この出会いがなければ…(3)
「危ない!」
蘭華蘭菊の父は紅蘭を守るように覆いかぶさった。
その背中がみるみると溶けていく。
ぐおおぉぉ!
悲痛な叫び声を発した夫の顔を見上げる紅蘭の目。
何がおこったのか分からないまま大きく見開かれ、小刻みに震えていた。
ナメクジの魔人は次々と、輸送隊に向かって毒を吐く。
ナメクジの魔人に続く魔人たちも乱入し、人間どもを襲っていく。
「開血解放!」
護衛についていた魔装騎兵たちが異変に気付き駆けつけた。
「お前は! 魔人騎士ヨメル! なんでこんなところに!」
黒き魔装装甲をまとう魔装騎兵たちの足が止まった。
ココは、聖人世界のフィールド。
そのフィールドのド真ん中である。
前線である魔人世界との境界近くならいざ知らず、こんな聖人世界の奥深くに魔人たちが現れたのだ。
しかも、いるはずのない魔人騎士までもが目の前にいる。
だが、それでも、現実にいるものはいるのだ。
「限界突破!」
魔装騎兵たちは神民スキルを発動させる。
相手は魔人騎士と言えども、ココは聖人世界のフィールド内、ならば不死ではありえない!
一気呵成に襲い掛かる魔装騎兵たち。
だが、勢いは止まる。
その前に数人の神民魔人たちが立ちふさがっていた。
「ヨメル様、ココは私たちにお任せを」
「うむ。頼んだ」
辺り一面に吐き出されるヨメル毒。
見る見るうちに、森の緑が色を失っていく。
その様子を空の上から眺める女。
孔雀の魔人であるミーキアンが、翼を伸ばし空を飛んでいた。
数時間前、ヨメルから索敵を依頼されたミーキアン。
ミーキアンの城に尋ねてきたヨメルが、なにやら怒っている。
とある人間と取り決められた取引がいっこうに履行されないらしいのだ。
しびれを切らしたヨメルは催促と称して、第一の門の聖人国フィールドに攻めこむと言い出した。
だが、駐屯地は聖人世界のフィールドにある。
いかにヨメルが魔人騎士であったとしても、ただでは済まない。
返り討ちにあう可能性も否定できないのだ。
なら、手薄な補給部隊などはどうであろうか。
だが、広い荒野を行き来する輸送体を見つけることは難しい。
しかも聖人世界のフィールド内で待ち伏せなどしていれば、逆に人間たちの襲撃を受けてしまうことになりかねない。
そこで、空高く飛ぶことができるミーキアンに輸送部隊の場所を探ってもらっていたのである。
ミーキアンから補給部隊の居場所の連絡を受けたヨメル。
「うちもらいした人間は適当に狩ってくれ。食うなりいたぶるなり好きにしてよいぞ」
そう言い残すと、森で休んでいる補給部隊をピンポイントで襲撃したというわけだ。
ヨメルの吐き出す毒で、森が枯れていく。
魔人たちが、逃げ惑う人間たちに食らいつく。
輸送隊を守るべき魔装騎兵は、今や地面に転がっていた。
ヨメルの側近である神民魔人たちによって、魔装騎兵はすでに倒されていた。
人々は恐怖する。
もう、自分たちを守ってくれるものは誰もいないのだと。
人々は我先に争うように森の中へと駆け込んだ。
ココは荒野のフィールド。
身を隠せるところなど、ほとんどない。
唯一隠れることができるのが、目の前の森なのだ。
だが、その森もヨメルの毒によって枯れていく。
「千波万波!」
「日月星辰!」
大きな叫び声と共に、魔人たちが砕け散る。
駐屯地から援軍の魔装騎兵たちが駆けつけたのだ。
だが、その援軍が目にしたのは、魔人騎士ヨメルとその主力部隊。
援軍として駆けつけた魔装騎兵ジャックが叫んだ。
「カルロス教官! この数、俺たちだけで押さえらるのか?」
「ジャック! しゃべっておると舌を噛むぞ!」
カルロスが、円刃の盾で魔物たちの攻撃を防ぎきる。
おそらく、中年の後半と言ったところ。
まだまだ脂がのった働き盛り。
「大体、こういう時こそ、まず、わが身をもって人々を守る! 授業で教えただろうが!」
「しかし、魔人騎士ヨメルまで出張ってきてるってシャレになってないぞ!」
まだ、この頃のジャックは若い。
半分涙目のジャックは必死で荒波の剣を振っていた。
そんな二人の前に、ヨメルが立ちふさがる。
「お前たち、少しはできるな……」
ヨメルから伸びる触手が、ジャックに向かって一直線に伸びた。
だが、実戦経験の浅いジャック、魔人騎士の気迫に飲まれ動けない。
――やられる!
ジャックは覚悟した。




