4−44:黒き鎧虫の大波を割って
――ブブブブブブブブブ!!!
「来たぞ! 盾展開!」
――ブォン
水平線上に浮かぶ黒い点々が、遂に個々のモンスター……ラッシュビートルの大群であると視認できるようになった瞬間。俺は即座に、ドーム状の防壁を展開した。防壁内に階段を巻き込んでおり、退路はきっちりと確保している。
――バヂヂヂヂッッ!!
――ブブブブ!?
その直後だ。ラッシュビートルが次々と飛来し、俺たちに向けて体当たりを敢行してきて……しかし白い防壁に弾き飛ばされ、その場にひっくり返っていく。どうやらラッシュビートルは、ひっくり返ると自力では起き上がれなくなってしまうようだ。
「はぁっ! "風裂刃"!」
――ヒュッ!
――ズバッ!
「きぃっ!」
――パァァァァッ!!
――パシュゥッ!!
――ブブブッ!?
その隙に、三条さんとヒナタが次々とラッシュビートルを倒していく。ラッシュビートルの腹部は比較的柔らかいので、ランク3武器の攻撃や魔法攻撃はよく通るのだ。羽根を斬った後の背中ほどではないにしろ、ここも立派な弱点と言える。
加えて、遠距離攻撃を防壁内からそのまま通せるのが大きい。ヒナタはホーリーブレスを、三条さんは風の刃を飛ばして攻撃しているが、それらは防壁に阻まれることなくラッシュビートルに着弾していく。威力はどちらも必要にして十分、コストも軽そうで軽々と連発している。
そして、ラッシュビートルの突進攻撃では俺の防壁を貫けない。ヘラクレスビートルが出てくれば話は別だが、今のところ俺の魔力が保つ限り負けはあり得ない状況だ。
そうして、普段よりもサクサクとラッシュビートルを倒していくのだが……なぜか、今回の試練の間では魔石と装備珠がドロップしていく。亀岡ダンジョンで挑戦したモンスター連戦型の試練の間では、モンスターを倒しても何もドロップしなかったというのに。
……最後にプラチナ宝箱との2択を迫られて、真剣に悩んでいた朱音さんの姿が脳裏に思い浮かぶ。今回はどうもそうならないみたいだけどな。
「きぃ!」
――ゴォォォォ!
――ブブブ!?
ヒナタが攻撃方法を切り替え、空からファイアブレスを放つ。
……だが、なぜかラッシュビートルを倒す速度が遅くなった。弱点を晒すラッシュビートルに、ファイアブレスを数秒ほど浴びせてようやく倒すことができている。これを遅いと言うのは贅沢かもしれないが……明らかに、殲滅速度が落ちてしまっている。
ホーリーブレスの方が威力が高いのか? しかし、ランクⅠのブレス同士なら威力に大して差は出ないはず。虫タイプのラッシュビートルなら炎に弱い可能性があるので、なおさらホーリーブレスの方が威力は出にくいはずだ。
……もしかして。
「……【ホーリーブレスⅡ】か?」
ヒナタは何も言っていなかったが、レベルが上がって新しいブレスを覚えたのかもしれない。威力自体が上がっているなら、殲滅速度が格段に早いのも納得できる。
「きぃっ!」
そんな俺の呟きを聞いていたようで、『さっき使えるようになったんだよ〜!』と、ヒナタが上空から言ってきた。ちょくちょく魔石を食べさせていたが、遂にランクⅡブレスを覚える領域に足を踏み入れたわけか。
これは、本当に嬉しい誤算だ。
「私も負けませんよ、ヒナタちゃん!」
――ヒュッ!
――ズバッ!
――ブッ……!?
負けじと三条さんの攻撃速度も上がっていく。既に技名を言うこともなく、刀が振るわれ風の刃が次々と飛び出していく。
もはや、一方的な展開……しかし、これで終わるほど試練の間は甘くはない。
――バゴォン!!
――ブッ……!?
「……っ!」
突如として巨岩が飛来し、ラッシュビートルを押し潰しながら防壁へとぶち当たる。防壁の強度が攻撃力に勝り、巨岩を弾いて破壊したものの……今の一撃で、それなりに魔力を持っていかれた。
もちろん、下手人は分かっている。
「来たぞ、ヘラクレスビートルだ!」
「「「!!」」」
ラッシュビートルの大波の向こうに、一際巨大な体躯を持つ甲虫……超重殻甲虫こと、ヘラクレスビートルがいた。ヘラクレスビートルは角を振り上げたような体勢で固まっていたが、すぐに動き出してこちらに迫ってくる。
「きぃっ!」
――パァァァァッ!!
