ない……ないことはないが……やはりない……
で、そんなことがあった数時間後――。
配達を終え、街へと戻るタカトたち。
権蔵の言いつけ通り、行きつけのコンビニへと向かうのであった。
ガタゴトゴト。
揺れる荷馬車の前に、またもや人影が飛び出してきた。
もしかして――コウスケか?
いえいえ、コウスケ君ただいま、学校で遅刻が多いのでスグル先生による居残り補習の真っ最中!
「コウスケ! 2×9は!」
「18です!」
「馬鹿か! ”美味しい”に決まってるだろうが! マジで血の滴る生肉は美味しいぞ!」
「え~、先生、僕はレアよりもウェルダン派です。」
……ちなみにスグル先生は、第二の騎士クロト様の神民である。
「なら! 3×3は!」
「アイズ!」
「惜しい! それは2002年に完結した! 今はオールスターズだ!」
「そうか! 2013年に活動を再開してたんだった!」
……って、コレ……なんの補習なの?
ということで、今回の人影はコウスケではなかった。
コウスケじゃない? じゃあ――誰だ?
そう! 怪しげな影が二つ――!
しかもその影は、ぴんと立った長い耳を持ち、黒いレオタードをまとっていた。
青空を背に、腰のあたりで揺れる白いお団子と白いつけ襟がやけに映える。
そのか細い足には、少々ゆるめの網タイツ。
……って!
「バニーガールかよ!」
すかさず突っ込んだタカトの目は、レオタードのめくれ上がったバスト上部に釘づけだった。
だが残念なことに、その胸元は布地を少々余らせ、風にひらひらと虚しく揺れていた。
「あかん……それでは胸の谷間にアレが挟めないじゃないか……」
タカトは、心底残念そうにつぶやいた。
って、アンタ……アレって……一体、何を挟もうというのですか!
――そんなの決まってるじゃないか! 反り立つトーテムポール! 天国!オン・ザ・ビーチ!
ということで、当然ながら――
「不健全人物!」
ビン子のハリセンが、カメレオンの舌も真っ青な速度でタカトの後頭部を打ち抜いた。
ビシッ!
一瞬の出来事に、タカトは何が起こったのか分からない。
背後をきょろきょろ見回すが、もうハリセンの姿はどこにもない。
――なんだったんだ、今のは……? もしかして宇宙人?
後頭部をさすりながら、タカトは再びバニーガールへと目を戻した。
ところが――。
驚くことに、その“バニーガール”たちの口から飛び出した言葉は!
「ワレワレはバニーガールなどではない! ウサギ星人だ!」
「ウサギ星人だ!」
いや……どう見てもバニーガールにしか見えない。
というか、 蘭華と蘭菊にしか見えないwww
おそらく、あのコンビニの女店主ケーシーさんが、面白半分でこの衣装を着せたのだろう。
案の定、コンビニの窓から、面白そうにこちらを覗いている姿が見える。
――って、あの女店主、幼女にこんなもん着せて何考えてんだ!?
だが、よからぬことを考えているのはケーシーさんだけではなかった。
そう――われらがタカト君である。
タカトは、意地悪そうに笑みを浮かべると、ウサギ星人たちをからかい始めた。
「そのウサギ星人さんとやらは、月じゃなくて“お酒が飲める大人の怪しいお店”にいたはずだけどな……? もうこうなったら、お兄ちゃんが“よからぬところ”に連れてってあげようかwww」
お兄ちゃん? もう、それ、ただの怪しいオッサン!
いや、完全に“防犯メール案件”である。
そんなオッサンに声をかけられたものだから、蘭華と蘭菊は心配そうに顔を見合わせた。
「ど、どうないしよ……蘭菊ぅ……赤ちゃんできちゃうよ……」
「蘭華ちゃん、きっと……だいじょうぶだよ……ケーシーさんも見てくれてるし……」
そんな二人を安心させるように、ビン子が優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。そんなお店には連れて行かせないから。でも、二人とも本当に可愛いんだから、気をつけなさいよ」
「ちっ」
タカトはつまらなさそうに舌打ちする。
って、コイツ、マジでかどわかすつもりだったのかよwww
でもって、気を取り直したタカトは、あらためて尋ねた。
「で……お前ら、一体、何の用だ?」
蘭華と蘭菊は、はっと我に返ると、肩の高さに手を上げた。
「いらっしゃいませ。おいしいお飲み物はいかがですか?」
「お飲み物、いかがですか?」
二人は営業スマイルを浮かべ、にっこりとタカトに向ける。
その姿――まさしく“お酒が飲める大人の怪しいお店”にいるウサギ星人そのものだった!
