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⑤俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部4章~ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編  作者: ぺんぺん草のすけ
第一部 4章 ダンジョンで裏切られたけど、俺の人生ファーストキスはババアでした!~美女の香りにむせカエル!編

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それは……災厄……

 真音子とイサクは木から降りたものの、小門の前でピタリと足が止まった。

 もう目の前なのに、一歩も動けない。


「だったら……お嬢……なんで」

「ダメなもんは、ダメなんだよ!」


 鬼の形相でイサクをにらみつける真音子。

 だが、その口角はわずかに震えていた。


 というのも――洞穴の入り口から、さきほど無数のコウモリが飛び立っていったのだ。

 あの中は、コウモリの巣。


 ――もしかして……


 紙袋の中で、イサクが肩をプルプル震わせる。笑いをこらえているのだ。

 なにしろ、普段の真音子ときたら――。

 借金取りの現場では「金返さんかいコラァァ!!」と机を蹴り飛ばし、相手をビビらせる迫力満点のレディース総長。

 だが、その最強オーラも“あの弱点”を前にした瞬間に、粉々に砕け散る。


「アイツがいるから絶対に……むりむりむりむりぃっ!!」

 さっきまでのドスの効いた声はどこへやら、

 猫耳カチューシャつけたぶりっ子女子高生みたいな悲鳴を上げ、両手をバタバタ。

 威圧感MAXの総長モードから、秒で「文化祭の出し物レベル」に転落するその様は、イサクにとってはもはやお笑いショーであった。


 ――お嬢wwwそうですかwwwそうですかwww


 洞穴の中には、腐臭を放つほどに積み上がったコウモリの糞が山を成していた。

 その黒々とした塊の上に群がるのは――無数の虫。

 白く細長い幼虫が蠢き、甲虫の外殻がカサカサと擦れ合う。翅音と共に飛び立った虫が頬に触れ、ざらりとした脚が這い回るたびに、背筋に冷たい悪寒が走る。

 暗闇に響くのは、羽音と、何かを食い破る湿った咀嚼音。

 ひとたび目にすれば、ウジャウジャとしたその生き物の洪水に、生きた心地など抱けるはずもない。


 だが、ビン子は眉一つ動かさず、洞穴を突き進んでいた。

 その視線の先を導くのは――『美女の香りにむせカエル』の鳴き声。

「げろ! げろ! げろ!」

 洞穴の入り口から流れ込む、権蔵の鼻にこびりついたような濃密なおやじ臭。

 それを嗅ぎ分けたカエルは、群がる虫の気配など意にも介さず、次々と分かれ道を鳴き示していくのだった。


 それに従って、ビン子は懸命に走った。

 分かれ道の前で立ち止まることもなく、ただ声の導くままに。

 だが、洞穴の岩肌は濡れて滑りやすい。

 幾度となく足を取られ、そのたびに転んでは、地面に積み重なったコウモリの糞に体を打ちつける。

 黒く汚れた衣が重たく肌にまとわりつく。そこに、糞の間から湧いた虫たちが這い上がってくる。


 ――これは蝶! 蝶なのよ! 蝶に決まってる!


 暗闇に紛れて姿は見えない。だからこそ、そう思い込むしかない。

 だがその闇は同時に、見ずにすむものまで覆い隠していた。

 岩陰に潜む、凶悪な災厄の存在を。


 それは、オオボラの後を執拗に追いすがる魔物だった。

 下半身は無数の脚で這いずり、地面を這う。だがその上に、猿のような胴体と顔が乗っていた。

 顔は理性を失ったかのように歪み、涎を垂らし、歯をカチカチと鳴らす。

 湿った嗤いが喉の奥から漏れ、冷たい眼が暗闇を切り裂いた。


 小門を越えて聖人世界へ這い出そうと幾度も試みたが、珍毛によって阻まれてきた憎悪の塊。

 ――許さぬ……必ず、いつか……シコ!


 緑に濁った眼が、はぁはぁと息を切らせ駆けるビン子を捉えた瞬間、猿顔がにたりと歪み、無数の脚がぞわりと音を立てて動き出す。

 暗闇の奥から忍び寄るその姿は、もはやただの捕食者ではない。

 それは執念そのもの、呪いそのもの――災厄の具現だった。


 ――雌……そうだ、雌だ……シコ! シコ!


 喉の奥から漏れる声は低く湿り、涎は糸を引いて滴り落ちる。

 その執着は、単なる捕食本能を超えていた。

 暗闇そのものが「欲望」と「怨念」を孕み、ビン子へと迫る。


 珍毛の触手は雌を襲わない。しかし、体臭をなぞるかのように伸びる忌まわしい触手。

 だが今、その気配は皆無。

 バタン、と転ぶ音にも反応せず、魔物は岩陰からにじり出す。

 ――まずは、あの雌から食らうか……シコ!

