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⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 4章 ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編

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帰るぞ!

 権蔵はスライムがタカトの解毒を続けているのを確認すると、ようやく息をついた。

 安心したのも束の間、彼は再び表情を引き締め、周囲を見回しはじめた。


 無数に飛び散る魔物の肉片。

 焦げた匂いとともに、岩壁にはまだ温かい血がへばりついている。

 その奥に――ぽっかりと大きな穴が口を開けていた。


 権蔵は慎重に足を進める。

 一歩踏み出すたびに、ミシ……ミシ……と岩肌がきしみ、ひびが走った。

 まるで大地の上に薄い氷でもはっていのかと錯覚してしまう。


 大穴の縁に立つと、そこも軽石のように脆く、今にも崩れ落ちそうだった。

 権蔵は足先で亀裂をゴツゴツと蹴り、強度を確かめる。

 すると、亀裂の先がボロボロと崩れ、粉塵を巻き上げながら深い闇の底へと落ちていった。


 穴の奥には、三本のロープが垂れていた。

 オオボラが投げ入れたもの――そして、それを伝ってクロダイショウたちが這い上がってきたのだ。

 だが今や、底からは魔物の気配すら立ちのぼらない。

 残されているのは、無惨に食い荒らされた骨と、静まり返った闇だけだった。


 権蔵はその中に、一つの人型の白骨死体を見つけた。

 しばし無言で見つめたのち、深く息を吸い込み、決意を固める。

 そして一本のロープを握り、慎重に体を預けながら――

 音もなく、大穴の底へと降りていった。


 白骨死体は、骨だけとなりながらも、なぜか服はきれいなままだった。

 砕かれることなく残った頭蓋骨の中に、おそらく脳はもうないだろう。

 クロダイショウやオオヒャクテのような魔物が、穴という穴から入り込み、

 生気を最も宿す脳を食い尽くしたに違いない。


 権蔵は足先で死体をひっくり返した。

 背中とは対照的に、腹部の服は大きく裂け、四肢の袖も荒々しく引きちぎられている。


「……これは、本当に魔物の仕業なのか?」


 権蔵は頭蓋骨と腹部を見比べながら、うなった。

 腹を裂き、手足をもぎ取るほどの力があるなら、頭蓋骨など容易に砕けるはずだ。

 しかし、頭蓋骨は無傷のまま。


 というのも、 魔物は魔人へ進化するため、生気に満ちた人間の心臓と脳を好むのだ。

 とりわけ脳には、人の記憶がわずかに宿っている。

 それを喰らえば、魔物は人の文化や感情の欠片を味わうことができるという。


 ――ならば、脳を残したままというのはおかしい。

 この整いすぎた白骨は、ただ肉を食らったという感じではないか。

 権蔵の胸に、説明のつかぬ違和感が、静かに沈んでいった。


 彼は白骨死体がまとっている服をつまみ上げた。

 上質な生地――おそらく、どこかの騎士に仕えていた兵士のものだろう。

 しかも、ここは小門。

 出入りできるのは、一般国民かそれ以下の身分に限られている。

 それ以上の者が入ろうとしても、門そのものが侵入を拒むようにはじき返すのだ。


 ――であれば、こいつは奴隷兵か、一般兵のどちらかか……。


 だが、権蔵に分かったのはそこまでだった。

 ――まあ、主の手掛かりくらいにはなるかもしれん……。


 権蔵は小剣などの遺品を手に取って袋へ詰め込み、静かに穴をよじ登り始めた。

 またもや、その足元からボロボロと小石が転がり落ちていく。


 穴から這い上がった権蔵は、真っ先にタカトの様子を確かめに行った。

 足の紫は先ほどよりかなり引いている。

 ──このままなら、毒は完全に抜けるじゃろう……

 権蔵は肩の力を抜いて、ほっと息をついた。


 タカトはと言えば、そんな切迫した状況をまるで自覚していない様子で、ビン子に甘えていた。

「ビン子ちゃん……タカトっち、蛇に足に噛まれて死んじゃいそうでちゅぅ〜」


 一方、ビン子も事情を知らないようで、看護に身が入らない。

 それどころか、タカトの口から出た「ミズイ」という名に、やけにムッとしているご様子で──

