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⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 4章 ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編

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万気吸収……

 ミズイは安堵の表情をタカトへと向けた。

「タカト……無事だったの……」


 だが、その赤き瞳を見た瞬間、言葉は喉で凍りつき、背筋を氷柱が這うような感覚に襲われた。

 寒気……? いや、そんな生易しいものではない。

 それは恐怖――いや、死をも凌駕する、絶対的な畏怖だった。


 自然と体は小刻みに震えだし、引きつる顔からは、もはや悲鳴すら洩れない。


 カタカタと震える膝の上で、タカトがゆっくりと頭をもたげる。

「ふん……下種が! ワレの入れ物に手を出そうとは、いい度胸だ!」


 おもむろに立ち上がったその姿が、なおもがき苦しむ百牙蛇蟲へと片手を突き出す。

 その仕草はあまりに軽く、まるで塵を払うかのようだった。


 次の瞬間、洞窟そのものを灼き尽くすかのごとき閃光が奔った。

 空気が悲鳴をあげ、世界そのものが赤に塗り潰される。


絶界覇衝(ゼッカイハショウ)紅蓮劫雷葬(グレンゴウライソウ)


 無数の赤き光槍が、一斉に雷鳴をまとって百牙蛇蟲へと殺到した。

 刹那――巨体は串刺しとなり、断末魔をあげる暇すらなく、肉も骨も一瞬で粉砕されていた。


 轟音よりも早く、巨躯は「爆ぜる」。

 音も光も追いつけぬほどの速さで、血肉と鱗と牙が霧散し、洞窟全域を真紅に染め上げて。


 一撃。

 それだけで、この大洞穴を支配していた怪物は、跡形すら残さず消し飛んでいたのだ。


 近くでその光景を目の当たりにした幼女のミズイには、理解が追いつかない。

 ただ一つ、心の底から分かることがある。


 ――こいつに近づいてはいけない。

 本能がそう警鐘を鳴らしていた。


 ――今すぐ、この場から逃げろ……!


 しかし幼き腰は抜け、動かない。

 それでも必死に足を引きずり、尻を擦りながら後ずさる。


 ――でなければ……。


『死ぬ!』


 ――いや、死ぬ。そんな一言では到底足りない。

 終わりなき苦痛、抜け出せぬ闇、永遠の地獄がぐるぐると渦を巻くようにミズイを覆い、ひりひりと肌を焼く悪夢の気配が押し寄せていた。


 その時、赤黒く光るタカトの双眸が、ぬるりとミズイに向けられた。

 氷のように冷たく、虫けらを見下すかのようなその視線に、幼い体は一層さらに震え出す。


「ひいっ……」


 涙がこぼれる。

 必死に後ずさりするが、足が言うことをきかない。

 タカトの赤き目はゆっくり、じわり、じわりと迫ってくる。

 一歩、また一歩――その足音は洞窟の奥から湧く悪鬼の響きのようだった。


 生きた心地などしない。

「ゆるじで……」

 手を振り払い、目をぎゅっと閉じ、これが夢であってくれと祈るしかなかった。


 ……無音。

 足音が消えた。

 ――やっぱり夢だったの……?


 かすかな希望にすがり、ミズイは恐る恐る目を開けた。

 そこにあったのは、至近距離で妖しく光る赤い瞳。

 膝まづくタカトの生暖かい吐息が頬に触れる。


「ひぃぃいいいいい!」


 全身が跳ね、羞恥と恐怖が混じった感覚が下腹を襲う。

 地面に滲み広がる温かい液体。

 ジョボジョボジョボ……

 体温で温められていたアンモニア臭が瞬く間に立ち上ると、現実を突きつけるように鼻を刺した。


「……お前、臭いな」


 タカト――いや、もはや別の何かが、薄ら笑いを浮かべる。


 恐怖と羞恥が混じり合い、頬は熱病のように真っ赤に染まる。

 胸の奥で何かが軋み、喉の奥で叫びが溶ける。

 ――さっきまで、自分を救うために身を投げ出してくれたタカトだったのに。

 ――返して……私のタカトを……!


 愛の炎がまだ胸の底で消えずにくすぶっている。

 けれど、その炎に灰をかけるように、むなしさと憎悪が入り交じり、心をかき乱す。

 あの強い光に惹かれたのは自分だというのに、いま目の前にいるのは、自分を押し潰すほどの恐怖をまとった“何か”だ。


 怒りも、悔しさも、憎しみも――すべてが胸の中で渦を巻くのに、言葉はひとつも声にならない。

 喉がきゅっと塞がれ、息だけがひゅうひゅうと漏れる。

 手足は氷のように強ばり、動かそうとするほど震えがひどくなる。


 ――どうして……動けない……?

 ――どうして、声を上げられない……?


