気づいてあげられなくて……ほんとうに、ごめん……
「ワシの持つ神の恩恵で、この魔物たちをすべて駆逐してやる!」
――すべて、だと?
スライムをこねるタカトの手がぴたりと止まった。
このホールには、おそらく万をこえるクロダイショウやオオヒャクテがうごめいている。
――それを、このババア一人で? できるわけがない!
――この天才の俺でさえ、この数をさばくには『スカートまくりま扇』で吹き飛ばすくらいしか思いつかねえ!
確かにアレなら、目の前の魔物くらい軽くぶっ飛ばせる。
だが本来は女の子のスカートをめくるための道具であって、魔物退治の武器じゃない。
全力であおいでも、何匹かは必ず生き残る。
それほどの数を前にして……このババア(ただしタカトの股間フィルターでは美魔女認定済み)は「すべて」と言い切ったのだ!
――ていうか、『スカートまくりま扇』どこ行った?
あれさえあれば、生気を差し出さずとも逃げ切れるのに!
――あ……あれ……ビン子のカバンの中か……。
って、さっきビン子が使って、そのまま持って行きやがった!
使えない! 『スカートまくりま扇』が使えない!
というか、ビン子! ほんっっっと使えねえ!
――仕方ねえ……このババアができるって言うんだ。なら、ご機嫌をとって魔物をなんとかしてもらうしかない!
タカトは再び胸の前でスライムをコネコネしながら、必死で媚びへつらった。
「さすが神様! そんなことができるなんて! ヨッ、神様! ミズイ様!」
――プライド? そんなもので助かるなら、プライドチキンにでもなんでもなってやるわい!
タカトのプライドは、とうに地に落ちていた。
だがミズイは少々困ったような表情を浮かべる。
「しかし、それをやると、わしの生気は尽きてしまう」
いやいや、このもの欲しそうな上目づかい……!
ベッドの上でなら興奮度MAXだが、この場で見ればどう考えても「なにか企んでます」感まる出しの確信犯の目である。
――あざとい!
タカトは思わず股間がブルッと震えた。
「……ということは、また、ミズイ様はおばあさまの姿に戻られるのですか……?」
目の前にいるのは、たわわなスイカ巨乳を抱えた美魔女。
年のころはアラサー、芸能界に放り込めば余裕でアイドル活動ができそうな美貌だ。
それが――また、あのシワだらけのババアに戻るとなれば、もったいなさすぎる。
タカトは名残惜しそうに、目の前のミズイの胸に刻まれた深い峡谷を凝視した。
ミズイは胸を引っ込めるでもなく、大きくため息をつく。
「はぁ~……まぁ確かに、ゆっくりと生気が減れば老いで帳尻を合わせられる。じゃが……大量の生気を使えば、一発で荒神確定じゃろ」
そう言いながら、わざとらしく胸を覆う布を指先でめくるのだ。
――さも、この胸が惜しければ生気を差し出せ、とでも言いたげに。
「ほう……荒神ですか……それは大変ですね……」
だがその声に、真剣味はまるでない。
鼻の下を伸ばしきったタカトは、胸を隠すローブの端を斜め下からのぞき込もうと身を右に左によじっていた。
――あと少しで、スイカたんの上にちょこんと乗ったイチゴたんが拝めるのに!
だが――あと数ミリというところで見えない!
まだ本命のイチゴたんのご尊顔を拝めていないというのに、このスイカたんを吉本新喜劇の「和子ばあちゃん」みたいなたれ乳にしてしまっていいのか……?
――いや、よくない! いいわけがない!
だが先ほどのように生気を吸われれば、また耐えがたい睡魔に襲われてしまう。
たとえ魔物の脅威が去っても、ミズイの恐怖は消えない。
この女神――どこか信用できないのだ。
――素直に「生気をどうぞ」なんて、できるか? できんだろ! さてさて……これは困ったぞ。
そのとき、タカトは胸に抱えた女の子の存在を思い出した。
――そういえば……このぷよぷよとした頬の感触……これは幼女の感触!
ならば、あふれんばかりの生気を秘めているのではないか?
タカトはおそるおそる腕の中をのぞき込む。
だがそこにあったのは――女の子ではなく、ただの青い塊だった。
――これは……なんなんだ?
どう見てもスライムである。
汗がさらに噴き出す。
意味が分からない。助けたのは女の子のはずなのに……。
……っていうか、今さら気づくなよwww お前www(作者、心のツッコミ)
思考停止したタカトは、スライムを両手に抱え、グイッとミズイの前に突き出した。
「この女の子の生気では、どうでしょうか?」
ミズイが固まる。
どう見ても女の子ではなく……
「ただのスライムなのだが……」
だが、タカトは真顔で答える。
「ただのスライム? いえ、そんなことはございません! これは幼女です!」
言い切った! はっきりと幼女と言い切ったwww
まぁ、タカト本人、スライムということは言われなくても理解している。
だが、ここでスライムだと認めることは、すなわち自分の生気が吸われることを意味する。
――それだけは避けたい。
ならば!
――無理を承知で! 推して参る!
「そうか……」
ミズイの言葉は一拍遅れ、悔恨がにじむ。
彼女はスライムを見つめ、胸に手を当てた。
――アリューシャ……ここにいたのね……今まで気づいてあげられなくて……ほんとうに、ごめん……
ミズイの瞼の奥に、かつての記憶がよみがえる。
年老いた彼女は、ボロボロの身体を引きずりながらアリューシャとマリアナを探し続け、ついに小門の洞穴へと辿り着いた。
中は巨大な空洞。
壁一面を命の石が覆い、眩い輝きを放っていた。
老化で限界を迎えつつあった身体。
命の石の輝きは、失われた力を取り戻す唯一の救いに思えた。
唇を重ねかけたその瞬間――全身を震わせ、嗚咽がこみあげる。
「この生気は……アリューシャの……」
涙がとめどなく溢れ出す。
ミズイは辺りを懸命に探すが、アリューシャの姿は見つからない。
ただ、中心の大穴の底で、無数のクロダイショウとオオヒャクテが黒い水面のようにうごめいていた。
だが、この時、この黒い水底に青きスライムがいたことに気づけなかった。
あまりにも、気配が小さすぎたのだ。
――ここでアリューシャは消えた……荒神爆発で……
だが、壁を覆う命の石は、彼女の生気の結晶体。
ミズイは石から生気を吸うことができなかった。
吸えば、妹を自ら喰らうことになるから。
洞穴を後にする際、ミズイは残った力で小門を森の奥に隠した。
――ここは……私の妹が眠る場所……だれにも触れさせない……
……そして今、再びその空洞に立つ。
若き姿を取り戻したミズイの唇は噛みしめられ、震えていた。
零れそうな涙をこらえるように、天を仰ぐ。
――こんなにも近くにいたのに……あなたのかすかな気配を見落としていた……
震える指先をスライムにのばす。
――ごめんね……アリューシャ……長い間……独りにしてしまって……本当にごめんね……
ぷるりとした感触の奥に、かつて感じた懐かしい温もりがある。
――ああ……アリューシャだ……ようやく会えた……こうして、もう一度……あなたに触れられた。
ミズイは涙をこらえつつ、それでも安堵の笑みをタカトに向けた。
「……そうか。お前には、それが幼女に見えるのだな……」




