもらおうかしら?」
こちらの戦力は、過剰すぎるくらいにある。嘉納さん、菅沼さんの2人でも十分すぎるのに、ここに三条さん・ハートリーさん・仲間モンスター4人と俺が加わるのだ。負け筋を想像する方が難しい。
「岩守総理は後方へお下がりください。ここは、俺たちが片を付けます」
「むう……分かった。あれはさすがに、私の手には余るな」
「持永局長、岩守総理をお願いします」
「……うむ、承った」
持永局長は後方バックアップをお願いして、SPの人たちと協力し岩守総理を守ってもらうことにした。
……そっと下がっていった岩守総理を、SPの人たちと持永局長がガッチリ囲んで守る体制に入る。これなら、後方の心配はしなくても良さそうだ。
「おおっと、まさかの巨大モンスター4体同時出現!? これは大丈夫なのでしょうか!?」
『デカいホーンラビットか、初めて見るな』
『ホントにデカいな!? 体長何メートルあるんだよ!?』
『でも、恩田氏が久し振りって言ってるということは……』
『既に戦闘経験はあるってことだな』
視聴者さんからのコメント欄も、幾分落ち着いているように見える。ライブ配信で特殊モンスターと戦うのは2回目だし、慣れてきたのかもしれないな。
「さて、いこうかみんな!」
「はい!」
「いくヨ〜!」
「ははっ、恩田さんには負けないぜ!」
「いきましょう!」
「きぃっ!」
「ぐぁぅっ!」
「ざぶぅっ!」
「ひゅいっ!」
そのまま、階段で戦いが始まった。
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