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045_学園生活を謳歌しています

 空には空砲が鳴り、華やかに飾りつけられた学園の門がこの日だけは開放されている。

 魔法祭当日、学園は多くの家族連れの父母や来賓で賑わっていた。


「ようこそおいでくださいました、お嬢様」


 男性陣がビシッと着込んだ執事姿で恭しく挨拶をすると、歓声を上げて卒倒したり、頬を染めたりする女性客が続出である。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 一方、メイド服に着替えた女性陣が微笑むと、男性客が皆、心臓を押えて動きを止める。

 リサ考案の”魔法のメイド&執事喫茶”にも朝から大盛況だった。


 庭には入りきれなかった客が外側をぐるりと取り囲む、人垣が出てしまっている。

 だからサービスタイムとして、数十分ごとに全員で挨拶をするパフォーマンスを急遽取り入れることにした。


「そういえば、リサ」

「んっ? 何?」


 挨拶の後で、アンナマリーが袖を引っ張り、そっと耳打ちしてくる。


「なぜ、接客でも相手の名前を絶対に呼ばないのかしら? 殿方なら誰でもご主人様というのは……」

「そこは譲れません!」


 喰い気味に否定する。

 本格派のアンナマリーとしては、誰彼かまわず主人と仰ぐよりもきちんと名前で呼んだほうが誠意が伝わると思っているのだろう。


 けれど、リサがアンナマリーに言わせたいベストスリーに入る言葉なので、このままにしたい。

 実際、凜としたアンナマリーに主と呼ばれて、イケナイ妄想をした人は後を絶たないはずだ。


「私もだけど……ふふ、ふふふ……」

「リサ、悪い顔になっているわよ」

「失礼しましたー」


 アンナマリーに指摘されて、パッと営業スマイルに戻す。

 使用人の所作をここ二週間、彼女に散々たたき込まれたので、素早く笑顔を作るなんて朝飯前だ。


「さあ、紅茶を淹れましょう」


 お客が入れ替わって、全員席についたのを見計らい、リサが合図の声を上げた。

 ヴィニシスとステファンは頷くと、彼らがタイミングを合わせて魔法を詠唱し始める。


「水操作<ウォーター>」


 用意したポットに魔法で水が溜まっていく。

 これは水の初期魔法で、周囲から水分を集めて水を作り出すことができるものだ。


 ただし、魔法で作った水は空気中の水分を集めているので、蒸留水と同じくいわゆる純水で不純物のほぼない中性になる。

 茶葉はこの純水に合うものをアンナマリーと何度も試飲して、特別に用意してもらった。


「お湯の温度は、魔法で適温を保って」


 リサの続く掛け声に、今度はアンナマリーとキアランが頷く。


「蒸発<ヒート>」


 火の中位魔法で、物体の温度を上げる魔法だ。

 今回はこれをポットに使って、作り出した水をお湯に替えてもらう。


 いつもは火力全振りの二人なので、初めは温度調節に手間取っていたけれど、今では完璧だ。

 完璧主義のアンナマリーに引っ張られて、キアランも上手くできている。


「お菓子をテーブルへ」


 ローズとセオが頷くと、対象を浮かせて動かす風魔法を唱える。


「浮遊<フライ>」


 三段のアフタヌーンティセットが各テーブルまで運ばれていく。

 用意が整ったのを確認すると、それぞれの受け持ちの席へとリサも含めてティーワゴンを押していく。


「失礼いたします」


 無駄な言葉は慎んで、紅茶をカップに注ぐとテーブルにすっと自然な動作で置く。

 良い香りがふわっと辺りに広がった。


「ご主人様、どうぞ」


 促すと、客達が紅茶に口をつけて、美味しいと感想をもらした。

 主人を促すなんて、実際の使用人はしないのだけれど、言わないと飲むタイミングがわからなくなりそうだったので、アンナマリーの許可をとって言うことにした。


「デイジー、カルツ」


 リサは小声で二人に合図を送る。

 二人には、さらに空間演出をお願いしてあった。

 普通のお茶会と違ってここは目的があって来ているわけではないので、飽きさせない工夫が必要だと思ったからだ。


「土付き人形<ビスクドール>」


 まずはデイジーの魔法で、会場中央にドレス姿の女性の土人形が現れる。


「泥人形<クレイマン>」


 今度は、似たような魔法をカルツが唱えた。

 小さな妖精の形をした泥人形が数体現れて、先ほどのデイジーの作った土人形の周りに集まっていく。


 仕上げは私の――――。


「成長<グロウ>」


 人形の表面から一斉に花が咲き乱れる。

 二人の作った人形に、種を仕込んでおいて、それを光の魔法で急成長させたのだ。

