ジジイ冥利!
――まさか……
一之祐の脳裏に嫌な予感がよぎる。
――モーブが死ぬなんて、そんなバカなことがあってたまるか!
日頃、チャラけた態度を取るモーブである。
一之祐は、そんなモーブを邪険に扱うのであったが、それは一之祐なりの愛情の表現でもあった。
そう、親の顔を知らない一之祐にとってモーブは師であり、そして、父のような存在なのである。
そんなモーブが動かないのだ……
「モーブ! モーブ!」
横たわる体を激しく揺すっていた一之祐は、とっさにその手を止めると今度はパッと耳を胸にあてがったのだ。
だが、耳に伝わってくるはずの鼓動の音が聞こえない。
そう、全くの無音なのだ。
心の蔵が止まっている……
ダメだったのか……
死んでしまったのか……
いや! まだ死んでない!
動いてないのなら! 無理やりにでも動かすのみ!
そう、心臓が動いていないのであれば、心臓マッサージをして動かせばいい。
単純な発想である。
だが、再び血液が流れだし臓器が息を吹き返せば不死のモーブは助かるのだ。
ほんの一瞬でいい。
ほんのわずかでいい。
とにかく、息を……息をしろ!
そんな一之祐は、いまだに物言わずに横たわるモーブの心臓を動かさんと拳を思いっきり頭上に振り上げた。
「クソが! 動きやがれぇぇぇぇぇ!」
大声を発するとともに金色に光った拳。
そんな拳をモーブの胸へと一直線に打ち下ろすのだ!
って! この金色に光る拳は先ほど騎士の門を打ち抜いたものだろうが! マジかよwww
ドカン!
モーブの体からものすごい大きな音がした。
あの拳の勢い……心臓マッサージどころか心臓破裂!
いや体ごと貫通して、広場の石床すらも砕き割る勢いなのだ。
もう、そこにモーブの死体など残っていようか……いや、残っていない。
そう、そこには死体など存在していなかった。
「一之祐くん……チミは……マジで……ボクを殺す気なのかな……」
打ち下ろされた一之祐の拳を、また別の金色の光が防いだのである。
この光は騎士の盾の輝き。そう、それは絶対防壁の光である。
そんな光がモーブの手のひらを包みこみ、胸のほんのわずか上で一之祐の一撃をガッチリと受け止めたのだ。
「チミね……この勢いは心臓マッサージとは言わないよねwww」
だが、その受け止める手はわずかに震え、ついに力尽き胸の上にストンと落ちた。
しかし、一之祐の打ち出した拳はモーブの手が離れたのにもかかわらず動かない。
胸先わずかの空間で、こちらもかすかに震えているのである。
「だったら! さっさと目を覚ませ! このいい加減野郎が!」
いまや金色の光が消えさった右こぶしを一之祐はモーブの胸にトンと置くと、うつむいたまま動かなくなった。
「はははは……悪い……悪い……だが、こんな顔の一之祐くんを見たのは久しぶりだよねぇ……」
そんなモーブの顔の上に、先ほどからポタポタと水滴が降ってくのだ。
そう、それは雨ではなくて一之祐の涙。
うつむく一之祐の顔は、今や涙腺が壊れたほどに涙をこぼしていたのであった。
「悪いねwww一之祐くんwwwwわざわざ送ってもらってwwww」
一之祐の背に背負われたモーブはあっけらかんとした笑い声を出していた。
騎士であるモーブは内地に戻ったことによって、騎士の力である不死性が発動されたのである。
だが、モーブは最古参の騎士。
いまや、第二の騎士である史内どうように抱えている神民の数もわずかになっていた。
そのため、神民の命を糧にしている騎士の力は驚くほど弱くなっているのだ。
確かに命は助かった。
助かったのだが、まともに立って歩いて帰ることすらままならなかったのである。
夜のとばりが落ちる神民街。
街の真ん中を走る石畳の道を一之祐はモーブを背負って歩いていた。
静まり返った街並みにコツコツと歩く音だけが妙に響く。
そんな時に、一之祐の背中でモーブがボソリボソリとつぶやくのだ。
「昔はよく、小さいチミを背負っていたよね……」
「それは俺が騎士になる前のことだ……」
「そういえば、あの頃のチミはよく泣いていたよねwwww」
「……」
「剣の修行でボクに負けるたびに悔し泣きwwwだけど、今ではこの国一の剣士様だよwww」
「モーブ……いい加減に黙っていろ……」
「でも、そんなチミに背負われる日が来るとはねwwwwこれも年を取るということかなwwww」
「騎士は不老不死……年などとらん……」
「そうだよね……だから……本当に大切なものもついつい忘れてしまうんだよ……」
「何が言いたいんだ! モーブ!」
「いやぁwww 最愛の息子に背負われるっていうのはジジイ冥利に尽きるってことだよwww一之祐キュン♡」
息子?
モーブは今、俺のことを息子と言ったのか?
瞬間、一之祐は顔を赤らめた。
「(///ω///)」




