4−42:明日に思いを馳せて
「……すごい、軽くて綺麗です」
横浜ダンジョン第11層への下り階段にて。
新たな装備一式を身に纏った三条さんが、目をキラキラさせながらしきりに自分の姿を見下ろしている。三条さんはとても礼儀正しく、物腰柔らかな女性だが……やはり、新しい服で着飾るというのは心が躍るものなのだろう。
「どうだい? これで試練の間、いけそうか?」
「絶対、などとは決して言えませんが……自信は付きました。後はもう、私の実力次第です」
「私もいるヨ?」
「……ふふ、そうですね。私たちの実力次第です」
「そ〜だネ〜♪」
ひしっと2人が握手を交わす……ホント、びっくりするくらい仲良くなったよな。最初はあんなにいがみ合ってたのに、不思議なもんだ。
だが、その方が絶対にいい。ダンジョンは閉鎖的な環境ゆえ、その人間関係もパーティ内で閉じたものになりがちなのだ。それがギスギスしていると、パフォーマンスに強い悪影響を与えてしまう。
……それはイコール、ダンジョンにおいては命を落とす危険性が高まるということだ。そんな状況を看過するわけにはいかないし、してはならない。いつか関係者全員を巻き込んで、取り返しのつかない状況へ追い込まれないとも限らないのだから……。
「……さて、時間は少し遅いけどどうする? 今日、試練の間に行くのはちょっとリスクが高いから……第11層で少し戦ってみるか?」
「そうですね……はい、第11層に行きましょう。試練の間は明日、準備万端に整えてから行きたいと思います」
「私も、そ~シタ方が良いト思うヨ〜」
「よしきた。行こうかみんな」
「「はい」」
「きぃ!」
全員で第11層に向けて、階段を下りていく。ダンジョンは、ここからがある意味で本番だ。
……戦力とは別の理由で、俺はこのあたりからあまり先に進めていない。俺1人だけでガンガン進むだけならいいのだが、それはリスクヘッジの面からもよろしくない。亀岡ダンジョンに戻った後、6人全員で先に進むのであれば……どうにか時短を図らなければならない。
さて、本当にどうしようか。手持ちのスキルでどうにかできればいいのだが……あ。
「………」
今、とんでもないことを思い付いてしまった。この方法なら、魔力消費量を抑えつつ大幅な時短を図れるかもしれない。
……うまくいけば、第10層までの到達時間を1分に短縮できるくらいに劇的な方法だ。
「……? どうしましたか、恩田さん?」
「ミスター・オンダ、立ち止まってドシタノ?」
「……いや、ちょっと思い付いたことがあってね。タイミング的に今すぐには試せないけど、だいぶ面白いことになるかも」
「ふふ、そうですか。アイデアマンの恩田さんがそうおっしゃるのであれば、相当なものなのでしょうね」
「まあ、うまくいけばね」
「なんか面白ソウ! ミスター・オンダ、どんなアイディアなの?」
期待に満ちた表情で、三条さんとハートリーさんが俺を見る。
……うーん、そうだな。先に準備しておくことはできるのだが、実はここでやるべきことではない。やるならもう1つ前の階段、第10層への下り階段でやるべきだろう。先に第11層の見学を終えてからだな。
そも、アイデア段階のものを試すのであれば、本来は第1層でやるべきなのだ。今回はどうしても秘匿したいものなので、探索者が多い横浜ダンジョンでは深い層でやるしかないけどな……。
「あとで教えるよ、ハートリーさん」
「エ〜ッ、気になるジャン!」
「今はアイデアだけだからね、全ては試してみてからだ。先に第11層を見てからにしよう」
「ムゥ……」
ハートリーさんが駄々をこね始めるが、まだ形になっていないもので必要以上に期待させるわけにはいかない。
「まあ、楽しみにしててくれ」
今は、これを言うのが精一杯だな。
◇
「「「シャッ!? シャアァッ!!」」」
「おいおいマジかよ!?」
第11層のフロアに下りると、いきなりリザードマン3体と遭遇した。心の準備はできていたが、これはちょっとツイてないな……。
「三条さん、さっき話した通りだ! リザードマンはファイアブレスを吐いてくるから、距離が開いてても油断するな!」
「了解!」
三条さんには、下り階段にいた時にオークとリザードマン (加えて、ハイリザードマン)がどういうモンスターなのか説明している。実戦闘は当然初めてだが、まあそれなりには対処できるだろう。奴らの動きにはやや拙さを感じるから、今回はハイリザードが含まれていない編成のようだ。
……もっとも、俺は一切心配していないが。なにせ――
――ヒュッ!!
