カルロス隊長! 今、戻りましたぁ!
義男は、先ほどケテレツからそう告げられていた。
「で、それを実行すれば、アルダイン様は俺をナンバー2――騎士にしてくれるのか⁉」
食い入るようにケテレツをにらむ義男。その圧に、ケテレツは頭をかきながら渋い顔をする。
確かにアルダインからは“実験体を第六駐屯地に送り込め”とは命じられている。
だが――「騎士にしてやる」などとは一言も言っていない。
――というか、俺、そんな願いをアルダイン様に頼んでねぇしwww
下手にそんな要求をすれば、逆に機嫌を損ねられて自分の首が飛びかねない。
――そんなアホな真似、できるかボケ!
しかし今の義男の顔を見る限り、ここで「騎士にはなれない」と言った瞬間、この実験室に永住する気満々なのは火を見るより明らかだった。
――それはそれで、うっとおしい……。
なにより、義男がいると室内の空気が“臭う”。
男臭? 加齢臭? いや、そんな上品な類ではない。
シュールストレミングとクレオソートの殺人合体臭が鼻を突くのだ。
世界のどこかにはこの臭気を好む者もいるだろうが、ケテレツには到底無理だった。
――何とかして追い出さないと……。
――だが、「帰れ」と言って帰るタイプじゃねぇんだよな……。
ならば――。
「お、おお! 確かにアルダイン様は、そのようにおっしゃられていたぞ!
第六の魔装騎兵たちを一掃すれば……騎士にしてやる、となッ!www」
完全なる口から出まかせだった。
そもそも実験体一匹で第六の騎士を全滅などできるはずがない。
――そんなことしたら、カルロスがすっとんで来て尋問コースだろ……。
しかし、ケテレツの脳裏に一つの“可能性”がよぎる。
――ん? あれ? こいつ……カルロスの前で「アルダイン様に言われました!」とか口走るんじゃね?
そうなれば、第六と第一の内戦勃発コース。
最悪、アルダインが失脚し、政権はひっくり返る。
……だが、ケテレツの妄想はなぜかそこから斜め上に加速した。
――いや……待て待てwww
もしアルダイン様が失脚したら……あの秘書のネルはどうなる?
主を失った秘書は、すなわちフリー。
すなわちこれ無職なり!
食うにも困り、道端で途方に暮れるネル――。
そこへ、颯爽とダンディ・ケテレツ、登場!
「ネルさん……よかったら、俺の所で……秘書をしないか?(´-ω-`)」
「本当ですか(´▽`) 助かりますわ……。
これでいつもケテレツ様とご一緒……♥
きゃっ、言っちゃった(*ノωノ)」
――そんな展開になるんじゃね?
いいではないかwww いいではないかwww
もはや妄想は完全に暴走していた。
「行ってこい、実験体!
第六の門の駐屯地へ!
そして――俺とお前の輝かしい未来のために!」
汚れた天井を指さすケテレツの顔は、思いっきりデレッとゆるみきっていた。
……まあ、そんな裏事情などつゆ知らず。
義男はその言葉を一片の疑いもなく信じ、ただただ必死に第六駐屯地での“任務”をこなしてきたのである。
そして、そんな義男の目の前で――ガメル襲来により、第六の魔装騎兵たちは次々と倒れていった。
そんな中、死にかけのコアラのマーチを串刺しにしたあの瞬間、義男が抱いた感情はただ一つ。
――これで自分もナンバー2に!
そう思うのも無理はない。
その顔は、ケテレツ同様にデレッと緩んでいた。
……で、その顔をヒロミに見られたような気がするのだ。
――ヤバい!
心の奥底に隠していた“ナンバー2へのあこがれ”を見透かされた気がして、義男の全身を焦りが走った。
――だが、今はそんなことを考えている場合ではない……。
コアラのマーチが――息を吹き返したのだ。
もしかすると、タコ邪二郎との会話を聞かれていた可能性すらある。
――いや、奴が生きていればアルダイン様との約束が果たせなくなる……。
むしろ今こそが好機。
息を吹き返したとはいえ、コアラのマーチが“死に体”なのは間違いない。
ここで死んでも、「その後、容態が悪化した」と誰もが考えるに違いなかった。
――ならば、今すべきことは……ヒロミよりもコアラのマーチ!
