カウボーイの盗賊(4)
「逃がすかァァ!」
ハトネンは、主賓室を飛び出して、観客席に降りた。
しかし、観客席には魔物バトルを見ようとする観客が多く座っている。
そんな観客たちの上に、巨大なネズミが降ってきたのだ。
当然、その落下の足元にいた何人かの魔人たちがブチッとつぶれたのは言うまでもない。
そして、そのつぶれた魔人どもが、どこぞの神民魔人でないことを、今は祈るしかない。
というのも、もし仮に、ここで死んだのが神民魔人であれば、その主である魔人騎士と、ハトネンの関係はこじれかねないのだ。
魔人世界においても、聖人世界同様、騎士が持つことができる神民の数には上限がある。
この上限に達すると、騎士は神民を増やすことができない。
したがって、多くの騎士たちは、計画的に神民数をコントロールしているのである。
神民の生気を糧として、不老不死や、騎士の盾を使う騎士にとっては、その源が失われることになるのだから、当然、怒りは相当な物なのだ。
だが、今のハトネンにとっては、そんなことはどうでもよかった。
今は、自分のお楽しみを邪魔した泥棒ネズミを食らう事だけしか考えていなかったのだ……って、自分もネズミですけどね。
ハトネンは、すぐさま逃げるダンディを追いかけて観客席を突進した。
阿鼻叫喚の地獄絵図!
ハトネンに踏みつぶされまいと、観客たちは四方八方に逃げ惑う。
もはや、観客席は混乱状態。
逃げ惑う魔人たちが、互いに互いを踏みつけあって大惨事になっていた。
しかも、ハトネンが走り回ることによって、その混乱の波が縦横無尽に観客席を走り回っているのだ。
とても収拾がつかない。
ハヤテは、グレストールを睨み付け唸っていた。
その背後にはタカトが震える。
すでにダンクロールと、その騎手を食べ終わった2つの首も、タカトハヤテを狙いに鎌首を上げ舌をピロピロと出していた。
ハヤテは思う。
3つの首を前にしては、逃げようがない……万事休すか……
そんな時であった。
観客席の上段にある主賓室から、巨大なネズミが飛び出したのである。
大きな悲鳴が上がる。
観客席を縦横無尽に走り回る巨大なネズミ。
その騒動に、グレストールの気が反れた。
三つの首が、何事かと観客席を覗いているのだ。
今だ!
ハヤテは、タカトの首根っこに噛みつくと、自分の背の上へと放り投げた。
そして、一気に走り出す。
一瞬、遅れてグレストールの頭が反応した。
逃がすまいと、三つの首が、ハヤテたちを襲う。
頭上から落ちる大きな口。
上目づかいで確認するハヤテ。
よける場所がない。
左右、上空、どこに逃げようが、その先には3つの口いずれかが待っている。
ハヤテは、うなる。
タカトは、ハヤテの背で叫ぶ。
「いけぇぇぇぇ! ハヤテんて!」
そんな完全に詰んでいるこの状況と、知ってか知らずか……
もしかして、コイツ、怖すぎて、目をつぶっているとかじゃないよね……
だが、ハヤテも走るしかない。
今更止まったところで食われるのは同じこと。
ならば、少しでもグレストールの隙を見つけて走り抜ける。
できることは、生き残る可能性をあきらめないことだけであった。
だが、赤色の肉と舌がハッキリと見えてくるグレストールの口は、確実な死を表していた。
だんだんと大きくなる口とは裏腹に、生き残る可能性はどんどんと小さくなっていく。
ハヤテの足が、力なくスピードを落としていく。
ハヤテの本能が、意思とは関係なく、直前の死を理解し、あきらめた。
いや、すでに、そんなことはハヤテには分かっていた。
だが、あえて、強い意志を持ってグレストールへと突っ込んだのだ。
しかし、いざ、死を目の前にすると、はやり恐怖が襲う。
ハヤテは、とっさに目をつぶった。
己が死の痛みを少しでも耐えられるようにと、頬の肉に力を込めた。
ハヤテの背に乗るタカトは襲い来る恐怖に耐えるため、目を固くつぶっていた。
目を閉じていたら、死の瞬間を実感しなくても済むかもしれない。
体の痛覚が痛みを感じた瞬間に、死んでいるかもしれないのだ。
タカト自身も、既に死を覚悟しているのかもしれない。
いや、レースが始まった時から、終始こんな調子だったかも。
そのため、先ほどからタカトの閉じたまぶたは、その力のためにプルプルと小刻みに揺れ、さらに、奥歯までギリギリと音を立てていた。
そんなタカトの頭を誰かがポンと叩いた。




