希望の光へと――小さなウサギが二羽、軽やかに跳ねていく
だが、そんな観衆の中で――たった一人だけ、タカトを違う目で見ている男がいた。
その名は寅次郎。通称、フーぞくテンの寅さん。
風俗界の伝説の男! いや、ただの酒癖最悪のオッサンとして有名な人物である。
ダボシャツに腹巻、つまみ帽。
首からはなぜか見たこともないお守りがぶら下がっている。
見た目は……うん、正直ダサい。
だが、かつては――スラリとした“いい女”だったのだ。
まぁ、俗に言うオカマってやつである。
とはいえ、そのスカウトの才覚は天才的。
一時は非合法の地下闘技場のオーナーとして名を轟かせていた。
彼(?)がスカウトした奴隷たちは連戦連勝!
中でも一人の男は、闘技場で稼いだ金で奴隷の身分から脱出したほどだった。
その名も、ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフ!
……あれ? どこかで聞いたような名前だな。
そう、そのこの男こそ! 後のピンクのオッサン!その人である。
つまり、あのピンクのオッサンは“闘技場出身”だったのだ!
しかし、その地下闘技場も、ある日第八の騎士セレスティーノによって潰され終焉を迎える。
この辺のいきさつは――まぁ、短編で!(宣伝乙)
職を失った寅次郎は、風俗業界を転々とする。
最初は自ら“オカマ枠”で店に立っていたのだが、無理がたたって腰――いや、お尻を痛めた。
いまではパンツにミソがつく生活。
ゆえに日々、替えのパンツを買いにケイシーのコンビニへと走っている。
だが、そんなことはどうでもいい。問題はそこじゃない。
その後、寅次郎はスカウトマンへ転身。
彼が連れてくる女の子はどれも客受け抜群だった。
顔がイマイチでも、寅次郎の鬼の特訓で“売れる女”へと鍛え上げられていくのだ。
「なんでダブルなんだい! トリプルルッツルツルはこうやるんだよ!」
酒を飲みながら吠える寅次郎は、まさにトラ。
「そんなのじゃお登勢に勝てないよ!」
ガルルルルル!!
……と、再起不能になるまでしごき上げるものだから、
いつしかスカウト依頼も激減。
結局、今ではただの酒場のトラになっていた。
だが――そんな寅次郎が、久しぶりに目を輝かせていたのだ。
――あの兄ちゃん、きっと大物になる!
堂々としたパンツ一丁の姿にスターのオーラを感じた!
……って、風俗街のスターかい‼
アイドルとちゃうんかい‼
*******
一方そのころ――。
タカトのカバンを握りしめた二匹のウサギ、もとい蘭華と蘭菊は、土ぼこりをあげながら薄暗い路地へと駆け込んでいた。
日の当たらぬ裏路地で膝に手をつき、肩で息をする。
はぁ、はぁ、はぁ……。
額ににじんだ汗がぽたぽたと地面に落ちる。
その表情には、ほっとしたような、それでいて切ない安堵の色が浮かんでいた。
「これで来月も……お母さん、病院にいられる……」
蘭華は、タカトから巻き上げた金を見つめながらつぶやいた。
そう、二人の母親は――ブラックで名高いツョッカー病院に入院しているのだ。
金の切れ目が、命の切れ目。
入院費を払えなければ、たとえ瀕死でも追い出すのがツョッカーのやり方だった。
ヨメルの毒に侵され、寝たきりとなった母親。
病院から放り出された瞬間、命の保証はない。
そんなことは、幼い蘭華と蘭菊にも痛いほど分かっていた。
だが――ツョッカー病院の治療費は法外に高い。
コンビニのバイト代など、焼け石に水だった。
息を整えながら、蘭菊がふと口を開く。
「蘭華ちゃん……あのお兄ちゃん、ダンス上手になってたね」