「ええい! うっとうしい! だったら黙ってなさいよ! というか、私がいっぺん殺してあげようか!」

 ハリセンの先を、無造作にタカトの顔にぐりぐりと押し付けていた。

 というかコレ……マジで憂さ晴らししてないですか?……ビン子ちゃん。


 権蔵はそんな二人をよそに、淡々と作業を始めていた。

 飛び散ったクロダイショウやオオヒャクテの肉塊を、手際よく大きな袋に押し込んでいく。

 おそらく、家に持ち帰って融合加工の素材にするつもりなのだろう。

 いや、もしかしたら今日の晩飯になるのかもしれない。

 ……そう、権蔵の家は貧乏なのだ。

 こんなものでも再利用しなければ、生きてはいけない。

 日々の糧を得るため、黙々と手を動かすその背中には、貧しさに慣れた者の静かな根気があった。


 そんな権蔵に、タカトが突然、声をかけた。


「なあ、じいちゃん! そんなもんより、ココには金になるものがいっぱいあるぞ!」


 権蔵は顔を上げ、鬱陶しげに眉をひそめた。

「なんじゃと?」


 見ると、タカトの顔色はすっかり良くなっている。

 ――もう一安心じゃろうて。

 そう思った矢先、そのタカトがニヤッと笑う。


 まるで「そんな貧乏くさいことすんなよ」と言わんばかりの顔。

 ――なんか腹立つわ!

 権蔵じゃなくても、誰だってそう思うに違いない。


 そんな空気をまるで読まず、タカトは胸を張って壁を指さした。


「この周りの壁、ぜんぶ命の石なんだぜ! これ全部売ったら、俺たち大金持ちじゃね!」


 権蔵があきれた顔で腰に手を当て、ぎしりと背を伸ばした。


「アホか! すでに生気が抜けた、ただの石じゃ!」


 へっ……!?


 タカトは呆然と壁を見つめ、そっと拳を当てた。

 コン、と軽い音がして、壁の一部がぼろぼろと崩れ落ちる。

 あの、光を放っていた命の石が――まるで砂のように砕けていく。

 手のひらに残った粉が、風に消えていくのを見つめながら、タカトは小さく息を呑んだ。

 もう、すべての生気は抜けきっていたのだ。


 その足元で、スライムがぴょんと跳ね、タカトの腕にするりと巻きつく。

 解毒の疲れが出たのか、すぐにとろんと眠り始めた。

 タカトはその柔らかな感触を確かめるように、そっと指でなでた。

 まるで、命の残り香を確かめるかのように。


 そんな光景を見ていた権蔵が、短く声をかける。


「帰るぞ!」


「はい」


「しかし、ミズイの奴! あいつ、どこ行きやがったんや!」

 タカトは立ち上がりながら、ぶつくさと文句を言いはじめた。

 それは、わざとビン子に聞こえるように言っているようにも見える。


 というのも――先ほどから、どうにもビン子の様子が明らかにおかしいのだ。

 何かに腹を立てているような……そんな感じである。

 ――たぶん、腹でも減っているのだろう。

 だが、このまま不機嫌のままだと、自分の飯がなくなりかねない。

 そう、今日はビン子が飯当番なのだ。

 いかにビン子の創作アート料理がマズかろうと、食わねば餓死してしまう。


 ――というか、もう一度、ミズイに会いたかったな……

 荒神になりかけてまで自分を救ってくれたミズイに、ちゃんと礼を言いたかった。

 だが、目を覚ますとミズイの姿はもうなかった。

 唇に残る、あの柔らかい感触。

 もう一度、会ってみたい。もう一度、話してみたいと切に願えども、どこにいるのかも分からない。


 しかし、そんな想いをビン子に知られるわけにはいかなかった。

 自分がビン子とミズイを天秤にかけているようで、申し訳なかったのだ。

 だからこそ、気持ちを悟られまいと、わざと怒鳴り声を上げる。


「ミズイの奴! あれほど俺を守ってやるって言いながら、蛇に噛まれとるやないかい! 今度会ったら、必ずどついちゃる!」


 三人は洞窟の出口へと歩き出した。

 狭い洞穴を、権蔵を先頭に並んで進む。

 ビン子は、前を歩くタカトの背中にそっと手を伸ばす。

 けれど、その手は触れる前に止まった。

 タカトの背中が、どうしようもなく遠くに感じられたのだ。

 ほんの数歩の距離なのに――まるで別の世界にいるかのように。

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