派遣計画!
その声に飛び起きたのか、家中からあわただしい足音が、金蔵家の玄関へと集まっていった。
どうやら昼間にどつきあっていた二人の女たちの声も混ざっているようである。
「ペンハーン! こんな夜更けになんの用や! 時間を考えんか! このボケ!」
大きな金づちで打ち破られた木製の戸が無残な姿で穴をあけ、広い土間に無数の破片を散らしていた。
そんな玄関先にある一段高い上がり框を挟んで、両家の使用人たちがにらみを利かせている。
まさに、一触即発!
「座久夜! 昼間は世話になったな! お前のところの使用人たちを全部、誘惑にかけてやるわ!」
「もしかして、そのためにわざわざ来よったんか?」
「こちとら三途の川に労働者派遣を約束しとんや! もし、それができへんかったら、ウチが……ウチが……もう一度、あの地獄で……」
ワナワナと震えだすペンハーン。
「それはどういう事や?」
「ええい! 座久夜! アンタには関係あらへん! お前たち、やぁ~ておしまい!」
玄関先で両家の使用人達がくんずほぐれつの大喧嘩。
周りでは女たちのけしかける声が甲高い。
一応言っておくが、ここは神民街。
城壁に分けられた身分の高い神民たちが住む街なのだ。
そんな夜更けの神民街で、急にお祭りかと思うぐらいの騒ぎがおこったのだ。
当然、金蔵家の周りの住民たちも、一体何事が起ったのかと野次馬根性丸出しで次第に集まりだしてきた。
座久夜は、玄関からなだれ込んでくるルイデキワ家の使用人たちをちぎっては投げ! ちぎっては投げ! そして、次から次にどつきまくる!
観念せいや!
ひデブっ!!
ボコっ! 往生せいや!
あベシ!!
ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! ボコっ! 聖闘士せいや!
アシベぇぇぇぇぇぇぇ!!
正念がたらん! 少年が! ゴマちゃん連れてきたろか! コラ!
座久夜の足元にはいつしか、気を失った男たちの山ができていた。
そんな男達を足蹴にする座久夜の白い太ももが、着物の裾からちらりと見える。
――しかし、解せぬ……
座久夜は、またもや、目の前の男にグーパンをくらわしながら思った。
たかが昼間の小競り合いの腹いせに、これほどの使用人たちを連れてわざわざ殴り込みに来るだろうか?
けが人が多くなれば、ルイデキワ家が担う第一駐屯地への輸送業務にすら支障が出かねない。
いくら、輸送業務を指揮している息子のモンガがバカとはいえ、こんな愚かな行為を黙って見過ごすわけがないのだ。
――と言うか……息子のモンガはどこにおるんや?
「誘惑! 誘惑! 誘惑! 誘惑!」
ペンハーンが次々と金蔵家の使用人たちに誘惑をかけていく。
だが、三人を超えたところでちっとも効かない。
「あれ……?」
首をかしげるペンハーン
それを見る座久夜はあきれ顔。
「もしかして、ペンハーン、お前……。3人以上は誘惑できへんとか……」
「座久夜ちゃん……そうかも……」
顔を見合わせる二人。
ペンハーンは座久夜にすがりついた。
そんなペンハーンをうっとおしそうに引きはがそうとする座久夜であったが、意外にその力は強かった。
こんな必死のペンハーンも珍しい。
何度もペンハーンをどついてきた座久夜だからこそわかる。
いつものペンハーンなら、すでに白目をむいてぶっ倒れているところ。
だが、今回のペンハーンはかたくなに座久夜の足にまとわりついていた。
というか、意地でも座久夜の足を放すまいと必死の様子。
それはまるで、座久夜をこの場に足止めするかのようであった。
――これには何かある……
しかも、息子のモンガが見えないのも気になる……
――何をしに来たんや、こいつら……
座久夜は考えた。
――今の金蔵家にあるものは、なんだ……
……
…
――そうか!
ヒマモロフの種か!
なるほど、大方、こいつらの目的はヒマモロフの種をどさくさに紛れて盗みに来たと言ったところだろう。
医療の国へ輸出するヒマモロフの種を失えば、この融合国で使われている人魔抑制剤の支給も止まる。
その責任を取らされて、金蔵家、いや、主である騎士一之祐の立場も悪くなる。
そしてその後の事は、宰相であるアルダインとの間にルイデキワ家がヒマモロフの商いの権利を引き継ぐという算段が出来上がっているのだろう。
しかもそのうえ、今回奪ったヒマモロフの種を闇ルートでさばけば、ルイデキワ家は一攫千金! アルダインに納められる上納金も格段にアップする。
そう考えると、悪役二人のいやらしいほどの満面の笑みが目に浮かぶようであった。
そのほうも悪よの!
いえいえ! お代官様ほどでは!
ワハハのは!
笑いごととちゃうわ!
しかも、今日に限って言えば、主である金蔵勤造がいないのだ。
勤造は今、一之祐から火急の呼び出しで駐屯地へと出かけて不在なのである。
もし勤造が家にいれば、ペンハーンもこのような愚行は考えまい。
かつての勤造は、情報国の忍者マスター蘭蔵と並ぶほど腕の立つ男であった。
だが、忍者マスターの地位に蘭蔵が就任する時、勤造は情報の国を逃げるように出奔したそうである。
うわさでは勤造が自ら身を引き、蘭蔵に忍者マスターの証である瑠璃の宝石を譲ろうとしたという噂もあるが、定かではない。
今では勤造も高齢であるが、その腕はまだ劣っているとはいいがたかった。
そんな勤造がいないのだ。
ペンハーンたちが、チャンス到来と考えても不思議ではない。
――なるほど……ペンハーンが必死になるのはこのためか!
「イサク!」
座久夜は、怒鳴り声をあげた。
紙袋の男が、ルイデキワ家の使用人をどつきまくりながら顔を上げた。
「なんスカ! 姉さん!」
「奥のネズミども掃除して来い!」
「奥の?」
「あぁ、ゴミクズにたかるネズミどもや! すぐ行け!」
「ゴミクズ? ……あっ! なるほど!」
何かに気付いたイサクはポンと手をたたく。
「イエッサー! 直ちにネズミ退治に向かいます!」
今だ座久夜の足にまとわりつくペンハーン。
「どないしよう……座久夜ちゃん、奪衣婆のところに5人連れていくって約束しとったのに……」
「ああ、うっとおしい!」
「このままやったら、うち……また、あのブラックな現場で働かにゃならんなる……」
「そうか……そうやったんか……」
「どうしたらいい……座久夜ちゃん」
「なら簡単な事や!」
「えっ! 座久夜ちゃん! なんかええ解決方法があるの?」
それを聞くペンハーンの顔が明るくなった。
と思ったら、
ボコ!
ペンハーンの顔面がつぶれた肉まんのようにへこんだ。
天空から突き落とされた座久夜の拳。
その拳が槍のようにまっすぐに肉まんの中心を貫いていたのだった。
いや、違った……
肉まんかと思ったらピザまんでした……
目と鼻から赤きピザソースをまき散らしながらペンハーンの体がゆっくりと崩れ落ちていく。
もはやそのピザまんは、消費期限切れ……
ついに白目をむいて地面に落ちた。
座久夜が引き戻した拳をさっと振ると、土間の上に一文字の赤き破線が描かれた。
「なら、お前が、もういっぺん、その現場とやらに行ってこいや!」