 視線が、ビン子に絡みついた。


 だが、そんなことを露ほども知らないビン子は、必死に走る。

 歯を食いしばり、何度転んでも立ち上がり、ただ出口だけを目指して。


 そして、暗闇の先に、かすかな光が差し込んだ。

 ――出口だ!


 胸の奥に残っていた力を振り絞り、ビン子は暗闇から一気に駆け抜ける。

 眩い光が、闇に慣れた目を容赦なく焼いた。

 世界が真っ白に弾け、何も見えないまま足が空を切る。


 そのまま体は、がけ下へゴロゴロと転がり落ちた。

 やがて地面に叩きつけられ、うつぶせに倒れ込む。


 ハァ、ハァ、と荒い息がもれる。

 肺は焼けつくように苦しく、喉は砂をかまされたように乾いていた。

 ――やっと……外に……。


 光の下で、ビン子は必死に大きく息を吸い込んだ。


 そんなビン子の頭のてっぺんから、ひとつの影がつつつ……と下りてきた。

 前髪をかすめ、そのまま視界の端にすべり込む。


 ――な、なに?


 虫は地面に落ちると、カサリと音を立てて歩き出した。

 ビン子の目は、その小さな背中に釘付けになる。


 黒茶色のつやめいた外骨格……

 異様に速い、あの切れ味あるステップ……

 あれ? なんか、台所で見たことあるような……。


 虫もまた、こちらの視線に気づいたのか、動きをピタリと止めた。

 触角をピクピクと揺らし――おもむろに振り返る。


 視線が絡み合う。

 ……目と目が通じ合ったような気がした。


 その瞬間、ビン子の目が点になった。

 ――まさか……こいつは……!


 脳裏に台所の惨劇がフラッシュバックする。

 ――こいつは……ゴ、ゴゴゴ……ゴキブリィィィッ!!


 ということは――さっきから全身をモゾモゾしていたやつは……!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 分かっていた。心のどこかで、とっくに分かっていた。

 アレが蝶なんかじゃないってことぐらい……!

 暗闇では「これは蝶!」と自分を騙せても、白日の下じゃ無理!

 現実はゴキブリ! 体の細胞一つ残らずが「きょ絶」の悲鳴をあげる!


 ビン子はバネ仕掛けのように飛び上がり、全力でバシバシッと虫をはたき飛ばした!

 パシーン! パシーン! まるで盆踊りの乱舞!

 飛んでいくゴキ、はじかれるゴキ、服のすき間からニュルッと出てくるゴキ!


「ひぃぃぃぃっ!! やめてぇぇぇぇぇっ!!」


 だがまだ、服の中にも潜んでいる気配……!

 背中を這うぞわぞわ感! 袖口からカサカサ音! 胸元でモゾモゾッ!?


「ぎゃああああああああっっ!! じいちゃぁぁぁん!! 助けてぇぇぇぇぇ!!!」


 パニック全開のビン子は、体中をバシバシ叩きながら、虫と一緒に絶叫をばらまき――そのまま森の奥へ全速力で駆け込んでいった。


 そんなビン子のすぐ横で、イサクと真音子はぴたりと身動きが止まった。

 小門の前で、入るか入らぬか押し問答をしていた二人の前に、ビン子が弾丸のように飛び出してきたのだ。


 油断していた。

 真音子も、確かに油断していた……。


 ……だが、それどころではなかった。


 目の前で、ビン子が全身についた虫たちをバシバシとはたき落とす。

 ピュンピュンッ、バタバタッ! 飛び散る虫の嵐。

 大小さまざまなゴキブリも混ざって――まさに虫カーニバル!


 一瞬、真音子も固まったように見えた。

 だが、ゴキブリ程度ではびくともしない。

 仕事柄、腐った死体の下から這い出るゴキブリなど、真音子にとっては日常茶飯事。

 慣れっこのはずだった。


 ……その瞬間までは。


 一匹の虫が、真音子の顔に――ピトッ!


 全身が凍りつく。

 ――これは……アイツ……!

 毛穴という毛穴に電流が走る。心臓は逆流しかけ、思考は真っ白。

 ――これ……だけは……絶対に……ダメ……!


 ひきつる顔の上を、細長くうねる生体が這い回る。

 無数の長い足が、まるで宇宙生物かのように異様なシルエットを描く。


 そう、正体は――ゲジゲジ!

 ムカデと違い毒はない。むしろゴキを食べる益虫様。


 ――そんなことは、分かっている!

 分かっているのだが……


 ――嗚呼、もうダメだ!


 ついに、真音子の喉から悲鳴が絞り出された。

「ゲジゲジだけは、絶対にイヤァァァァ!!!!!」


 嫌い、というレベルではない。

 もう、これは……天敵である。

 全身の毛穴が逆立ち、理性は吹き飛び、心臓は警報を鳴らす。

 真音子にとってゲジゲジ――それは、存在そのものが災厄なのだ。



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