4−43:嵐の前の静けさ
そして、翌日……。
「ここに来るのは2度目ですね」
「ああ。それにしても、見れば見るほど変な建物だよな……ダンジョンの雰囲気にまるで合ってないし」
「だよネ……なんか、馴染んでナイもんネ」
「きぃ」
第6層の奥地にある、掘立小屋のような謎のダンジョンオブジェクトまでやって来た。その古ぼけた外観に全くそぐわない、がっしりとした石製の扉の前に4人で立つ。
この掘立小屋だが、今にも崩れそうな見た目に反してヘラクレスビートルが岩をぶつけても微動だにしないであろう頑丈さを持つ物体だ。特殊な能力を持つ者……それこそ、真紅竜みたいなのしか壊すことはできないだろう。
そして、それは石の扉も同じだ。おそらくこの先に、超高難易度を誇る"試練の間"があり……石扉に彫られている窪みに合う何かを持たぬ者が、扉を開くことは叶わないのだろう。
「石板、はめるヨ?」
もちろん、俺たちはその鍵となる物を持っている。第4層の宝箱から出てきた物だ。
そして、今日という日に備えてここにいる4人全員体調は万全、心の準備も万全だ。
「ああ、よろしく、ハートリーさん」
「ヨシ!」
ハートリーさんが、石扉の窪みに石板をはめる。
……まるで誂えたかのようにピッタリだ。石扉からくり抜いたものをそのまま収めたかのように、石板はスッと扉の窪みに入った。
――ゴ、ゴゴ……
重厚な音を立てながら、石扉がほんの少しだけ手前に出てくる。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
そして、石扉はそのまま横に動いていき……扉が開いたその先には、下り階段が大口を開けて待っていた。
……その先からは、一切の音がしてこない。なんとも緊張感漂う雰囲気だ。
『いやはや、試練の間へようこそお越しくださいました、皆様』
そこに、白い光でできた文章が浮かび上がってくる。前回はどこかゆるい感じの文章だったが、今回はなんか老執事的な雰囲気の文章だ。横浜ダンジョンでも相変わらず、試練の間に挑戦する前には文章が出てくるようだ。
……しかしこれ、やはりダンジョンを作ったと思しき超越者の影がチラつくな。俺の物言いに焦って文章を変えるような、人間臭い所が垣間見える存在があれば……今回のように、まるで執事染みた言動をする存在もいる。俺たちの想像の埒外にいるであろう、途轍もない力を持った存在なのは確かだが……ダンジョンごとに担当者が違うのだろうか?
そういえば、俺が初めて試練の間に挑戦した時はどうだったっけな? あの時は試練の間の存在自体を知らない時期だったし、その後の真紅竜がインパクト強すぎてメッセージなんて忘れてしまった。文章が出てたことだけは覚えてるんだが……。
『せっかく大人数でお越しくださいましたので、本試練の間の参加可能人数は3人、使い魔は人数に含まない……この条件で、試練の間に挑戦なさいますかな?』
ほう、今回はここにいる全員が参加できるように、最初から人数制限を調整してきたか。やはり、この文章を作っている存在には確かな知性があるようだ。
「はい、挑戦します」
「モチロン、私も!」
「ああ、俺も当然参加するぞ」
「きぃ!」
まあ、ここまで来ておいて否もないだろう。三条さんが答えるのに合わせて、全員が是と答えを返す。
『ふむ、私めのような老骨には眩しく感じる元気さですな。そのちゃれんじ精神、私は大変好ましく思います』
そうして、文章が一旦区切られた後……その文章から伝わるトーンが、一気に変わった。
『それでは、ようこそ。地獄の入り口へ』
「そんなこと100も承知だよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うからな。行くぞ、みんな」
「「はい!」」
「きぃっ!」
全員で階段を下りていく。さて、今回はどんな試練が俺たちに降りかかるのだろうか?
「……うおっ!?」
階段を下りきると、一気に視界が開けた。
「すごい場所ですね……」
「……ステイツにも無いヨ、こんな場所」
見渡す限り、一面の大草原だ。緩やかな風が吹き、草木がザァザァと揺れ、水平線の向こうには今まさに沈もうとしている夕陽が見える。
もちろん、ここは屋外ではない。この風景も、ダンジョンが創り出した幻であるのは間違いないのだが……そんなことも忘れてしまうくらいに、この世のものとは思えない幻想的な風景を描き出している。
――ブブ……ブブ……ブブ……!
「きぃっ!!」
「!! 全員、戦闘態勢だ!」
「「!!」」
だが、ここは既に試練の間の中だ。どれほど風光明媚な場所であっても、通常フロアとは比べ物にならないくらいの危険度を誇る場所なのだ。
耳にタコができるほど聞いた音がする方へと、顔を向けた……!?
