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048_いざカジノへ

KADOKAWA フロースコミックで

コミカライズ連載中です!

(漫画:御守リツヒロ先生)

そちらもぜひお楽しみください!


気に入っていただけましたら

↓の☆☆☆☆☆から評価をしていただければ励みになります。

 リサ達がカジノに着いた頃、アンナマリーも兄達と入れ替わりでマダム・チェスカの高級ドレス店にいた。


「まったく、お兄様ったら舌の根も乾かぬうちにコソコソと……リサは巻き込むのに、わたくしには頼ってくれないなんて」


 天鵞絨のカーテンに区切られた場所で店主と助手に支度をされながら、ぶつぶつと文句を言う。


「殿方とは、そういうものでございます」

「そうなのかしら?」


 マダム・チェスカがアンナマリーにドレスを着せ終えると、次に髪をハーフアップにしていく。


「でも、詰めが甘いですよね。浮気するなら気づかれないようにしてほしいです」

「……実の兄よ」


 ドレスの細かいところを直しながら同調したお針子の言葉に、つっこむ。

 気づかないなら浮気を許容するっていう意見にも賛同できないし。


「わたくしは、アンナマリーお嬢様の産着から作っておりますからね。どんな貴族よりも王妃様よりも、お味方のつもりです」


 アンナマリーの髪を整えるマダム・チェスカの動きはリサの時よりも手慣れていて、あっという間に出来上がる。

 仕上げに胸元と耳に宝石をつけていく。


「完璧です……」

「いつもながら早いわね、助かるわ」


 マダム・チェスカが仕事を終えて、試着室を区切るカーテンを開ける。


「こんなものかしら?」


 お針子の手を借りて立ち上がると、鏡を見て自分の姿をチェックする。


 アンナマリーのために店主が選んだのは、ワインレッドよりも濃い赤いバーガンディーという色のドレスで、胸元は広めのV字に開いている。

 袖は腰の上の辺りから狭めに広がって、スカートと袖部分に薔薇の飾り模様が細かく入っている。


 暗めの色でシンプルなデザインながら、目立つアンナマリーの容姿だけが浮くようなこともなく、際立たせてくれているように思えた。


「良い仕事だわ。ありがとう、マダム・チェスカ」

「当然のことです」


 アンナマリーの言葉に店主が頭を下げる。

 彼女も満足の出来のようだ。


「あっ……」


 試着室の外に、連れを待たせていたことを思い出す。

 横を見ると二人の男性が立ち尽くしていた。


「なっ……」


 光沢のある燕尾服を着ているステファンが、アンナマリーの胸元辺りを見て固まっている。

 そこには元々それなりにあるボリュームが、さらに増してドレスから大きく露わになっていた。


「は、破廉恥<はれんち>なっ!」


 もう一人の男性、騎士隊長グンラムは一瞬アンナマリーのドレス姿を見ると、顔を赤らめて視線を逸らす。

 彼は燕尾服ではなく、鎧こそ着込んでいないものの、動きやすいシャツにズボン、それと腰には長剣を差している。


「何か……その……おかしいところがありますでしょうか?」


 露出の高いドレスなんてある程度着慣れているのに、今日ばかりはステファンの視線を感じて、照れてしまう。

 上目遣いに彼を見て、尋ねる。


「えっ……いや……その……」


 じっと胸元を見つめてしまっていたことにやっと気づいたステファンが、慌てて横を向く。


「カジノでの仮面舞踏会ですから、相応しいイブニングドレスでございます。襟ぐりはこれぐらいあいておりませんと、逆に悪目立ちしてしまいます」

「ほ、ほら、マダム・チェスカがこう言っているわ」


 堂々とポーズをつけて、二人に見せつける。

 これからカジノに行かなくてはいけないのだから、恥ずかしがっているわけにはいかない。


「美しいけど、不道徳すぎるよ……僕は今のアンナマリーを誰にも見せたくない」


 ステファンの独り占めしたい宣言に、恥ずかしさがまたこみ上げてくる。


「っ……そ、そうですの? でも、仮面をつけてしまえば、わたくしとはわかりませんわよ?」

「僕は絶対にわかる自信があるよ」


 即答するステファンの言葉に、もう頬が赤くなるのを止められなかった。

 ドレスアップでこれだと、わからないように化粧で白くしてもらったほうがいいかもしれない。


「ありがとうございます……」

「あっ、別にアンナマリーを僕がどうこうしたいわけではなくて……いや、したくないと言えば嘘になるけれど……で、ではなくて……」


 自分の言葉の意味に気づいて焦り、ステファンが色々と暴走発言をもらす。

 顔を一度見合わせると、自分も相手も真っ赤になっていることに気づいて、そのまま下を向いた。

 固まっているとマダム・チェスカがパンパンと手を叩く。


「さあさあ、遅刻してしまいますよ。それで、こちらの騎士隊長さんも同行するのですか?」


 彼女の言葉で、全員がグンラムを見る。

 さすがにこの格好でカジノに行けば、国の取り締まりかと思って、現場が大混乱することだろう。


「城を出る時に見つかって、ついてきてしまったんだ。貴方は外で待っていてくれないかな?」


 連れてきたステファンも、困った顔をしている。


