魂の融合実験(4)
四週間、繭の変化を見逃すまいと、まったく寝ていないディシウス。
さすがに睡魔が襲ってくる。
だが、そんな自分の頬に拳骨を入れる。
そのせいか、ディシウスの胸元は口から流れ落ちた血で汚れていた。
一体今までに、その行為を何度、繰り返したのであろうか。
その服につくシミは、赤黒くなったものから先ほど流れた真っ赤なシミまで様々な色を呈していた。
その拳骨の勢いに首を振るディシウス。
すでに緑の目は血走り、その下には、大きな黒いクマができている。
繭に変化がない以上、ディシウスもまた変わらない。
何もすることが無い生活。
変化のない時間。
それは、ディシウスの精神を確実にむしばんでいた。
すこし、気を抜くとディシウスの頭が上下する。
それを嫌うかのように、また懸命に首を振る。
そんな繰り返しが何度も続いていた。
しかしだが、やはり限界か。
ディシウスの視界が、だんだんとぼやける。
そんな時、緑の液体に、小さな小さな気泡が一つ上っていく。
米粒よりも小さな泡だ。
その泡が、繭からゆっくりと上っていったのだ。
天に上るかのようにゆっくりと緑の液体の中を揺れながら昇っていく。
その気泡が上部まで達し、何事もなかったかのように消えた。
ほんのささやかな変化。
本当に、それだけの事である。
だが、ディシウスはその様子を見逃さなかった。
今まで何の変化もなかったまゆから、小さな小さな泡が出たのだ。
死んだのではないかと思われるほど、何の変化も見られなかったまゆから泡が出たのだ。
生きている!
ディシウスは立ち上がった。
しばらく動かしていなかったせいか体が重い。
歩き方すら忘れているかのように、足が思うように動かない。
だが、ディシウスは、体を引きずるかのように、カプセルのもとへとゆっくりとすり寄った。
カプセルに手を付けるディシウス。
顔を近づけ、繭の様子をしっかりと確認する。
しかし、何も変化がない。
いつも通り、静かなまゆがそこにはあった。
カプセルに額を押し付けるディシウス。
目を固く閉じるディシウスの口角が、小刻みに揺れている。
カプセルに触れた手が、泣くことを耐えるかのように硬く握られていた。
――ソフィア……
変らない繭は、すなわち、ソフィアの死を意味する。
それを受け入れなければならないのかとディシウスの体が、ずり落ちていく。
このままソフィアは二度と、目を覚ますことはないのだろうか……
ディシウスの手が、床についた。
――俺は、どうすればいいんだ……どうすれば……
ディシウスは、握ったこぶしを力いっぱいに床にたたきつけた。
ドン!
その時であった、繭から無数の気泡が浮かび上がった。
今まで繭の中にため込まれいたのだろうか、緑の液体が、気泡によって白く泡立って行く。
先ほどまでしーんと静かだった部屋の中に、気泡がはじける音が、ゴボゴボと響き渡っている。
ディシウスの涙をたたえた目が、その様子を呆然と見上げた。
その気泡は、どんどんと数を増していく。
それとともに、繭がゆっくりと割れていく。
ついにその裂け目から、手がのぞく。
その手が、その裂け目をさらに押し広げていった。
繭の中にたまっていた空気が一気に解放され、大きな気泡を作った。
まるでクラゲのような大きな泡が、ゆっくりと揺れながら昇っていく。
手によって、広げられた裂け目から紫色の髪がはい出した。
その髪の色、まぎれもなくソフィアの色だ。
見上げるディシウスは、叫んだ
「ソフィア!」