そう腹を括った“オニヒトデのよっちゃん”こと義男は、スッと立ち上がると、争いの爪痕が残る第六駐屯地へ向けて一目散に走り出した。
駐屯地は地獄だった。
城壁の一部はVの字に崩れ落ち、内部をさらしている。
その切れ目の谷底には巨大ガンタルトの骸が横たわっていた。
その骸を乗り越え、義男は駐屯地の内部へ戻る。
内側はさらに“地獄をすり潰してぶちまけた”ような有様だった。
咄嗟に鼻をつく血の臭い――鉄と胃液と糞尿が混じった、むせ返る悪臭。
それが魔物のものか人のものかは分からない。
あたり一面には血肉が飛び散り、肉片が樹脂のように地面へ貼り付いている。
広場の中央には、黒い道のような焦げ跡が煙を立ててくすぶり、焦げた肉の臭いが喉を焼いた。
――さすがにひどいな……
周囲では足を失った兵士、腕を失った兵士がうめき声をあげていた。
いや、うめき声をあげられるだけ彼らはまだ幸せである。
すでに下半身を失い内臓をこぼす者は、涙こそ流せど声は出ない。
腹からこぼれた腸は地面へ滑り落ち、指一本動かぬまま天を仰いでいた。
――こいつ……もう死んどるわ!
そんな状況の中、救護班が悲鳴のような声で駆け回る。
人手が足りないのか、駐屯地の内勤の女たちまで駆り出されて手当てをしていた。
ガメル撤退から時間が経ったせいなのか、広場の脇には救護テントが建てられている。
そのテントの前で、戦の傷がいまだ赤黒く残るカルロスが号令をかけていた。
血に濡れた軍服、焦げ跡のついた肩当て――それでも背筋は一本の槍のように真っすぐだ。
「息があるものは全て手当しろ! また、人魔チェックで陽性のものは、奴隷兵であろうが全て、人魔治療を行う! これはエメラルダ様のご命令だ! 速やかに行動に移せ!」
その声は怒号でありながら、不思議と兵士たちの動揺を吸い取っていく“芯の太さ”を持っていた。
荒れ果てた戦場でなお、誰もがその背を“拠り所”としてしまうほどの威圧感と安定感がある。
兵士たちは、一瞬たりとも動きを止めない。
――チッ……出たよ、戦場の王様ぶり。声デカいし、妙にカッコつくしよ……ムカつくんだよ!!
――だが、いまは下手に逆らえねぇ……ここで噛みついたら俺が殺されるわ……。
――だから俺は……ニッコニコでご機嫌とってやるんだよ、クソが。
義男はわざと顔をクシャッとほころばせ、手をこねこねと動かしながらカルロスの前へ進み出た。
「カルロス隊長! 今、戻りましたぁ!」
カルロスは義男の顔を見ると、少しだけ表情を緩めた。
「義雄か。ご苦労……仲間たちのことは聞いている。気を落とすな。お前のせいじゃない……」
その声は怒号とは違い、静かで深い。
傷だらけの男が、他人の痛みすら背負おうとしている――そんな気配があった。
――うっわ……“優しい隊長”モードかよ。こういうの女にウケんだよなァ……。
――でも、はいはい、そうですね~って顔しときゃいいのよw 強い者には逆らうなwwwこれ、鉄則!
「大丈夫です……カルロス守備隊長……コアラのマーチも息を吹き返しましたし」
「そうか。コアラは息を吹き返したか……よかったな……」
「で、そのコアラのマーチは今どこに?」
「重傷者はあのテントの中で治療を行っている。おそらく、あの中のいずれかにいるはずだ」
「そうですか、ちょっと見舞いに行ってきます」
「今は治療中だ! 邪魔をするなよ!」
「大丈夫です! 側にいてやるだけです。目を覚ました時、誰かがいた方が安心するでしょうwww」
その“安っぽい笑顔”に、カルロスは何かを感じたのか、ほんの僅かに眉を寄せ……それでも言った。
「義雄……お前、立派な小隊長になったな……」
その言葉を背中で聞き流しながら、義男の足は救護テントへと早まった。
――よし……コアラのマーチ、探してぶっ殺す……いや、トドメ刺す……
――どこだ……コアラのマーチは……




