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⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 4章 ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編

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……死ぬときは、一緒だよ

 ゴゴゴゴ……ッ!

 百牙蛇蟲の巨体がうねり、腐臭の嵐を巻き起こしながら突進してくる。

 神の盾が光を増し、火花を散らしてその猛攻を受け止めた。


 だが――。


 ビリビリッ!

 盾を支えるミズイの両腕に激しい痛みが走る。

 幼い体の奥底から、みるみる生気が吸い取られていく。

 頬の紅が消え、指先が震えるたび、体が伸び、声の調子が変わっていく。


 女子小学生の姿に変わった腕が、次の瞬間には中学生のそれになった。

 ダボダボだったローブの布が次第に張りを帯び、ピンク色の短い髪が肩口まで流れ落ちる。

 いまや高校生のように成熟した肢体が形を取っていた。

 ただ防ぐだけで、大量の生気が削られていくのが自分でも分かる。


 ――このままでは、また老婆に……。

 いや、それどころか、もうタカトから生気を吸うことはできない。

 盾を再展開するたび、死の影がじわじわと自分を締め付ける。


 それでも、ミズイは神の盾を放ち続ける。

 だが膝に抱いたタカトの顔は先ほどより青ざめ、呼吸はほとんど感じられない。

 このままでは、その白い唇に二度と紅が刺すことはないだろう。

 それはタカトの死であり、同時に自分の死をも意味する。


 焦燥と痛みと熱が混じり合う中、ミズイの頬を一筋の涙が伝った。

 しかし、その唇はわずかに笑っていた。

 ――愛する者と一緒に死ねるのなら……それも、ありかもな……

 胸の奥で、そんな諦めの声がかすかに響く。


 アリューシャやマリアナ達と別れて以来、ミズイは一人で生きてきた。

 あの時も、体力も生気も尽き果て、街の片隅に倒れ込んだ。

 誰にも神と気づかれず、罵声と暴力にまみれ、朽ちた布切れのように転がっていた――。


 だが、そのとき手を差し伸べたのがタカトだった。

 膨大な生気を湛えた黒い瞳の少年。

 神とも人とも違う、混血のようなその存在が、命の石を何の見返りも求めず握らせてくれた。

 あの時、忘れていた温もりが確かにあった。


 ――もう一度、あの光を見たい……。


 森の奥で泣きながら思ったあの願いが、今ここで現実になっている。

 しかし……膝の上のタカトの命は消えかかっている。

 そして……自分の命も同じく削れていく。

 それでも盾を放しはしない。


 神の盾を広げ続けるミズイは砕けた命の石のかけらをグッと胸に押し当てた。

 それは、あの時、タカトが握らせてくれた命の石。

 生気が吸い取られ軽石のようにすかすかとなっていた。


 それでも、胸に押し当てた石片はまだ熱を宿していた。

 あの町で、タカトが握らせてくれた時――胸を満たしたのは感謝だった。

 ひとりぼっちで冷えきっていた心に、ぽっと灯をともすような温もり。

 ただ寂しさを忘れたくて、タカトの放つ強い光に引き寄せられていただけ。

 だからこそ、アリューシャの生気が宿るこの命の石を、彼に託してもいいと思ったのだ。


 だが……。


 この大空洞での戦いの最中。

 死を覚悟していた自分に、命を顧みず口づけをしたタカトのあの瞳。

 荒々しい息遣いと共に触れた熱が、まだ唇に残っている。

 その一瞬で、ミズイの胸にあった「光に惹かれる憧れ」は、すべて吹き飛んだ。


 ――あれは救済ではない。

 ――私を選んだのだ、この少年は。あのノラガミではなく……私を!


 感謝でも、孤独を紛らわせるためでもなく。

 いまの私はただ、タカトに恋い焦がれている。

 命を削りながらも盾を掲げるこの手は、もはや義務や恩義のためではない。

 ただ――この少年を失いたくないから。


 ミズイの心は、静かに、しかし決定的に変わっていた。


 もう抗うのはやめよう――そう決めた瞬間、盾の輝きはガラスが砕けるように四散した。

 光の粒が消え去ると同時に、闇と腐臭が押し寄せ、二人を包み込む。


 ミズイは膝の上のタカトをそっと抱き寄せる。

 愛おしくて、切なくて、胸が張り裂けそうで。

「……死ぬときは、一緒だよ、タカト……」

 震える声で囁き、彼の頬をそっと撫でる。


 だが。


 次の瞬間、地鳴りのような咆哮が大空洞を揺るがした。

 百牙蛇蟲が鎧のごとき死骸をまとい、無数の牙をガチガチと鳴らしながら迫り来る。

 轟音とともに巨体がうねり、天井すら揺さぶる勢いで突進してきた。

 地面が割れ、岩盤が弾け飛ぶ。

 その巨躯の影が、二人を丸ごと飲み込もうと覆いかぶさる。


 その刹那、ミズイはタカトの頬に顔を寄せた。

「タカト……」

 小さな囁きとともに、熱い涙が彼の頬にこぼれ落ちる。

 死の影に押し潰されようとしているのに、胸の奥は不思議と静かだった。

 指先で彼の唇をそっとなぞり、もう一度、確かめるように口づけを重ねる。

 乾いた唇が触れ合い、かすかな温もりが伝わった瞬間――世界に残ったのは彼だけ。

 轟音も、巨躯も、すべてが遠のいていく。

 ――ああ、このまま時間が止まればいい……。

 それは死の直前の口づけでありながら、乙女のように頬が熱を帯び、胸がきゅんと痛むほど甘やかだった。


 もはや二人に逃げ場はない。

 防ぐ術もない。

 次の瞬間には――すべてが終わる。


挿絵(By みてみん)


 しかし!その時――


 轟音が大空洞を切り裂いた。

 覆いかぶさろうと迫る百牙蛇蟲の顎が、突如として粉砕されたのだ。

 バラバラと飛び散る牙と肉片。鎧のようにまとっていたクロダイショウの群れまでもが四散し、血と肉の雨が叩きつけるように降り注いだ。

 断ち切られた首の断面からは、おびただしい魔血が噴き上がり、赤黒い奔流が洞窟の岩盤を染め上げる。

 声なき絶叫をあげるかのように、百牙蛇蟲の長大な首がのけ反っていた。


 咄嗟の事にミズイも何が起こったのか分からない。

 天井を揺さぶる勢いで後方へ仰け反っていく百牙蛇蟲を呆然と見つめるしかなかった。


 その瞬間、視界の端で揺れるピンクの髪。

 気づけば、己の身体はまた幼女の姿へと戻っていた。


 息を呑む。

 それは、先ほどの口づけで、タカトから生気を吸ってしまったということの証左。

 すなわち――。


「まさか……タカト……!」

 ミズイは膝に抱いた少年の顔を慌てて見下ろした。

 すると、赤い瞳がじっと、まるで全てを見透かすかのように彼女を射抜いていた。


 

 


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