ゴリラマッチョ義男君
あの時、第六駐屯地の激しい戦闘の直後――
草原には、エメラルダが放った《星河一天》の光の矢が墓標のように無数に突き立っていた。
そのきらめく矢の間をかき分けるように、救護班がオニヒトデ隊長とコアラの魔装騎兵のもとへ駆け寄る。
「大丈夫ですか、オニヒトデ隊長! 早く手当てを!」
だが、オニヒトデは動かない。
コアラの魔装騎兵を抱きしめたまま、肩を小刻みに震わせていた。
その腕の中で、マーチの身体は力なく垂れ下がっている。
嗚咽混じりに、オニヒトデ――ヨッちゃんが絞り出す。
「俺のことは後でいい……まずはマーチを……コアラのマーチを手当てしてくれ……」
救護班はその言葉にうなずき、ヨッちゃんの腕からマーチをそっと引き離すと、地面に寝かせた。
その身体は無残だった。
顎は砕け、臀部も裂け、腹部と背中にはいくつもの貫通痕。
どうやら体内はすでに猛毒に侵され、手の施しようがない。
誰が見ても、もう息はないと思われた。
だが念のため、救護班のひとりがマーチの口元に耳を寄せる。
――そのときだった。
「……げほっ」
気管に詰まっていた血塊が吹き出し、マーチの瞼がわずかに動いた。
「おい! まだ息があるぞ!」
「急げ! 駐屯地の救護室へ運べ!」
「もしかしたら……助かるかもしれん!」
掛け声とともに担架が用意され、マーチは救護班の全力で駐屯地へと運ばれていった。
だが、その光景を見たオニヒトデ隊長・ヨッちゃんの顔に、わずかな焦りが浮かんだ。
――なんだと……コアラのマーチの奴、生きていた?
まるで信じられないと言わんばかりの表情だった。
――奴の体は完全に死んでいたはず。
大型の魔人タコ邪二郎を倒すため、俺はマーチの体に自分の棘を突き刺し、毒を仕込んだ。
いわば、コアラの体を餌にしてタコ邪二郎を討ったようなものだ。
一見すれば仕方のない、苦肉の策――。
だが、あの瞬間を、ヒロミに見られたような気がする。
――あの時の俺は、どんな顔をしていた?
自分の頬をそっと撫でるヨッちゃん。
――もしかしたら、俺は……嬉々としてマーチを突き刺していたのかもしれない。
次々と倒れていく魔装騎兵の仲間たち。
その中で、思わずもアルダインとの約束が現実になっていくのを感じていた。
というのも、第六の魔装騎兵を一掃すれば、アルダインが自分を第六の騎士に推薦してくれる――そう言ってくれたのだ。
――俺が騎士に……王に次ぐ身分に……ナンバー2に。
当初、義雄は「根アン♥出るタール神」のナンバーサーティワン。
黒服のゴリラマッチョ義男君は、ナンバーワンになるために日々努力を惜しまなかった。
サービス精神にあふれる彼は、客に頼まれれば何でもした。
おしぼりを持ってこいと言われれば――進んでおしゃぶりを持ってきた。
場を盛り上げろと言われれば――進んでスッポンポンになった。
そんな努力家である孔門(※孔子の門下生のことだよwww)は、
「一ヶ月・三十一日間、毎日違ったフレーバーの香りをお客様に楽しんでいただきたい」
という一心から、日々洗うことなく――
汗と唾液と、なんかよくわからない液体によって鍛え上げ続けられていたのであった。
だが、そんなゴリラマッチョ義男君は――死んだ。
「根アン♥出るタール神」の裏路地。
湿った空気の中、広がる赤い血だまりが、つい先ほどまでこの大柄の筋肉マッチョが生きていたことを静かに物語っていた。
だがしかし――彼のビックリマンチ●コがあった場所には、まるで鋭利な刃物でえぐり取られたような穴がぽっかりと開いていた。
そして、もう……その体はピクリとも動かない。
奇妙なのは、その姿勢だった。
仰向けにぶっ倒れた股間の上には、葬式で亡き人の顔にかけるような白い布――いや、紙が、一枚。
そこからにじみ出た血が、紙全体をじわじわと真っ赤に染め上げていた。
そして、その紙には――
「ゴリラマッチョ義男君! メスゴリラ義男君にジョブチェンジwww」
「しぼりたてチ●コクリーム入荷しましたwww」
「一名様限定! 串刺しバナナチ●コもございますwww」
「みんなこの穴を使ってねwww」
まるで寄せ書きのような文字が、血ににじみながら書きつらねられていた。
騒然とする路地裏。
その中で、担架に乗せられたゴリラマッチョ義男君の遺体が運ばれていく。
それにすがりつく中年の女が、半狂乱で泣き叫んだ。
「ヨシオ! ヨシオ! どうして! ヨシオが死ななきゃいけないのよ! ヨシオが何をしたっていうのよ!」
守備兵たちは、その女の体を押しのける。
「離れろ! こいつには人魔症の疑いがある!」
だが、女はなおも必死に追いすがる。
「ヨシオ! ヨシオを返してよ! 私のヨシオを返してよ!」
女の体が突き飛ばされ、地面に尻もちをついた。
「やかましい! この死体は人魔収容所に運ぶことになっている!」
――人魔収容所。
そこは、人魔症にかかった者たちが隔離される場所。
そして、そこから生きて戻った者はいない。
それを知ってか、女は守備兵の足にしがみつき、懇願する。
「お願いだから! ヨシオを返して! お願い! ヨシオを!」
だが、守備兵たちはそんな女を足で蹴とばしながら、淡々と義男君の遺体を運び去っていった。




