スネークホイホイ作戦(3)
必死に走るタカト顔面は、鼻水を流しながら震えていた。
人の死体とはいえ、それをグレストールに投げつけるなど、その行為が人道的に許されるのだろうか。
いや、もはや許されるとか、許されないとか、そんな次元の問題ではなかった。
目の前にそびえ立つ三頭蛇のグレストールを何とかかいくぐらないといけないのだ。
さもなくば、グレストールに食われるか、途中棄権として魔物バトルの主催者に食い殺されるかのどちらかなのである。
いまさらながら、タカトは魔物バトルに参加したことを後悔していた。
だが、参加すると決めた時はヒマモロフの油の興奮作用のために、ちょっと強気になっていたのだ。
いや、違う。
それは、いい訳だ。
やっぱり、エメラルダの黄金弓を取り返したかったのだ。
その黄金弓は、カルロスが人魔収容所に入れられてまで必死に守ろうとした弓。
エメラルダは、その弓を手に取った瞬間、泣き崩れる。
タカトの目には、その弓が特別な存在に映るのだ。
そんな大切な黄金弓が、この魔人世界に入ったとたんにゴリラの三兄弟に奪われた。
これもそれも、タカト自身が不甲斐ないせいなのかもしれない。
もっと自分が強ければ……タカト自身、そう思わないこともない。
だが、強くなりたいと思うだけで強くなれるのであれば世話はない。
そう簡単に強くなることなんてできないのはタカト自身がよく分かっている。
だからこそ、親の仇であるディシウスですら、本気で仇討をしようと思っているのかどうかが自分自身でも分からなくなる時があるのだ。
でも、今は違う。
今は、ハヤテがいる。
二人で協力すれば、エメラルダの黄金弓を取り返すことができるかもしれないのだ。
だが、取り返すためには、どうしても優勝するしかない。
そのためには、どちらかが生き残ってゴールに到達すればいい。
ハヤテのスネークホイホイ作戦はまさにそうだった。
だが、走る風を受け鼻水を背後へと飛ばすタカトは、ふと気が付いた。
――俺って……騎手だよね……騎手だけゴールしても意味ないんじゃね?
と言うことは、ハヤテがゴールしないと優勝しないんじゃね?
残った首が、ハヤテを襲って食っちまって、俺だけ、生き残っても仕方ないんじゃね?
もしかして、ハヤテの奴はそのことに気が付いていないんじゃね?
――どうすんだよハヤテ!
って……タカト君……その自分だけは食われないという自信はどこから来るのでしょう?
しかし、すでにグレストールめがけて走り出した二人は止まれない。
タカトもハヤテも互いに、グレストールの撒き餌を抱えて突っ走る。
近づくグレストールの鎌首がチロチロと舌を出しているのがはっきりとよく見えた。
タカトの背に、まだ残る奴隷兵の体温が伝わってくる。
二人は、グレストールの懐に飛び込んだ。
グレストールの三つの首が、勢いよくタカトたちに向けて落ちてくる。
今だ!
ハヤテは、ありったけの力を込めて首を振る。
突っ張る前足、支える後ろ足にダンクロールの体重がかかってくる。
首のないイノシシの体が、勢いよく飛んでいく。
グレストールの一つの首に向かって一直線に。
一方、タカト君。
グレストールの前までダッシュしたのはいいが、頭上に迫りくる巨大な蛇の頭に恐怖した。
ひぃぃぃぃいぃ!
その瞬間、背に抱えた首の無い奴隷兵をその場に捨てて、キビスを返す。
体を反転させて、トラックを逆走!
グレストールから逃げ出していた。
おいおい……
グレストールは、飛んでくるダンクロールの体を一つの口でキャッチすると、モグモグと飲み込み始めた。
そして、地面に転がる奴隷の死体を見る。
まだぬくもりの残る体。
生気がやどる心臓は残っている。
グレストールの二つ目の首が、その奴隷を咥えた。
ここまでは、スネークホイホイ作戦の通り。
グレストールの二つの口が、まんまとふさがったのである。




