エピローグ ~ ゾッとするほどクソみたいなこの世界で、唯一、咲いてくれた一輪のつぼみ
ビン子たちの会話が続く暗い路地を、頭上の窓から一人の男が覗いていた。
上半身裸の男は、窓枠に膝を立てて腰を掛けている。
昼間だというのに、手すりにかけた腕にはおちょこが握られていた。
路地先の光の中で、タカトが群衆のヤジを浴びながら、腰を振って踊っている。
男の口元が、ふと緩んだ。
暗い部屋の奥から、白い素足が静かに歩み寄ってくる。
タオル一枚の女――メルアだった。
乱れた髪をかき上げながら、男の背に声をかける。
「ヨーク。なんだか嬉しそうじゃないか」
ヨークは笑いながら肩をすくめた。
「いやいや、あいつら、毎度くだらないことばかりしてるなと思ってな」
メルアは胸元を押さえながら窓の外を覗く。
その表情が、見る間に緩んだ。
「あら、あの変態少年じゃないかい」
「メルア? 知ってるのか?」
「福引の手伝いしてた時に、あの子から白玉もらってさ」
「……白玉? まさか、メルア……」
「違うよ! ガラポンの白玉!www」
「な、なんだ……」
「やきもち? ふふふ……でもね、その白玉のおかげで『6名同室! 医療の国ボインのお宿 ビジョビジョ大宴会ツアー』のチケットが当たったんだよ」
「6名なのにペアってwww」
「細かいこと気にするんじゃないよ!」
そう言って、メルアは顔を赤らめ、うつむく。
「だからさ……今度のヨークの誕生日に……どうかな……って……」
だがヨークは大笑いした。
「わはははは! 見ろよ、メルア! あいつwww 性格ひねくれすぎだろwww」
誘いを無視されたメルアの眉がぴくりと動く。
唇をかみ、胸の奥に小さな棘のような痛みが走った。
それでも、彼女は笑ったままヨークの首に両手を回す。
タオルがはらりと床へ落ちる。
そして、囁く。
「まるでアンタみたいだね……」
「おいおい、俺はあいつみたいにひねくれてないと思うけどな」
ヨークが振り向く。
そこにあるのは、ほんのわずかに揺らぐ女の瞳。
酒と香のまじった匂いが、ふたりの距離を溶かしていく。
メルアの瞳が光を反射し、おちょこがヨークの手から滑り落ちた。
砕けた音が、もう誰もいない路地に響く。
けれど、ふたりには届かない。
「そう思っているのは……アンタだけだよ」
メルアは目を閉じ、心の中でそっと呟いた。
――アンタは気づいていないだろうけど……アタイの希望なんだよ。
ゾッとするほどクソみたいなこの世界で、唯一、咲いてくれた一輪のつぼみ……ヨーク……ありがとう……。
彼女は微笑み、唇を重ねた。
ヨークはその髪を優しく撫でる。
メルアは求めるように抱きしめ返す。
階下の暗い路地では、二羽のウサギが軽やかに跳ねていった。
明るい通りでは、パンツ一丁の男が荷馬車に積み込まれている。
「タカト! くだらないことしてないで帰るわよ!」
そして、薄暗い部屋の中――
メルアはヨークの腕に身を委ね、もう一度、その胸の奥へと戻っていった。
一部四章 完 186,162文字
~~~注意~~~~~~~~~~~
次の章は、残酷かつ、とても胸糞悪い展開になります。がんばって自主規制はかけておりますが、それでも、文章的にいやな表現が残っております。苦手な方は、飛ばして下さい。読まなくても次の章の内容が分かるように、ソフトな解説として、別小説『蘭華蘭菊のおしゃべりコーナー(仮)』を用意しました。こちらを読んだ上で6章に進んでください。お願いいたします。




