この出会いがなければ…(4)
それは魔人騎士ヨメルの攻撃。
いくらその身に魔装装甲をまとっていても、おそらく貫通するだろう。
だが、その触手は弾かれた。
カン! という甲高い音共に上空に跳ね上がると、一目散にヨメルへと引き戻る。
そう、ジャックの前で円刃の盾が光を散らしていたのだ。
低く構えるカルロスがヨメルの触手を跳ね返す。
「教官!」
ジャックは安どの表情を浮かべた。
「油断するな! 聖人国のフィールド内と言えども、奴は魔人騎士!」
さらに腰を低くしたカルロスの目がヨメルを睨み付けると、盾を両の手でしっかりと支えた。
だが、ヨメルは余裕の様子。
「その盾は簡単には砕けそうにないの……だが、これはどうかな?」
ヨメルの口が大きく開くと、大きく息を吐き出した。
口から滝のように流れ落ちる息が、まるで紫の滝のように流れる。
空気よりも重いのか、浅き地面の上を滑り広がる。
咄嗟に口を押えるカルロス。
「毒か⁉」
「逃げようぜ! 教官!」
「ここで我らが引いてどうするというのだ!」
「毒はムリだって! 毒は!」
カルロスの背後で泣き言を散らすジャック。
カルロスは、とっさに懐から小瓶を取り出すとジャックに投げ渡す。
「この毒消しでも飲んでおけ!」
受け取るジャックの顔はパッと明るくなった。
「もしかしてこの毒消しでヨメルの毒は無効化できるのか!」
だが、カルロスは、ヨメルを睨み付けたまま。
「……幸い今、この門内にはエメラルダ様が来られている」
「だから何だって言うだよ! 教官!」
「それまで、毒を耐えしのげばよいだけのことよ!」
「えぇぇぇ! もしかして毒の効きを遅くするだけっすかぁ!」
カルロスもまた別の小瓶を取り出して、グッと飲み干す。
「行くぞ! ジャック!」
盾を構えたカルロスが駆ける。
「はぁぁ? マジでシャレにならないっすよ!」
仕方なくジャックもまた小瓶を飲み干すとカルロスに続いた。
紅蘭は森の奥へと逃げていた。
だが、その走りは歩くのよりも遅い。
夫を引きずるように抱えて進む紅蘭の息は小刻みに切れている。
と言うのも、すでに紅蘭の体の感覚はヨメルの毒によって失われていた。
思うように動かない足。
にじむ視界。
だが、これでも、まだましなのだ。
ヨメルが毒を吐き出した瞬間、夫の体が紅蘭を庇うように覆った。
そのため毒の直撃は避けられたのである。
だが、そのせいで夫の背中は溶け落ちて白きろっ骨をあらわにしていた。
肩に抱える夫の腕は、先ほどから紅蘭の歩調に合わせて力なく揺れるのみ。
力の入っていない夫の体が重く感じられる。
おそらく、もう、死んでいるのだろう。
だが、その事実は受け入れがたい。
なぜなら、夫の肌にはまだかすかにぬくもりが残っているのだ。
――治療すれば……治療すれば……きっと大丈夫……
冷えゆく夫の肌に恐怖を感じながら紅蘭は思った。
だが、そんな紅蘭もついに力尽きた。
げぼぉぉ!
吐き出される汚物。
紅蘭の膝が地面につくのと同じくして、夫の体がまるで人形のようにころりと転がる。
仰向く夫の体は動かない。
それどころか、その体の下からは、赤き花がみるみると大きく広がっていくではないか。
汚物にまみれた紅蘭の口からは嗚咽が漏れる。
口を拭くこともままならない。
――夫はまだ生きている……
一心にそれを信じて手を伸ばす。
だが、体を支える力さえ、すでに失った紅蘭の四肢。
たかが一本の支えを失っただけで脆くも簡単に崩れ落つ。
ついに紅蘭の顔もまた、地面に吐き出された汚物の上へと転がった。
汚物にまみれたその瞳。
かすれゆく視界に手を伸ばす。
残る力を振り絞り、固く地面を掴みとる。
目の前に横たわる夫の体が、こんなに遠い。
地面に食い込む爪先が次々と赤く裂けていく。
だが、必死に抗った。
少しでも前へ
少しでも夫の元へ
まだあの人は生きている……
――あなた……
夫に向かって伸ばす指先が小刻みに震えていた。