――ブブッ!?
防壁を飛び出したヒナタが【ホーリーブレスⅡ】を放って、ヘラクレスビートルの足止めにかかるが……速度は落ちたもののその動きは止まらない。ホーリーブレスには防御力無視の一定ダメージが乗っかる性質上、着実にダメージを与えることはできているが決定打には程遠い状況だ。
ゆえにここは、ハートリーさんの技が鍵となる。果たしてうまくいくだろうか……?
「ハァッ!」
――ヒュッ!
――ビシャッ!
――ブブ?
水塊が飛び、ヘラクレスビートルに当たって弾ける。もちろん、それだけでは僅かなダメージにもならないが……遠目の俺にもソレは分かった。
ヘラクレスビートルの外殻に張り付いた水滴が蠢き、羽根の隙間から内部に入り込んでいく様子が。
――ブブ!?
何か違和感を覚えたのか、ヘラクレスビートルがしきりに背中側を気にしている。だが、水は既に羽根の裏側へと入り込んでおり……まあ、つまるところ手遅れだった。
「フフフ、食らエ! "アイシクルバースト"!」
――パキパキパキパキパキッ!
――ブブブブッ!?!?
羽根の内側の狭い空間で水が一気に凍り付き、大きく膨れ上がる。
……ほぼ全ての液体は固体になる時に体積が減るが、水は氷になる時に体積が増える特性を持つ。水が持つ稀有な特性であり、魔法で作り出した水にもその特性は適用される。今回はそれを利用したわけだ。
――バギィッ!!
――ブグッ!?!?
ヘラクレスビートルの大羽根が、増しゆく氷の圧力に耐えられずに片方だけ弾け飛ぶ。その頑丈さゆえに圧力にある程度耐えてしまい、緩やかに壊れることができなかったようだ。
ちなみに、体の方にも氷が食い込んで地味にダメージを与えている。羽根より背中の方が柔らかいので、羽根が弾け飛ぶまでに相応の圧力がかかったことだろう。そのダメージは決して小さくないはずだ。
――ガゴン、ガゴンガゴンガラガラガラ……
ヘラクレスビートルの大羽根が地面へと落ち、派手な音を立てて跳ね回る。まるで鉄板が落ちたかのような重厚な音だ。
……そして、弱点の背中はこれで完全に露出した。
「きぃっ!」
――パァァァァッ!!
――ブブブブブブッ!?
――ドスドスドスドス……
剥き出しの背中を狙い、ヒナタのホーリーブレスが放たれる。それを受けたヘラクレスビートルは、先ほどまでとは違い苦しそうにバタバタと動き回っている。
――ブブッ!!
――ブォンッ!
そして時折、上空に向けてヘラクレスビートルの岩攻撃が放たれる。"角で地面を掘る"動作が"角で地面を跳ね上げる"動作になって予備動作が非常に短くなり、代わりに岩がだいぶ小さくなっている。スピード重視のコンパクト岩といったところだろうか。
「きぃっ!」
――ゴウッ!
「きぃっ!」
――ゴウッ!
だが、どれほど速くとも今のヒナタにその程度の攻撃は当たらない。連続で飛来する小岩を次々とかわしつつ、正確に背中を狙ってホーリーブレスを吐き続けている。このままいけば、この群れは普通に倒せそうだが……まあ、そんな簡単にはいかないだろうな。
ここは試練の間、ダンジョン内でもとびきりの高難易度の場所だ。こんなアッサリと終わるわけがない。
――ドド……ドドドド……!
ほらね。
「へ、ヘラクレスビートルが来ました! 2体来てます!」
「ほう?」
三条さんから警告が飛び、彼女が目を向けている方を俺も見る。すると遥か遠くから、2体のヘラクレスビートルがやってくるのが見えた。
やはりこの規模の群れ、特殊モンスター1体だけでは済まなかったようだが、果たしてどうするか。3体同時に相手をするのはさすがに厳しいから、この弱っているヘラクレスビートルは早めに処理しなければならないし……あのヘラクレスビートル2体は、いずれにせよ同時に相手するしかない。
できれば、あの2体は近距離にまとめておきたい。あまり離れられると十字に巨岩を転がされて、側面や背後から大打撃を食らいかねないからな。しかしラッシュビートルの残敵数も多いので、そう簡単にはいかな……あ。
「そうか、その手があったな」
「「??」」
三条さんとハートリーさんが、小さく首を傾げる。その様子を見つつ、ホーリーブレスを浴び続けてそろそろ倒れそうなヘラクレスビートルを見た。
「せっかくだ、コイツを利用させてもらおうか」
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