4−65:来訪
……そして、迎えた翌日。遂に日本国総理大臣・岩守氏を迎えてのライブ配信決行の日がやってきた。
今日この日のために、横浜ダンジョン周辺は昨日から厳戒態勢が敷かれているそうだ。ビルの外は要請を受けた警察が警備態勢を敷き、ビル内は持永局長が直接依頼した信頼できる探索者たちで固められている。
加えて、一般探索者の横浜ダンジョン探索は今日に限っては全面禁止だ。ダンジョン内で寝泊まりを行うような探索も認められず、昨日のうちに全ての探索者がダンジョンの外へ出ている。
正直、そこまでやる必要があるのか、とは思ったのだが……ここ数年は色々あったからなぁ。首相を招くとなれば、万が一に備えて警戒レベルが上がるのは仕方ないことだろう。
「「「「………」」」」
装備を完全に着込み、エントランスホールにて関係者総出で岩守総理の到着を待つ。今日は持永局長も装備を着込んでおり、嘉納さん、菅沼さんと横一列に並んだ状態で、泰然とした様子で立っていた。こういう場はわりと慣れているようで、3人とも実に堂々としている。
……初めて持永局長の装備姿を見たのだが、パッと見た感じ装備のランクは高そうだ。全てランク5は下らない逸品で、確実にそれより高いランクの装備も混じっている。局長の肩書きにふさわしい出で立ちだ。
少し驚いたのが、持永局長がロッドタイプの武器を持ち、防具がわりと軽装寄り――つまり、後衛タイプだったということだ。持永局長は前衛、特に日本刀を持ったら達人っぽくて似合いそうだなと勝手に思っていたので、後衛タイプなのは少し不思議な感じがした。
「……ふむ、意外だったかな?」
「はい、持永局長は前衛型だと勝手に思っていました」
「……よく言われる。初対面の時に嘉納と菅沼にも言われたな」
俺の視線に気付いたのか、持永局長がこちらを見てほんのり苦笑している。これだけ眼光が鋭くて、立ち居振る舞いに隙が無い人を見れば当然そちらを思い浮かべるよな。やっぱりみんな、同じことを思ってるんだな……。
「……ふむ、どうやら岩守総理が来られたようだ」
――ガヤガヤ……
持永局長の一言の後、にわかに外が騒がしくなった。怒号が飛び交っているような様子はないので、どうやら岩守総理到着に伴う立ち位置の変更とか、そういうのでバタバタしているらしい。
――ウィィィ……
……そのまましばらく待っていると、おもむろに入口の自動ドアが開く。そこからスラリとした黒服の人が2名、横浜ダンジョンビルの中に入ってきて……その後ろからスーツの男性と、その男性を囲うように筋肉モリモリマッチョマン3名が入ってきた。そのさらに後ろには、秘書っぽい雰囲気の妙齢の女性が付いてきている。
誰がどう見ても、スーツの男性が岩守総理その人だろう。その岩守総理を囲っている筋骨隆々な3人が、話にあった自衛隊上がりのギフト持ちSPだと思われる。黒服が可哀想なくらいにパツパツで、ちょっと力を入れたら弾け飛びそうだ……。
「「「「………」」」」
さすがはプロだけあって、どの黒服の人も油断なく辺りを警戒している。ギフトの有無は見た目だけでは判断できないが、護衛としての技術は間違いなく一流の人たちばかりのようだ。
(はてさて、どうなりますことやら)
口に出すと余計な猜疑心を煽ってしまいかねないので、心の中でそっと溜め息と共に吐き出す。
……二陸特の効果は、既にオンにしてある。今すぐにでもダンジョンに入り、撮影を始められるよう準備は万端だ。
この横浜ダンジョン留学の中で、おそらく最も精神的にクるであろう時間が始まった。
「……ようこそお越しくださいました、岩守総理。私が横浜迷宮開発局の局長を務めております、持永昭と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「おお、持永君。今日はよろしく頼むよ」
「……はい、本日は総理をお迎えするにあたり、万全の態勢を整えております。どうぞ、ご安心ください」
早速、持永局長が代表して岩守総理に挨拶に行く。その様子を、SPの人たちは険しい眼付きでじっと見つめていた。
……ここで俺たちが余計な動きをすれば、SPの人たちに睨まれるのは必至だ。決してその場を動かず、じっと待つ。
「「「「………」」」」
皆もそう考えたのか、全員が直立不動の体勢でじっとしている。嘉納さんや菅沼さん、三条さんは当然だとしても、ハートリーさんや仲間モンスターの面々まで静かにしているのはなかなか不思議な光景だった。
「さて、そちらの方々が本日一緒に来てもらう探索者の皆さんかな?」
「はい、オ……私は嘉納尚毅と申します」
