4−68:配信の目標
俺の自己紹介の後は、嘉納さん、菅沼さん、三条さん、ハートリーさんの順にカメラの前で自己紹介していったのだが……。
「どうも、横浜ダンジョン所属、嘉納尚毅です。視聴者の皆さん、オ……私のことは知ってますかね?」
『むしろ、知らない探索者がいるのかって話よ』
『名前と顔が一致しないのはまあ、仕方ないとして……名前も知らないなんて、よほどの情弱じゃない限りあり得ないでしょ』
「いやあ、視聴者の皆さんとチャットのやり取りをするのは、これが初めてなもんでね……知らない人もいるかと思ってさ」
「ほら、シャキッとなさい尚毅。皆が見てるわよ?
……コホン、視聴者の皆さま、おはようございます。横浜ダンジョン所属の探索者、菅沼遥花と申します。こちらの嘉納ともども、よろしくお願いいたします」
『よろしくお願いします!』
嘉納さんと菅沼さんは、さすがの知名度だった。一般探索者の中では最高クラスの実力を持つ2人だけあって、広く名前は知られているようだ。
「探索者留学制度にて、鶴舞ダンジョンより参りました。三条美咲と申します、どうぞ皆さま、よろしくお願いいたします」
『うおっ!? サムライガールだ!!』
『女性剣士はやっぱりかっこいいよな!』
『おいおいよく見ろ、持ってるのは刀だぞ? 剣士じゃなくて刀士と呼ぶんだ!』
「えっ? へっ? あ、ありがとうございます……?」
着流しに刀、後ろでひとまとめにして垂らした長めの黒髪と、まさにサムライガールな出で立ちの三条さんに視聴者さんのテンションは爆上がりだ。そのあまりの勢いに、こういうことには馴染みの無さそうな三条さんが見るからに戸惑っていた。
「オウ、私はリンダ・ハートリーだヨ〜! アメリカから来ましタ、皆さんヨロシクお願いシマス!」
『マジで!? アメリカの子もいるのかよ!?』
『日本語めっちゃ上手いじゃん!?』
「アリガトゴザマース!」
『なんでそこでカタコトになるの!?』
視聴者さんからのコメントに、ハートリーさんがノリノリで返していたり……とまあ、個性が色々活きた自己紹介タイムになった。当初感じていた精神的な強張りもいつの間にか無くなり、これでほど良い緊張感の中で撮影に臨むことができる。
「……さて、場も温まったところで祭さん、本日の目標の発表をお願いします」
ちょうど良いタイミングで、持永局長が祭さんに話を振る。これも横浜ダンジョンチャンネルの動画では定番の流れで、最初に目標を決めてから動画を進めていくのだ。
……いや、これは横浜ダンジョンチャンネルの動画に限らないか。演者が出てきて何かをする動画の場合、動画内でどんなことをしたいのかを最初に明確にするのは必須事項だろう。亀岡ダンジョンライブ配信でも、最初の配信こそ"とにかく世界初のダンジョンライブ配信を実現すること"が目標だったので、その辺だいぶあやふや (団十郎さんが急に参加することになって、当初の予定が崩れたとも言う)になってしまったのだが……その後のライブ配信は、毎回どんなことをするのかを最初に説明していたしな。
さて、それはともかく。今回の配信はどこまで行くつもりなんだろうか? 実は俺も聞かされていないのだ。
「はい! 本日の配信の目標は……ズバリ、岩守総理を第5層までお連れすることです!」
「「「!!」」」
祭さんのその言葉に、筋骨隆々なSPの人たちが即座に反応する。
……まあ、理由はなんとなく分かる。第5層を目指すということは、必然的にあの階層を通る必要があるからな。彼らも元はと言えば探索者なので、その辺の事情はよく知っているのだろう。
そう懸念されていることを察したのか、祭さんがチラッとSPの人たちを見てから言葉を続ける。
「途中の第4層は探索者の皆さんもご存知の通り、情報封鎖の呪いがかかった魔の階層! たどり着いたことのある人にしかその情報に触れることはできませんので、おそらくこのライブ配信でも映像が乱れることでしょう!
