050_仮面を外した魔性の女たち
「あはははは……それはこちらのセリフだ」
悪魔の笑い声がフロアに響く。
何事かと他の客達が集まってくる中、先に動いたのはヒースクリフだった。
「烏籠<クロウ・ケージ>」
ヒースクリフが指をパチンと弾き、何事か呟いたかと思うと、いきなり辺りが暗くなる。
「えっ? 何やったの、ヒースクリフ?」
「知り合いに頼んで、明かりを消してもらっただけだよ、騒ぎが大きくならないほうがいいからね」
「さっすが、用意周到。そんな戦い方もあるんだね」
何だかヒースクリフの囁きが魔法の詠唱みたいに思えたので驚いた。
辺りを暗くだけする魔法なんて、聞いたことがないから彼の言う通りなのだろう。
「くくっ、我とやり合うつもりか? 蛮勇でしかない。」
「もちろん。偶然、カジノにでも来てばったり会った、とでも思ったか?」
エリオットに対して、ヒースクリフも負けずにニヤリと笑みを浮かべた。
「ならば相手をしてやる、愚か者よ。目覚めよ欲望のままに――――」」
エリオットが手をかざすと、彼を中心に何かが広がっていく。
靄が掛かったように視界が悪くなり、身体がどこか満ちていく感覚、見覚えのあるものだ。
「この感じって……魔物スポット!?」
「どうやら悪魔は自在に作り出せるみたいだな」
ヒースクリフは特に驚いた様子なく、頷いた。
悪魔について調べ上げていた彼なら知っていた、もしくは予想していたのかもしれない。
「目覚めよ、魔物達」
「うっ……」
直接頭に伝わるかのようにエリオットの声が響いてきて、リサは頭を押えた。
周りを見ると、他の客達が床に倒れている。
「う……ぁ……」
そして、今度は倒れた人が糸に操られたかのようにして、ゆっくり起き上がっていく。
まるで前世でみたゾンビ映画みたいだ。
一様に顔色が悪く、目には黒い炎が宿っていて、うめき声を上げながら、ゆっくり歩き出す。
「嘘……人が……」
揺れる黒い炎の瞳は、動物が魔物化した時の特徴だ。
「きゃぁぁぁ!」
運良く悪魔に操られることを免れた人々が、異変に気づいて悲鳴を上げる。
しかし、ほとんどの人間は床に倒れているか、魔物化したかだ。
「我にかかれば、造作もないことよ。人は欲まみれだからな、心に入り込むことなど容易い」
エリオットがククッと嫌な笑い声を上げる。
くいっと三本の指を動かすと、三人の男がこちらへ向かってくる。
口々に「金を……」「権力を……」「女……」と呟いていた。
「どうしよう、ヒースクリフ」
「…………」
向かってくる魔物化した人を、攻撃していいのかわからず、リサは動かなかった。
ヒースクリフに助けを求めるも、彼も良い案が浮かばないのか、エリオットを睨んだまま動かない。
「そこまでよっ!」
すると、後ろから聞き慣れた声と同時に、魔法がエリオット目掛けて飛んできた。
「「アンナマリー!」」
リサとヒースクリフが同時に驚きの声を上げる。
後ろを向くと、仮面を脱ぎ捨てるアンナマリーとステファン、それになぜかグンラムの姿があった。
「短気な奴もいるものだ。しかし、いいのかな?」
「何を余裕ぶって……」
エリオットの言葉に、アンナマリーが怪訝そうな声を上げた時、男の悲鳴が響く。
「ぎゃあああっ……!」
アンナマリーの放った火の矢と、ステファンが放った水の槍が、エリオットをすり抜け、宿主である支配人を襲ったのだ。
人を魔法で攻撃したことに、思わず二人とも顔を歪める。
「魔物を傷つけることには慣れているが、人は傷つけられまい。さあ、苦悩しろ」
エリオットの命令で、操られた人達がアンナマリー達を取り囲む。
「きゃっ! 止めなさい」
「正気に戻るんだっ」
魔法を唱えようとするも躊躇してしまい、二人ともじりじり追い詰められていく。
「アンナマリー! 逃げて!」
リサが悲痛な声を上げた時、アンナマリー達の前にグンラムが立ちはだかった。
「人間相手は、俺に任せろ」
グンラムは鞘に収まったままの剣で、魔物化した人に振りかぶる。
ドスッ、ドカッと鈍い音がして、再び客が床に倒れ込む。
正確無比な技で急所を突いて、気絶させたのだ。
その後も、操られている人達を次々排除していく。
「ぐぬぬぬ……何者だ、お前は!」
「俺か? 俺は騎士隊……いや、通りすがりのキャンピング・コッコだっ! いや、コックだったか? クッコロ?」
「……キャプテン<、、、、、>・クッコ<、、、>ね」
アンナマリーがぼそっとつっこむ。
格好はさておき、肉体派の彼は頼もしい存在だ。
事情は知らないけど、グンラムさんがアンナマリーについてきてくれてよかった。
あとはエリオットをなんとかすれば……。
悪魔に改めて対峙する。
「浄化の光<プリズムライト>」
手を掲げると、リサはエリオット目掛けて魔法を唱えた。
支配人を攻撃するわけにはいかないので、人間に影響のない、浄化魔法を選ぶ。
それに、この魔物スポットは、エリオットが作り出したのだから、彼自身が魔溜まりという可能性があるからだ。
「そんなものが我に効くか!」
しかし、光は彼の闇に飲まれてしまう。
「お返しだ、光の女よ」
エリオットに操られた支配人がこちらへ手を突き出す。