 愛していた相手が怪物のように変わり果ててもなお、助けたい気持ちだけが心の奥で叫んでいる。

 けれど、恐怖がその声を押しつぶし、羞恥がそれを塗り潰し、無力感が鎖のように体を締め上げる。


 その結果、ミズイはただ、目の前の赤い瞳を見返すことしかできなかった。

 頬を伝う涙が、悔しさか恐怖か、自分でも分からないまま。


 日ごろの道具作りによって油が染みついた指が、幼女の顎をぐいと掴み上げる。

 無理やり金の瞳を覗き込み、しばし値踏みするように沈黙した。


 そして――。

「……ふん。やはり、お前はただの残りカスか」


 冷え切った声音とともに、その小さな顎をまるで汚物でも投げ捨てるかのように振り払った。

 ミズイの体は地面に崩れ落ち、口惜しさも羞恥も、喉を詰まらせたまま声にならない。


 その時、タカトの背後から、うめくような声が届いた。

「う……う……アダム様……ひどいっシコ……」


 それは百牙蛇蟲という鎧を打ち砕かれた猿蜘蛛の姿だった。

 紅蓮劫雷葬(グレンゴウライソウ)の一撃により、八本の足のほとんどはもぎ取られ、破れた腹からは臓物がだらりと零れ落ちている。


「われら“6つ子忍者戦隊ガッチャマンボゥ”は、かつて大門が開いたその時よりお仕えしてきたシコ!」

 猿蜘蛛は胸に溜め込んだ怨嗟を吐き散らすかのように叫ぶ。

「アダム様のために兄弟たちは皆、死んだシコォオオオオ! それなのに、この仕打ちはあまりにひどいシコォオオオオ!」


 アダムと呼ばれた男は振り返りもせずに立ち上がり、そのまま猿蜘蛛の前へと歩み寄った。

「ふん、雑魚が……どの口でほざく? この口か!」


 次の瞬間、転がる猿蜘蛛の口を容赦なく踏み潰す。

 ――グシャッ!


「ワレの入れ物に手を出したのはウヌのほうぞ」

 悲鳴とも嗚咽ともつかぬ音が、潰れた口からかすかに漏れた。


「そ……それは……アダム様の気配があまりにも小さすぎてシコ……仕方なかったシコ……!」

 必死の命乞い。しかし、アダムはさらに足に力を込め、口腔へとぐりぐりとねじ込んでいく。


「オゲ……」


「まあよい……だが言ったはずだ。力こそ正義! 力こそすべて! 弱者は存在すら許されぬ、ただのゴミだとな! すなわち、ワレに敗れたウヌはゴミ――それ以下よ!」


 アダムは頭にめり込ませた足を蹴り上げた。猿蜘蛛の巨体が宙に舞う。

「消えろ! ゴミクズが!」


 その瞬間、アダムが手をかざすと無数の赤槍が宙に浮かぶ巨体を貫いた。

 ――ボンッ!

 肉片すら残さず、猿蜘蛛は血煙へと散り、消え去った。


 その様子を眺め、アダムは高らかに嗤う。

「わははははは!」


 そして、大空洞を取り囲むように輝くものへと目を向けた。

「それに比べ、これを見よ」


 闇を淡く照らす無数の煌めき。

 それはアリューシャの生気を宿した命の石――まるで星々が降り注いで宇宙を形作ったかのように、蒼白く光を放っていた。


「ああ……これぞ、我が娘の結晶……。こんなところに隠されていたか……」


 アダムの赤い瞳に狂気じみた喜色が宿り、唇が歪んで嗤いが漏れる。


 だが次の瞬間、その瞳が再びミズイへと向いた。

 今度は、恨みを凝縮したかのような、より深い恐怖を孕んだ目で。


「……ここを隠していたのは、ウヌの力か」


 確かめるように、アダムはじりじりと近づいてくる。


 ――殺される! 今度こそ確実に……!


 ミズイは直感した。

 アダムといえば原初の神。この世界が始まったのちに生まれた自分とは月とスッポン――いや、月とウィルスほどの差。

 そんな相手に「神の盾」が通じるはずがない。格が違いすぎる。


 しかも、アダムは魔人世界の創造主。その住人である魔物たちはアダムの子供のような存在だ。

 それなのに、さきほど猿蜘蛛を何の躊躇もなく葬った。無慈悲に……。


 ならば、自分を殺すことなど、ためらう理由があるはずもない。


 その瞬間、ミズイは震える足に力を込め、一心不乱に逃げ出した。


「まぁよい……われもまだ生気が足りぬ身……」


 それを見送るアダム。

「これを吸収すれば、ワレの復活はさらに早まる……イブ、必ずお前を迎えに行くぞ……」


 そして、両腕を大きく広げると、命の石の輝きへ抱擁するかのように向けた。

「――万気吸収」


 低く呟いたその声は、洞窟を満たす星々の輝きさえ呑み込み、永遠に反響する呪詛のようであった。


 

 

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