『俺』と言いかけて、嘉納さんがすぐに言葉を訂正する。菅沼さんがちらりと鋭い目線を投げかけていたが、さすがに今日は物理的なツッコミを入れるようなことはしなかった。
……う〜ん、これは俺も気を付けないとな。目上の人が相手でも、つい会話中に『俺』と言ってしまうことがあるからな……今まで指摘されたことが無かったから、もしかしたら無意識に言ってしまっているかもしれない。さすがに今回は、意識して言葉遣いを正さないといけないな。
「私は菅沼遥花と申します。普段は嘉納と2人で、横浜迷宮を探索しております。どうぞ、よろしくお願いいたします」
一方で、菅沼さんはスラスラと挨拶をしている。さすがに緊張はしているのだと思うが、それをおくびにも出さずに言い切ってみせるのはさすがだなと思う。
「うむ、2人ともよろしく頼む。持永局長に加えて、日本の一般探索者の中ではトップクラスの実力を持つ2人に来てもらえれば私としても更に安心感が増すよ」
「「「………」」」
さすが、一国の首相となれるだけあって上手な言い回しだな。ギフト持ちのSPたちのプライドを貶すことなく、嘉納さんと菅沼さんを持ち上げる絶妙な言葉選びをしている。
……さて、次は俺の番かな? 3人とも挨拶の時は少し前に出ていたし、俺もそれにならって挨拶させてもらおう。
「私は恩田高良と申します。京都は亀岡迷宮にて普段はお世話になっておりますが、現在は縁あって横浜迷宮にお世話になっております。本日はよろしくお願いいたします」
「おお、君が恩田君か。聞けば、ダンジョンの中から生配信ができるのは君のギフト効果ゆえだとか」
「はい、【資格マスター】たるギフトのおかげです。今後もしっかりと学び、より精進していくつもりです」
いくらギフトの性能が優れていても、使いこなせなければ宝の持ち腐れだからな。特に俺の場合、資格の数がそのまま力になるようなものだから……学びを止めてはならないのだ。
挨拶をして1歩下がると、今度は三条さんが前に出てきた。
「岩守総理、いつも父がお世話になっております。愛知は鶴舞迷宮開発局より参りました、三条美咲と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「む? おお、三条殿の娘さんか、まさかこちらに来ておられたとは。いやはや、私もあなたの父上には大変お世話になっていてね。今日はよろしく頼むよ」
「はい、岩守総理のご期待に添えるよう微力を尽くす所存です」
……淀み無くスラスラと、多分に建前を含んだ言葉を交わしている。これが三条さん本来の姿か……と一瞬思ったが、よく思い返すと俺やハートリーさんにはそういう言動を見せたことが1度もない。おそらくそちらが三条さんの素で、今はうまく取り繕っているのだろう。
それを証明するかのように、なんとなく三条さんの様子を観察してみれば……笑顔は笑顔だが、どうもその質がいつもと違う気がする。普段の笑顔は自然な感じだが、今日のそれはやや作り物めいた雰囲気を感じるのだ。
「私ハ、アメリカから来ましタ、リンダ・ハートリーでス。よろしくお願イしまス」
「なんと、アメリカからの留学生も来ていたのか。今日はよろしく頼むよ」
「はイ、よろしくお願イしまス」
ハートリーさんも前に出て挨拶するが、こちらはわりといつも通りの調子だ。さすがに普段よりはキリッとしているし、間延びした喋り方も鳴りを潜めているが……なんとなく、この状況を心の底から楽しんでいるように見える。だからなのか、不自然なところが全く感じられないのだ。
その後は撮影班の面々も挨拶し、SP含む後着くみが装備に着替えるのを待ってからダンジョンゲートのある階層まで移動する。
「ほう、これがダンジョンゲートか。実は、直接見るのは初めてでな……見れば見るほど不思議なものだな。ここで採れた物が、今後日本が発展していくうえでの新たな礎となるわけか……」
ダンジョンゲートを見上げながら、岩守総理がそっと呟く。彼は迷宮関連基本法の成立にも深く関わったそうだから、自身がダンジョンに入れるとあって感慨もひとしおだろうな。立場もあるから簡単にはいかないだろうし……あれ、なんだか既視感があるな?
……あ、そういえば団十郎さんもダンジョンに入る時はこんな感じだったな。そう考えると、あの時と状況はよく似てる気がするな。
「……では、私が先に入らせて頂きます」
先に持永局長がダンジョンゲートへと入り、続けて嘉納さん、菅沼さんが入っていく。その後に続いて俺たちも入った。岩守総理とSPの人たちは、最後に入ってくることになっている。
……さあて、少し気合を入れていきますかね。
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