4−67:ライブ配信開始(横浜ダンジョン)
「本番15秒前!」
撮影班の男性から鋭い声が飛ぶ。いよいよ撮影開始に向けたカウントダウンが始まり、関係者全員の表情に緊張の色が差した。
もちろん、俺も緊張している。亀岡ダンジョンでは何度もライブ配信をやっているが、参加メンバーが気心の知れた人たちばかりだったからな……今回はある意味で、アウェーな環境での撮影になる。失敗は決して許されないのだ。
ちなみに、今カメラの正面に立っているのは持永局長……ではなく、岩守総理……でもない。
背の高い、スラリとした女性がカメラの真正面に姿勢良く立っていた。ロングの黒髪を真っ直ぐ腰まで伸ばし、かんばせには柔らかな余裕の笑みさえ浮かべている。
「5、4、3、2、1……スタート!」
「横浜ダンジョンチャンネルをご視聴の皆さま、おはようございます! 横浜ダンジョン専属アナウンサーの、祭恵です! 今日は事前の告知通り、横浜ダンジョンの中から直接映像をお届けいたしますよー!」
『よっ、待ってました〜!』
『祭ちゃーん!』
『もうかわいい!』
「うふふ、ありがとうございまーす!」
よく通る大きな声で、祭さんがハキハキと始まりの挨拶をする。それに合わせて、撮影班の人が持つモニターに視聴者さんからのコメントが次々と映し出されていった。
……実は、横浜ダンジョンには"専属アナウンサー"という役職がある。横浜ダンジョンチャンネル開設に合わせて作られた役職で、現在のところ2人が在籍しているらしい。その2人ともが本職のアナウンサーで、祭さんも元はどこかのテレビ局でアナウンサーをしていた方なのだとか。
ゆえにその実力は確かで、彼女もその細身の体のどこから出しているのか不思議に思うほど、よく通る声で喋ることができる。それでいて聞き取りやすい発音に整えている辺りは、さすがプロだなと感嘆したよ。
ちなみに祭さん、なんと横浜ダンジョンに所属する探索者でもあるそう。バフが得意な後衛タイプのギフトを保有しているそうだが、まさに彼女のイメージ通りだな。
「いやいや、まさかダンジョンの中から生中継できる日がやってくるなんて、わたし想像もしていませんでしたよ! ダンジョンの中は携帯スマホその他全て外との通信不可能、が今までの常識でしたからね! しかし、本日は条件が整ったことで、横浜ダンジョンでもライブ配信を実施することとなりました!
……さて、そんな記念すべき横浜ダンジョン初の生配信に、すごいゲストの方がお越しになられています。現日本国内閣総理大臣、岩守更氏です! それでは岩守総理、どうぞこちらへ!」
祭さんに促されて、岩守総理と持永局長がカメラの前に出てくる。この辺は横浜ダンジョン配信の定例の流れで、アナウンサーの人に呼ばれて持永局長とゲストがカメラの前に出てくるのがオープニングのいつもの流れなんだとか。総理は相変わらず周りを黒服のSPに囲まれているが、こればかりはもう仕方ないだろうな……。
「ふむ、ただいまご紹介に預かりました、岩守更です。横浜ダンジョンチャンネルをご視聴の皆さん、本日はどうぞよろしくお願いします」
『うえっ!? マジで本物!?』
『あっ! ダンジョン大好き現総理さんだ!』
「はい、我々探索者にとっては非常に重要な法律である"迷宮関連基本法"、その実現にあたり岩守総理が果たされた役割は極めて大きなものでした! また今回の横浜ダンジョン生配信を行うにあたり、ゲスト出演をお願いしましたところ快く引き受けてくださいました! 改めて、岩守総理には感謝を申し上げたいと思います!」
「いえいえ、お礼だなんてとんでもない。私自身元々ダンジョンに入りたいと思っていましたし、立法については1人の議員として果たすべき責任を全うしただけですから。
むしろ、その感謝は私のわがままを実現するためご尽力頂いた、関係各所の皆さんにお伝え頂ければと思います。また、私からも重ねてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
深々と、カメラに向けて岩守総理がお辞儀をする。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』という言葉がよく似合う、そんな光景だった。
……それにしても、岩守総理の名前、更っていうんだな。モニターに視聴者さんの誰かが打った漢字が映っているが、"更"と書いて"あらた"と読むのは初見では凄く難しい。漢字自体は簡単なのに、こういうところが日本語の難しいところなんだろうな……。