その言葉に、蘭華はピクリと反応し、顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「あ、あれはダンスなんかやない! ただのラジオ体操や!」
その強がる声に、蘭菊は小さく笑った。
そして、さっきまで二人が歌い踊っていた、あのまぶしい路地先を振り返る。
「でも……この前のときより、ずっと上手だったよ。あのお兄ちゃん」
「ふん! まだまだやな!」
蘭華は言葉を切るように、ツインテールの金髪を指でかき上げた。
跳ねた髪先から、汗が光をまとって飛び散る。
その一瞬だけ――
夕陽に照らされた彼女は、まるで本物のアイドルのように輝いていた。
蘭菊は手にしたカバンを、興味深そうに開けた。
「何が入ってるんだろうね」
「ま、お金は手に入ったし、後は売っちゃえばええとちゃうwww」
蘭華が笑いながら覗き込む。
中には――極め匠シリーズの工具が五種類、巨乳アイドル・アイナちゃんの手拭い、そして青く光る液体の入った小瓶がひとつ。
「なんや、たいしたもん入ってへんな」
蘭華がつぶやく。
蘭菊は、もう一度確かめるようにカバンを振った。
ぽろぽろと、パン屑が落ちるだけ。
蘭華は光る小瓶を手に取り、陽に透かしてのぞき込んだ。
「これ、売ったらちょっとはお金になるかもな」
「うん、きれいだしね。きっと買う人いるよ」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
──その時。
「その小瓶は、売っちゃダメよ」
頭上から、澄んだ声。
見上げると、荷馬車の上に腰かけるビン子がいた。
「い、いつの間に!?」
驚いた二人は、とっさに後ずさる。
そんな二人を見下ろしながら、ビン子は小さくため息をついた。
――いやいや、私が来たのではなく、君たちの方からやって来たのだよ……
そう、実はビン子の止めた荷馬車の前に蘭華と蘭菊が走り込んできたのである。
もっとも、それを計算してこの路地裏で待っていたのは――他でもない、ビン子なのだが。
「その様子だと、タカトはぼろ負けね。……安心して、お金を返せとは言わないから」
蘭菊は胸をなでおろしたが、蘭華は小瓶を背に隠し、警戒の色を浮かべる。
「でもね、その小瓶は売っちゃダメ。それは“万能毒消し”。お母さんに飲ませてあげて」
ビン子が穏やかに微笑んだ。
その言葉に蘭華と蘭菊は息をのむ。
そして……蘭華の手が、小さく震えた。
「ホンマに……お母さん……治るの……」
「たぶんね」
その一言で、張りつめていたものがプツリと切れた。
蘭華はその場にうずくまり、声を上げて泣き始めた。
暗い路地に響く幼い泣き声。
周囲の窓が次々と開き、何事かと人々が顔を出す。
蘭菊が「なんでもないですぅ」と慌てて手を振る。
「だからね、売っちゃダメ」
ビン子は優しく笑った。
蘭華は小瓶を抱きしめ、泣き続ける。
「お母さん……お母さん……」
泣き疲れたあと、蘭華は立ち上がり、赤い目でビン子を見つめた。
「どうして……うちらに……?」
「タカトね。小さい頃、家族を魔人に殺されたの。目の前で。
だから、お母さんを失いそうなあなたたちを……見てられなかったんでしょう」
「だったら、最初からそう言ってくれればよかったやないか……ウチら、泥棒のまねして……なんかバカみたいやないか」
「バカ“みたい”じゃなくて、バカなのwww。で、あいつはもっとバカwwww。
お互い素直になればいいのだけなのにね」
ビン子は肩をすくめ、苦笑した。
蘭菊は蘭華の肩に手を置き、静かに泣いていた。
「さぁ、分かったなら。その薬を持って、お母さんのところへ行きなさい」
二人は涙をぬぐい、小さくうなずく。
暗い路地を抜け、希望の光へと――小さなウサギが二羽、軽やかに跳ねていった。