 人形達がその場を周って、ゆっくりとダンスを始める。


「お嬢さま、ご主人様、ごゆっくりどうぞ」


 最後に、使用人に扮したリサ達が合わせて口にした。

 魔法を使った華やかな演出に、客から歓声と拍手が上がった。


 後は客の入れ替えまで紅茶のお代わりを注いだり、席を片付けたりするぐらいしかリサ達のすることはない。

 すると、このタイミングで様子を見ていた知り合い達が声を掛け始めた。


「腕を上げたじゃないか、カルツ。これだけの数を自由に動かせるとなれば、活躍できる場面は多いはずだ」


 カルツの担当のテーブルでは、兄のグンラムが騎士達を連れてきていた。

 まじまじと泥人形を見て、感心している。


「兄さん、恥ずかしいからやめてくれ。おれなんてまだまだだ」


 そんな様子をデイジーがじーっと見つめて呟く。


「ほんとに騎士隊長の弟だったんだ……すごい……」

「デイジー殿、だったか? 君の精巧な人形も素晴らしいな。一瞬敵を惑わすのに使えそうだ」


 彼女の視線に気づいたグンラムがデイジーに話しかける。


「そ、そうですか? ありがとうございます」


 何事も敵を想定した言葉に、デイジーが若干引き気味に挨拶を返す。

 一方、アンナマリーの担当テーブルはというと、どこか見覚えのある二人の初老の男性が話しかけていた。


「圧が強いメイドかと思ったら、アンナマリーさんではないですか」

「失礼いたしました、学園長。では、わたくしはお邪魔にならないよう離れておりますので何かあればテーブルのベルでお呼びください」


 何だか見覚えのある人だと思ったけれど、男性の一人は入学交流舞踏会<プロムナード>でリサを誇らしげに紹介していたオルトン学園長だった。

 さらりとした嫌味にも表情を変えずに返したところは、さすがアンナマリーだ。


「そう言わずに少し話をしてくれまいか?」

「貴方がそう言われるのでしたら……」


 もう一人の男性が、優しそうに微笑んでアンナマリーを引き留める。

 彼女の知り合いだろうか。

 物腰や態度からみて、とても地位が高い人のようだ。


「さすが息子の婚約者殿、何をしていても模範的であるな。ステファンとは仲良くやっているか?」


 どうやら優しそうな男性はオルディーヌの国王、ステファンの父親らしい。


「は、はい」


 今度はアンナマリーもポーカーフェイスでいられず、頬を赤く染めて頷く。

 そこへ慌てて執事姿のステファンが割り込んできた。


「父上……いや、王! アンナマリーをからかうのはやめてください」

「ははは、本当に仲が良いようだな。よきかな、よきかな」


 ステファンとアンナマリーが一度目を合わせて、今度は二人して顔を赤らめる。

 格好が格好なので、まるで主人に認められた使用人カップルみたいだ。


 なんて微笑ましい様子なのだろう。

 この様子が見られただけでも、メイド&執事喫茶をやってよかったと思える。


 私、グッジョブ!


「リサさん、休憩の時間です」


 回り回って自分を褒めていると、ローズがいきなり耳打ちしてきた。


「えっ? でも私の休憩はまだ先だったような……」


 考案者のリサとプロデュースしたアンナマリーはお店が落ち着くまではいたほうがいいと思い、休憩時間を最後にしてある。


「お迎えよ」


 デイジーが誘導した視線の先には――――。


「やあ、放蕩貴族がメイドを誘惑しに来たよ」


 片手を上げて挨拶をする、私服姿のヒースクリフがいた。

 黒いシャツの上から、金色の刺繍の入った濃紺のベストを羽織ったラフな格好で、今日も妖しい色気が漂っている。


「あ、ありがとうございます」


 すでに胸が鳴ってうるさい。

 ローズとデイジーに目で感謝の意図を伝えると、ヒースクリフの元に駆け寄る。


「喫茶はどうだった?」

「おかげで大盛況です!」

「よかったね、手伝ったかいがあった」


 ふふっと微笑するヒースクリフに、やられてしまう。

 こんな学園生活を送れるなんて、夢にも思わなかった。


「歩きながら話す? それとも少し休むかい?」

「せっかくだし、他の出し物を見て回りたいです!」


 学園祭を好きな男性と歩くなんて、夢のまた夢だ。


 淡い期待だったのに――――。

 選択肢にない出し物にしたら、攻略対象との魔法祭デートのはずが、ヒースクリフが迎えにきてくれました。


9/14よりKADOKAWA フロースコミックで

コミカライズ連載がスタートしました!

(漫画:御守リツヒロ先生)

そちらもぜひお楽しみください!


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