『ところで、黒い服を着た方々が総理の周りにいらっしゃるのですが、これは?』
『もちろん、ボディガードに決まってるだろ。一国の首相さんだぞ?』
「……黒服の皆さまは職務で来られておりますので、視聴者の皆さまにおかれましては、あまりお気になさらないようお願いいたします」
「持永局長、さすがにそれは無理があるのでは!?」
「私を守るために、皆さんこの場に居てもらっておりますのでね……配信をご視聴の皆さま、どうかご了承願いたい」
『まあ、さすがに仕方ないよな』
『色々あったし、ダンジョンの中は危険だからな……』
険しい表情をしたSPの人たちも、当然ながら画面に映っている。これが彼らの職務とは言え、モニター画面はだいぶ威圧感たっぷりな絵面となってしまっている。配信にはちょっと向かないよなぁ……。
ただ、衝撃的な事件が何年か前にあったので、常にSPを伴わなければその内とんでもないことが起こりかねない。視聴者の方も言っているが、ダンジョンの中は輪をかけて危険だからな。そこに総理大臣を務める方が立ち入るというのは、相当な事前準備が必要だったことだろう。
……そう考えると、俺も失敗はできないな。いつも移動中は警戒しているが、更に警戒レベルを一段上げておこう。
「……三条さん」
「……なんでしょうか?」
「……万が一怪しい気配を感知したら、すぐに全員へ共有してくれるか? ハートリーさんも、よろしく頼むよ」
「……リョーカイ」
もちろん、SPの中にも索敵に長けた人は居るだろうけどな。俺たちの方でも警戒しておいて損はあるまい。
「さて、岩守総理はなんと本日が初ダンジョン探索! 探索者の皆さんはご存知かと思いますが、初探索日はギフトが授与される特別な日でもあります!
というわけで岩守総理、ズバリ、総理はどのようなギフトを身に付けられたのでしょうか!?」
「ええ、どうやら【空間魔法士】というギフトのようですね。高度な【空間魔法】が使えるようです」
『【空間魔法士】だって!?』
『【空間魔法】ってヤバ、なんか色々できそう』
『いいな〜、俺も欲しいな〜』
視聴者から、岩守総理のギフトを羨ましがるコメントが次々と飛んでくる。そりゃあ小説やら漫画やらで言えば、空間系のスキルを使うのは強者にのみ許された特権だからな……やっぱり羨ましいだろうし、期待してしまうだろう。
……うええ、ヤバい、更に緊張してきた。この空気感の中で前面に出て【空間魔法】持ちだってことを言わなきゃいけないのか?
「いや〜、夢が広がりますね! 無限収納、瞬間移動、異空間創造……【空間魔法士】とは、一体どんなことができるのでしょうか!? 本日はダンジョンを探索しながら、岩守総理と一緒に検証していきたいと思います!」
『お〜い祭さん、今は映ってないけどさ、そこにいるんでしょ恩田さんが』
『知ってるぞ〜、なにせ俺ら、亀岡ダンジョンライブ配信の初回からの視聴者だからな!』
「おっと、既にご存知の視聴者さんもいらっしゃいましたか! そうです、今回ライブ配信を実現するにあたり、最大のキーマンである恩田高良さんにもお越し頂いておりますよ! それでは恩田さん、よろしくお願いします!」
遂に、出番が来てしまったか……よし、腹を括っていこう。
一気にカメラの前へ飛び出す。こういうのは勢いが大事だからな、気にしたらした分だけ、決意というのは鈍るものなのだ。
「どうも〜! 京都は亀岡ダンジョンからやって参りました、【資格マスター】の恩田高良です……うん? おお、"ふとまに"さんに"カガミ"さんじゃないですか。いつもライブ配信に来て頂いてありがとうございます!」
モニターを見ると、なんと見慣れた視聴者さんが横浜ダンジョンライブ配信を見に来てくれていた。
『いいってことよ、恩田氏と俺らの仲じゃないか』
『ここ10日くらいライブ配信してなかったから、あれ?って思ったけど……やっぱり恩田さんが亀岡ダンジョンを離れてたのか〜。確か、他ダンジョンに留学できる制度があるんだよね?』
「ええ、そうなんですよ。迷宮探索開発機構の制度を活用して、今は横浜ダンジョンでお世話になっています。ゴールデンウィークまでには亀岡ダンジョンに戻るので、またご視聴よろしくお願いしますね!」
サラッと、亀岡ダンジョンの宣伝もしておく。あからさまなのは良くないが、まあこれくらいなら許されるだろうさ。