「アホか! お前らの年齢で、それはまだ早いわ!」
おい! さっきまで自分が言ってたこと、どこ行ったんや!
どの面下げて説教垂れとんねん!
――って、こんな面ですけどwww
不細工ぅ~。
――ほっとけ!
だが、蘭華と蘭菊はタカトと違って、心が澄んでいた。
自分たちを気遣ってくれた言葉に、胸の奥がズーンと重くなる。
というより……エアーグラスでは、ままごとにもならないwww
ならばということで、
蘭華は“お酒が飲める大人の怪しいお店”のウサギ星人から、
“人生が転落しかねない、さらに怪しいお店”のウサギ星人へとジョブチェンジした。
「それではお客様、こちらのテーブルでポーカーなどいかがですか?」
いつの間にか蘭華の前には、ダンボール製のテーブルが。
「掛け金は大銅貨一枚からで大丈夫ですよ」
その背後で手慣れた手つきでカードを切っていた。
「一枚から大丈夫ですよwww」
蘭菊も隣でニコニコしていた。
怪しい……
とうみても怪しいが……
「ほほう……今日は“正当な勝負”と来ましたか。ならば受けぬわけにはいかぬな!」
思い返せば、この二人、これまでは暴力による強奪しかしてこなかった。
だが、今回は正当なギャンブル! これを断る理由などどこにあろうか。
――なぜなら俺は、かつてガラポンでピンク球を引いた男!
そう、タカトは商店街の福引で三等「ジャンボポール・ゴルチン13さんのタンクトップ」を当てたのだ。
……もっとも、それはイカサマ道具『パちんこ玉・赭ブロー』で色を塗り替えられた玉。
実際に引いたのは白玉――一等だったのである!
タカトは自信満々にポケットから大銅貨三枚を取り出した。
――こんなガキんちょども、大銅貨三枚もあれば、身ぐるみはがして裸でひーひー言わせてやるぜ!
あんなことや、こんなことも……ウィヒヒヒヒ!
タカトは意気揚々と荷馬車から飛び降りる。
「タカト、荷物!」
慌ててビン子はタカトにカバンを放り投げ渡す。
「あと、時間がかかりそうだから、荷馬車どこかに停めてくるね!」
既に“戦場”に臨む男タカト。
地面に落ちたカバンを掴み上げると、後ろ手で手を上げ、ひと言。
「俺は――決して振り返らないぜ!」
……言ってる意味が、まったく分からない。
ほどなくして、路上にはパンツ一丁のタカトが呆然と立ち尽くしていた。
――なぜだ……こんなガキンチョどもに、俺が負けるなんて……。
状況が理解できないまま、タカトは叫んだ。
「イカサまだ! イカサまに違いない!」
タカトを見つめる蘭華の目が、にやりと光る。
「お客さん。イカサまなんて聞き捨てなりませんねぇ。証拠でもあるんですか?」
「う……そ、その胸だ! その胸の隙間にカードを隠してるに違いない!」
蘭華が一瞬たじろぐも、すぐに鋭い眼光でタカトをにらみ返す。
「……ほんなら、よぉく見ぃや!」
勝負ごとに引き下がらない蘭華はレオタードをちらりとめくる。
少女の小さいふくらみが赤いつぼみをつけていた。
――ない……ないことはないが……やはりない……
もう、ここまでされては何も言い返せないタカト。ガックリと膝をつく。
「おっ……俺の負けだ……」
「それじゃ、このカバン、いただきま~すねwww」
タカトの背後で、ずっとカードをのぞき見して蘭華に合図を送っていた蘭菊が、すばやくカバンを奪い取った。
「そっ、それだけは後生です! お代官様……それには大事な薬が……!」
見苦しくカバンにしがみつくタカト。
その頭を、蘭華が遠慮なく踏みつけた。
「女子の胸をのぞいたや! これぐらい当然やろ!」
ぐりぐりと踏まれながら、タカトの顔が醜く歪む。
だが、そこで彼はにやりと笑い、口を開いた。
「それでは――お代官様。次はダンスバトルでいかがでしょうか?」
「えっ、ダンスバトル!?」
あのタコのような踊りしかできないタカトから発せられた言葉に、蘭華と蘭菊は顔を見合わせた。