すると闇の炎が生まれ、真っ直ぐにリサへと向かってきた。
「危ない!」
ヒースクリフが左腕でリサの身体を抱き寄せ、同時に右腕を斜め上へと振った。
「影の刃<シャドウ・ブレイド>」
また魔法のような呟きが聞こえてくる。
すると、天井にあったシャンデリアが急にエリオットと二人の間に落下した。
ガラス破片が飛び散る中、闇の炎がシャンデリアに当り、激しく燃え上がる。
ヒースクリフはリサを抱きしめ、飛んでくる破片から守ってくれた。
「ありがとう……ございます、今のって……?」
「ナイフを投げたら偶然さ、ロープが限界だったんだろ」
今度は茶化しながら彼が微笑む。
やはり魔法を使っているような気がするのだけれど……今はそれどころじゃない。
「何度も邪魔を……許さん!」
エリオットが、もう一度あの闇の炎を二人に向かって放とうとする。
しかし、悪魔はなぜか動けない。
「似たようなことを俺ができないと思ったか?」
「なっ……いつの間にそこまで……」
エリオットが初めて驚きの表情を見せる。
どうやっているのかはわらないけれど、ヒースクリフが支配人の動きを封じているようだった。
今のエリオットは、宿主が動けないと、魔法を使うことができないらしい。
「リサ、もう一度。今度は支配人に浄化をかけるんだ」
「はい!」
ヒースクリフの言葉に従って、今度は支配人に向かって魔法を唱える。
「浄化の光<プリズムライト>!」
今度は闇に飲まれることなく支配人が光に包まれていく。
すると、周りの雰囲気が元に戻り、操られていた人達も全員解放されて、再び床に倒れた。
「馬鹿なっ! 人間ごときに我が!」
宿主を浄化されたエリオットは、逃げ場を失い、完全な姿を現した。
宙に漂っている悪魔をヒースクリフが指す。
「今だ、リサ、アンナマリー! ありったけ撃ちこめっ!」
彼が叫ぶなり、リサ達はエリオット目掛けて次々と魔法を放ち始めた。
「光雷<ライトニング>」
「火の矢<フレイムアロー>」
「水の槍<ウォーターランス>」
リサとアンナマリー、そしてステファンの雷と矢と槍が何度もエリオットを襲う。
手を緩めることなく、リサ達は魔法を詠唱し続けた。
「ぐぉぉぉぉぉ」
悪魔の悲痛な声が響く。それは魔法が効いている証拠だ。
「おおおおっ!」
最後にアンナマリーに魔法を掛けてもらったのだろう、火を纏った剣を構えたグンラムが気合の声を上げながらエリオットに向かっていく。
「はぁっ!」
高く跳躍すると、そのまま斜めに剣を振り下ろした。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
魔法を帯びた剣に切られたエリオットは真っ二つになる。
それはそのままズレて、元には戻らなかった。
形が保てないかのように震え、闇の色が薄くなっていく。
「あり……えん……人間ごとき……に……」
最後は灰のように粉々となり、周囲へと散った。
「倒した、よね? 悪魔を倒したんだよね?」
ヒースクリフを見ると、彼が頷いてくれる。
「すごいわ、リサ!」
「アンナマリーこそ、助けてくれてありがとう」
二人で抱き合って勝利を喜ぶ。
すると、薄暗かった室内がパッと明るくなる。
「倒したが、また飛び去ったか……さすがに悪魔、しぶとい。けど、もう擬態する力しか残っていないはずだ」
ヒースクリフが真剣な顔をしている。
彼としては、まだ安心できないのかもしれない。
「また現れたら力を合わせて倒せばいいだけ。今は一緒に勝利を喜ぼう」
彼の腕に明るく手を掛ける。
「そうだな……その時は頼むよ」
「まかせてください!」
ヒースクリフは微笑むと、リサの腰に腕を回して引き寄せてくる。
「お兄様!」
「アンナマリーはこっち」
兄の素行を注意しようとしたアンナマリーの手を取ると、逆側の腕に引き寄せる。
両手に花ならぬ、両手に悪役令嬢一家だ。
※※※
カジノを出ると、空には星々が輝いていた。
左右にアンナマリーとヒースクリフを連れたままで、リサはニヤニヤが止まらなかった。
「リサ、頬が緩みっぱなしで気持ち悪いことになっていますわよ?」
「すっごく嬉しいんだからいいの!」
アンナマリーから辛辣な言葉が飛んでくるも、彼女もどこか嬉しそうだ。
「本当にリサはいつも楽しそうだよな」
「二人に出会えて、皆に出会えたからですよ」
少し照れくさい言葉も、今なら勢いで言えてしまう。
だって……。
「俺もリサと出会えて、よかったよ」
「わたくしもリサとの出会いは……特別でしたわ」
もうこれ、なかったルート、絶対に作れてるよね。
しかも憧れ兄妹にモテモテ、ハーレム最強ルート!
「もっと、もーっと、幸せにしちゃうから、覚悟してて、アンナマリー、ヒースクリフ!」
「よろしくね」
「よ、よろしくおねがいしますわ……って、それどんな告白ですの!?」
この新しいルートには、きっとエンディングなんて存在しない。
終わりなんて、もう用意されてなんかいないのだから。
新しい道を切り開いて、どこまでもただ駆け抜けていけばいい!
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