ゆえに目標地点には向きませんので、岩守総理にはその先、第5層を目指して頂く予定となっております! ここにいる探索者のほとんどは第10層を突破した強者ばかりですので、余裕をもっていけることでしょう!
……あ、その中に私は含まれていませんので、あしからずご了承くださいませ」
『最後の一言が余計すぎるw』
『祭ちゃんもあと少しでしょ、第10層までは行ってるんだからさ』
『頑張れ祭ちゃん!』
「ありがとうございます!」
第10層まで行けるのなら、対ラッシュビートル対策は確立できていることになるから……まあ、今の日本でなら十分上澄みレベルに入ってくるよな。そこは視聴者さんの言う通り、ゴブリンジェネラルの守りを抜くことと【仲間呼び】に負けないくらいの殲滅速度が出せれば、すぐに突破できるだろう。
さて、こう言うとフラグになってしまいかねないから、心の内に留めておくが……俺自身、こういう区切りの時には良くも悪くも引きが強いんだよなぁ……【空間魔法】然り、ゴブリンキング然り、クレセントウルフ然り。今回も、何も起こらなければいいんだが。
「……1つ確認してよろしいか?」
「はい、SPさんどうぞ!」
「第4層はどう越えるつもりか。何も対策が無ければ、岩守総理を危険に晒すような真似は認められないぞ?」
そう言われた祭さんの顔が、俺の方を向く。それに合わせて、SPの人たちや岩守総理の目線までもが俺の方を向いた。あまりにも露骨な視線誘導に、持永局長を始めとした大半の人……俺の第4層攻略法を知っている人たちが、苦笑いを浮かべているのが見えた。
「……ははは、まあ、そこは私がどうにかしますよ。この時点で映像が乱れかねないので、あまり詳しくは言えませんが……」
「……分かった、その時に判断させてもらうとしよう。ただし、少しでも危険だと判断したならば岩守総理を先に進ませることは許可できん」
「ええ、それで構いませんよ」
できないものはできないと、どんな状況でもハッキリ進言して全力で止めるのが本来のプロのあるべき姿だからな。断じて、誰かの身勝手な無茶振りを全力で実現することがプロの仕事ではない。
……うん、やはりSPの人たちはプロとして信用できるな。ここで手放しに俺のことを信用するようなら、俺の方から逆に止めようと思っていたが……杞憂に終わったようでなによりだよ。
――ズズ……ズズ……
「……ん? ああ、ブルースライムが出てきましたね」
「あ、本当ですね。ゆっくりこちらへ近付いてくるようです」
「オゥ、私も今気付いたヨ」
いつものオートセンシングに動きがあったので、そちらを見てみる。ちょうど通路の向こうから、ブルースライムがこちらに向けて這いずってくるのが見えた。
やや遅れて三条さん、次いでハートリーさんもブルースライムの接近に気付く。見通しが良く直線距離が遠いので、今回は俺の方が先に気付けたようだ。これで通路に近ければ、風を用いて検知する三条さんの方が先に気付いたことだろう。
……そういえば、俺も【風魔法】が使えるようになったんだっけか。三条さんに教えたモンスター検知方法のアイデア、自分でも試してみようかな。併用できたら面白いことになりそうだ。
『えっ、あ、本当だ……』
『気付くの早すぎない!?』
『全然そっちの方見てなかったのに……音もほとんど無かったよな? なんで分かったんだ』
「……なんだと?」
撮影班のカメラとSPの人が俺たちの視線の先を追い、遅れてブルースライムを見つける。SPの人がその時漏らした短い一言に、『なぜ、そんなにも早く気付くことができた?』という問い掛けが含まれているような気がしたがあえて無視する。
いくら安全のためとは言え、探索者としての技術というか飯の種なんでね。平和な日本にいるとたまに勘違いするけど、安全はタダじゃないんだからそう簡単には教えないよ。その辺は、俺なんかよりSPの皆さんの方がよく分かってるでしょ?
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