――では、当のオオボラはどうなったのだろうか。
――では、当のオオボラはどうなったのだろうか。
ここから先は、神の視点を持つ読者の皆さまにだけ明かされる物語である。
話を少し遡ろう。
そう、オオボラが小門から駆け出した、その後の出来事だ。
小門を飛び出したオオボラは、森を抜けて小汚い町へと駆け戻った。
一般街のはずれにある、見るからに年季の入ったアパート。
錆びた階段を踏み鳴らすたびに、ぎしぎしと不吉な音が響く。
窓もない薄暗い廊下の奥――そこが、オオボラの部屋だった。
ドアを乱暴に開けると、すぐに机の上へ金貨と手紙を放り出す。
金貨七枚が、差し込むわずかな陽光を反射してきらりと光った。
ひび割れ、くすんだ鏡に自分の姿を映し、オオボラは髪を撫でつける。
――髪も服も、このままじゃマズいな……。
誰もいないことを確認すると、手紙を机の下の木箱へと慎重に隠した。
それから、数枚の金貨をポケットに突っ込むと、勢いよく部屋を飛び出していった。
……そして、しばらくして戻ってきたとき。
薄汚れた部屋のドアを開けたオオボラの姿は、もう別人だった。
ぴったりと身体に合ったスーツ。
ぼさぼさだった髪は、きっちりとオールバックにまとめられている。
清潔感すら漂うその姿は、一見すればできる男――いや、どちらかと言えば詐欺師のようでもあった。
オオボラは箱の中にしまった手紙が無事であることを確かめると、それを胸の内ポケットに丁寧に収めた。
静まり返った部屋を、もう一度ゆっくりと見渡す。
部屋の中をゆっくりと見渡すオオボラ。
――おそらく、もうここには戻ってくることはないだろう……
椅子の背もたれに手をかけ、名残惜しそうに指先でなぞる。
いざ離れるとなると、不思議と胸に重さが残る。
だが、意を決したように大きく息を吸い込むと、オオボラの足はドアへと向きを変えた。
外に出たオオボラは、そっとドアを閉め、確実に鍵をかける。
暗い部屋の中に背を向け、光り輝く外の世界へと歩き出した。
むき出しの土道を踏みしめながら、オオボラは一般街の石畳へと出る。
足取りは重いが、迷いはない。
彼が向かうのは、近くの第六の城門ではなく、なぜか反対側――第一の城門だった。
やがて、その門前に立つ守備兵がオオボラを呼び止めた。
「おい、ここから先は神民街だ。通行証はあるのか?」
オオボラはちらりと兵の顔を見上げた。
第六の守備兵とは違い、この男の目つきは悪い。
ごろつき、チンピラ、半グレ――そんな類が鎧を着て立っていると言っても過言ではなかった。
だが、オオボラは怯むことなく、静かに一歩踏み出す。
そして、低く囁いた。
「こちらの通行証で、よろしいでしょうか」
その手には、きらりと金貨が四枚。
兵士の手を取り、その掌にすべてを握らせる。
金の感触を確かめるように、兵士の口元がにやりと歪んだ。
周囲をぐるりと見回したのち、彼はわざとらしく声を張り上げる。
「うむ! この通行証で問題ない! ……ただし、早めに戻るようにな!」
この芝居がかったやり取りこそ、第一の守備兵らしい。
第六の兵では、こうはいかない。
秩序を捨てたごろつきの集まり――だからこそ通る抜け道があるのだ。
「ありがとうございます」
オオボラは深々と頭を下げた。
その目の奥には、ただならぬ光が宿っている。
そして、顔を上げると同時に、視線をまっすぐ前へ向けた。
そのまま、静かに、しかし確かな足取りで――
神民街の奥へと姿を消していった。
神民街に足を踏み入れたオオボラは、ためらうことなく王宮へと向かった。
そこは、宰相にして第一の騎士――アルダインが住まう場所。
白く磨かれた石畳を踏みしめながら、オオボラの影だけが長く伸びていく。
王宮の正門前に立つと、彼は静かに守衛へ言伝を告げ、胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
それを両手で差し出すと、守衛は訝しげに眉をひそめながらも、無言でそれを受け取る。
そして、面倒くさそうに扉を押し開け、王宮の中へと姿を消した。
オオボラはその間、直立不動のまま動かない。
風がスーツの裾を揺らすたび、彼の横顔にわずかな決意の色が浮かんだ。
残った守衛が、その様子を不思議そうに一瞥する。――まるで、ただ者ではない気配を感じたかのように。
やがて、先ほどの守衛が息を切らして戻ってきた。
その顔には明らかな動揺が走っている。
慌ただしく扉を開け放つと、緊張した声でオオボラを呼んだ。
「入れ――とのことだ!」
その言葉を聞いた瞬間、オオボラは静かに一歩を踏み出した。
迷いも恐れもない。
まるで結果を知っていたかのように、落ち着いた表情で王宮の中へと足を進める。
厚い扉の向こう――
その先には、第一の騎士アルダインが待つ謁見の間があった。