「あ、あれはまさか……!?」
「超ショッキングな光景ネ!?」
「うげぇ……」
ちょっと待て、アレはいくらなんでもヤバすぎるだろ!?
――ブブブ……ブブ……!
――ブブ……ブブブ……ブ……!
――ドドドド……ドド……
ちょうど階段の正面辺り、遥か遠くの草原の一角が真っ黒な何かで埋め尽くされている。そこから低く轟いてくる音が、少しずつ少しずつこちらへと近付いてくる。
アレは、ほぼ間違いなくラッシュビートルの大群だ。その数は100や200ではきかないほど多い。亀岡ダンジョンでヘラクレスビートルが率いていた群れよりも圧倒的に多い数だ。
……この様子だと、大群にはヘラクレスビートルが混ざっているな。ヘラクレスビートルは重すぎて飛べないが、飛ばずに走ってる個体もいるから普通にあり得る話だ。しかも数が数だけに1体とは限らず、もしかしたらヘラクレスビートル複数体と同時に戦う羽目になる可能性も十分に考えられる。さすが試練の間、まさにハイリスク・ハイリターンの極悪難易度だ。
しかも、これが単なる第1波という可能性もある。この次がゴブリン軍団で、その次は空飛ぶモンスター大集合……みたいなことが起きる可能性がある。ここがだだっ広い大草原となっているのも、大群を相手に戦うことを前提として作られているからなのかもしれない。
「一応、逃げることもできるぞ?」
外へと繋がる階段は、消えずにそのまま残っている。三十六計逃げるにしかず、いよいよ危ないとなれば逃げるしかないのだが……まだ余裕のある今のうちに、さっさと逃げてしまうのも十分アリだと俺は思う。やはり、命には代えられないからな。
……もっともその場合、この試練の間へは2度と入れなくなってしまうだろう。さて、三条さんとハートリーさんの答えは?
「……何もせずして逃げ出しては、三条の姓を持つ者にとって恥の極みです。きちんと退路は確保しつつ、やれるだけのことはやってみたいと思います」
「私も同じ思いヨ〜」
「きぃ! きぃ!」
「ああ、そこは俺も同じだ」
よかった、全員同じ考えのようだ。蛮勇にはならず、さりとて臆病にはなり過ぎず……ちょうど良い塩梅で動くことができているようだ。
「よし、それなら退路の確保と……ラッシュビートル共の突進を止めるのは、俺に任せてくれるか? 三条さんとヒナタには、ひたすらラッシュビートルの掃討を頼みたい。やり方は任せるよ」
「分かりました!」
「きぃ!」
「ネェ、私は〜?」
ハートリーさんが少し頬を膨らませているが、彼女には最も大事な役割がある。
「ハートリーさんには、群れに混ざってるであろうヘラクレスビートルの処理を頼みたい」
「ヘラクレスビートル……ああ、ミュータントのことネ〜。ラッシュビートルのミュータント、スゴく強そうだケド……私の力で勝てるカナ?」
ミュータント……突然変異種くらいの意味合いか。アメリカではそう言うんだな。
「ま、厳しければ俺もサポートするよ。必要無い気もするけどね」
規格外の重装甲を持つヘラクレスビートルを相手にするなら、実はハートリーさんが適任なんだよな。水を操るハートリーさんだからこそとれる戦法が、ヘラクレスビートルに刺さるのだ。
「ハートリーさんが放った水、多少の温度変化はさせられるんだろう?」
「うん、できるヨ! 熱くシタり、凍らせたりネ」
勉強を教えていく中で、ハートリーさんの戦いの幅は大きく広がった。水蒸気を操って索敵を行うのはもちろんのこと、水を温度変化させて蒸気や氷を作ることもできるようになったのだ。魔力は相当に食ってしまうが、効果は絶大だと言える。
「その水を、ヘラクレスビートルの羽根の隙間から内部に浸透させるんだ。そこで一気に氷化させれば、重防御を誇るヘラクレスビートルにもダメージを与えられる」
「飛んでる時に、弱点を狙うノハダメなの?」
「ヘラクレスビートルは飛べないんだよ。だから、弱点の背中を外から直接狙うことはできない」
「へぇ、ナルホド……」
俺が【闇魔法】でやった戦法を、水でやるというわけだ。【闇魔法】は燃費が悪すぎるので、最終手段としてとっておきたいところだ。
……ヘラクレスビートルの攻撃、めちゃくちゃ重たいからな。それに対応できるだけの魔力は残しておきたい。
「……さて、後は根比べだな」
――ブブブ……ブブブ……!!
――ドドドドド……!!
気付けば、羽音と振動はだいぶ近くまで来ていた。
……さて、横浜ダンジョンの試練の間がどれほどのものか。見せてもらおうじゃないか。
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