「「「……シャァ?」」」
一陣の風が吹き抜け、三条さんの姿がリザードマンの向こう側にパッと現れる。辺りをキョロキョロと見回し、すぐ近くに三条さんがいることを見つけたリザードマン共が襲いかかろうとするが……。
――ズズズ……
「「「シャ……ァ……??」」」
リザードマン共の体が斜めにずれ、上下2つに分かれていく。すれ違いざまに三条さんが斬り捨てたのだが、どうやらリザードマン共はそれに気付かなかったようだ。
――ボフン……
そして何が起こったのか、リザードマン共はついぞ理解できないまま……その上半身が地面に落ちる前に、白い粒子へと変わっていった。後には魔石が3つ、転がるのみである。
「……ふぅ。強さは厳しめに見積もっていたのですが、これではゴブリンとそう変わりありませんね」
――キンッ
刀を鞘に納めながら、三条さんがそんなことを言う。さすがにそれは言い過ぎだと思うが、三条さんにとっては本当にゴブリンとリザードマンが同程度のモンスターにしか見えないのだろう。
三条さんはその戦闘スタイル上、三条さんよりも遅くてかつ物理防御力が低い相手とは、相性が非常に良い。飛び抜けたスピードで先制攻撃を加えてしまえば、それだけで戦闘終了となるからだ。そこでいくと、リザードマンの守りはそこまで固くなく、また敏捷性も普通止まりでしかないから……三条さんからすれば、とても与しやすい相手なのは間違いない。
……もっとも、ラッシュビートルが相手でも弱点を突けば普通に勝てるうえ、三条さんはそこを自分なりに考えて戦える探索者でもある。仮に相性が悪い相手でも、三条さんがボロ負けすることは無いだろうな。
「……よし、そろそろか」
第11層で戦うこと、1時間ほど。リザードマンもオークも、今の三条さんやハートリーさんからすれば大した脅威ではなかったようで……。
「ホェ〜、ミサキ強いネ。もうリザードマンは一撃ヨ」
「リンちゃんも、さすが戦い慣れてるよね。オーク戦とか距離感がピッタリだったもん」
「ワタシより、ミスター・オンダとヒナタチャンの方が慣れてたヨ? ファイアブレスも防いでたシ」
「うん? まあね。特にリザードマンとは、第10層を突破する前からの付き合いだからね」
「きぃ?」
ヒナタが首を傾げるが、まあそうだろうな。真紅竜に襲われた試練の間をクリアして得た博愛のステッキを使い、その日のうちに仲間にしたのがヒナタだったから……あの時の激闘を、ヒナタは知らないわけだ。
ヒナタが第11層のモンスターを苦にしないのは、ただ単純に強いからだ。特に空を飛べるアドバンテージはやはり大きく、特殊モンスターやグリズリーベア級が相手でもない限りヒナタは苦戦すらしないだろうな。
「第10層突破前からの……それは、やはり試練の間ですか?」
「ん? ああ、そうだ。初見がハイリザードマン込みの編成、かつヤバいのに追われてた時の戦いだったからな。今さらリザードマンに手こずることも無いさ」
きっと、グリズリーベアやヘビータートルが通常フロアに出てきた時も同じ感想を抱くんだろうな、俺は。
「……では、明日はやはり相当の覚悟をもって挑まねばなりませんね」
「ああ、もはや何が出てきてもおかしくないからな。最悪はゴブリンキングと戦うことも想定しておくかな」
今まで戦った中で、一番強い相手がゴブリンキングだったからな。もしかしたら、そのレベルのモンスターが出てくるかもしれない。
そして、最後はきっとプラチナ宝箱が出てくるのだろうが……果たして、何が手に入るんだろうな?
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