「王子をお守りする。カジノに行くと言われて、聞かなかったことにはできん」


 強引に行こうとするステファンに、部下を護衛に頼む余裕もなく、騎士隊長自らがついてきたらしい。

 あとは、二人がこの無骨で忠誠心の高い騎士隊長に何を言おうが無駄だった。


「そうですわねぇ……顔は仮面で隠すとして、その剣を持ち込むのはちょっと」


 マダム・チェスカがグンラムの格好を見ながら思案している。


「観劇で、こんな帽子を被った、海賊がいませんでしたか?」

「それ観たわ、キャプテン・クッコ! 薔薇の剣を持っていたのよね。こーんな風に――――」

 お針子の一人が、大きな羽根つきの帽子を手にすると、もう一人が顔を輝かせた。


「ちょっとよろしいですか?」

「なっ、なにをする!」


 グンラムの剣に、お針子の一人が勝手に造花の薔薇の蔓を巻き付けていく。


「おいっ! 王より賜った剣に馬鹿馬鹿しい装飾をするな」

「こうしないと、持ち込めませんよ。近くで王子を守りたいんでしょ?」


 ドレス屋は女性の領域だ。

 いつもは部下に厳しい騎士隊長も今はたじたじで、お針子達に大きな羽根の帽子をかぶせられ、肩に派手なドクロ模様が入ったマントを着せられていく。


「キャプテン・クッコになった!」

「うん、うん。誰も本物の騎士様だと思わない」


 お針子達がキャッキャと騎士隊長を着飾って、満足げに頷き合った。

 衣装と相まって、顔の傷も化粧でつけたように見えるし、たしかに彼が騎士隊長だとは思わないだろう。


「本当に彼はあの格好で大丈夫なの?」

「他に方法がないのだから破廉恥でも、馬鹿馬鹿しくても仕方がないでしょう」


 ステファンの耳打ちに、アンナマリーは開き直ってそう答えた。




※※※




 リサ達と同じように、誰からも見られないように店の裏口から馬車に乗り込む。


「いつも感謝しているわ、マダム・チェスカ」


 窓から顔を出すと、見送りに来てくれた店主にお礼を言う。


「招待状代わりの合言葉は、覚えていますか?」


 首を横に振ると、マダム・チェスカが尋ねてきた。


 カジノに入る方法を、彼女が教えてくれたのだ。きっと仮面舞踏会の客の会話から、小耳に挟んでいたのだろう。

 リサ達の行き先を知ったのも当日で、何も下調べをしていなかったので助かった。

 彼女に教えてもらわなければ門前払いになっていたかもしれない。


「大丈夫ですわ。“今宵の月は――――”と尋ねられたら……」




※※※




「“饗宴の闇”」


 カジノの入り口で、客と同じ仮面をつけているドアマンに向かって、リサとヒースクリフはそう答えた。

 入るための合い言葉で、彼が事前に調べたものだ。


「ようこそ」


 間違っていたらと少しだけ不安だったけれど、一呼吸置いてからドアマンが恭しく礼をすると、扉を開けてくれる。


「わっ……」


 外は暗く、明かりも最小限だったけれど、中は別世界だ。

 巨大なシャンデリアが幾つもギラギラと輝いていて、眩しい。

 フロアは王宮の大広間にも匹敵しそうな広さで、多くの黒いテーブルと、仮面がひしめいていた。


 壁際の床には血のような真っ赤な絨毯が敷き詰められているけれど、中央だけが大理石の床が露出している。

 どうやら中心でダンスを、その周りでゲームをするらしい。


 開店から少し遅れてきただけなのに、すでにカジノは多くの人で賑わっていた。

 身体を寄せ合って踊る男女、賭け事に興じている者、二階から酒を飲みながら下を眺める者、それら客にはべる女性達、飲み物を運ぶボーイ、音楽を奏でる楽団までいる。


 それらに共通なのは仮面を被っていることだった。

 もちろん、リサとヒースクリフも例外ではない。

 異質感と遠慮のない派手さと、そして欲望が渦巻く雰囲気に思わず圧倒されてしまう。


「さて、怪しまれないように一曲踊るか」


 ヒースクリフはフロアの様子にも圧倒されることなく、リサの手を引く。

 中央に進むと、ぐっと腰を引き寄せられ、身体を揺らし始める。

 ち、近い……これだと抱き合っているみたいだし……。


「いいのですか? 人前で……」

「誰も気にしない。仮面をつけたら皆知らない他人さ」


 周りを見ると、たしかに誰も二人を見ていないし、同じように抱き合うみたいに踊っている。


「これ……簡単だけど、踊りじゃなくない?」


 しているのは、身体を寄せ合って、ただ揺れるだけだ。

 リサのつぶやきにヒースクリフが妖しく微笑む。


「貴族の澄ましたダンスより、わかりやすいけれどね。こうやって、値踏みしながら今夜限りのお楽しみの相手を決めるんだ」


 ヒースクリフに視線を誘導されてフロアの奥のほうを見る。

 そこは二階へと続いており、ぴったりとくっついた男女が上へと姿を消していく。

 しかも一組だけでなく、次々とだ。


「……!」


 耳まで真っ赤になって、慌てて視線を戻す。


「ふふっ、リサには刺激が強かった?」

「ひゃうっ!」


 ヒースクリフが囁きながら耳を甘噛みする。

 思わずリサは身体をびくっと振るわせた。


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