裏切り(8)
神の恩恵によって次々と魔物たちをハトネンへと突っ込ませていたマリアナが急にガクリと膝をついた。
四つん這いになった手が、黄色い砂漠の砂を固く握る。
肩で激しく息をするマリアナの青き髪から、大量の汗がぽたぽたと落ちていた。
アガガガガアァァァ!
うつむくマリアナから、獣のような雄たけびが発せられると、自分の頭を激しく砂地へと叩きつけ始めた。
何度も何度も激しく上下する頭は、まるで獅子舞。
汗でぬれた青き髪が、砂を抱き寄せては、跳ねあげる。
遂に、その獅子舞の頭が、地面に頭を突っ込んだまま動きを止めた。
何がおこったのか分からぬハトネン。
その様子を呆然と見つめる。
そんなハトネンの耳に、乾いた笑い声が入る。
一体どこから?
どうやら、その笑い声は、目の前で砂に頭を突っ込んでいる女からのようである。
アハ……アハ……アハッハハハハ
無機質な笑いを浮かべるマリアナが、まるで操り人形が引き上げられるかのように、無気力にスッと立ち上がった。
だらんと垂れ落ちる両腕と頭。
その頭からは青い髪が垂れ落ち、マリアナの表情を隠していた。
ハトネンは思う。
遂に荒神になったか?
それとも、気でもふれたか?
というか、気味悪いんですけど! これ!
何とかして誰か!
ハトネンの目の前の青い女の髪が、パッと振りあがり、その下に隠した顔を現したかと思うと、まるで首の座っていない赤子のようにカクンと横に傾いた。
まるで、首が折れたかのように、頭が肩の上で真横になっている。
肩の上で縦に並んだ二つの目が裂けんばかりに大きく見開かれ、ハトネンをにらんでいた。
だが、その目の中の二つの赤黒い瞳は、どこを見る訳でもなく、先ほどからクルクルと忙しそうに動いている。
そして、いまだに口からは笑い声。
ケタケタと、大きく開けた口からよだれを垂らしながら笑ってい続けている。
ハトネンの前に立ち尽くしたまま、白いドレスの女は笑い続けるのみであった。
ひぃぃぃっぃ!
騎士の盾の中で、マリアナの様子を伺っていたハトネンの顔が、恐怖にひきつった。
これはヤバイ……
やばい女や!
触れたらいかん女や!
この女、完全に荒神化しおった。
おそらく意識はすでに、消し飛んでいることだろう。
もう、あの女の意識に、言葉はもう届くことはないに違いない。
あの状態になれば、ソフィアの持つ荒神の浄化でも、浄化しきれないかもしれない。と言うことは、荒神爆発は避けられないという事か。
なら、どこか使っていない小門の空間に押し込めないと、この空間が消し飛んでしまうではないか。
かと言って、今から小門に閉じ込めるだけの時間は無いだろう。
やはり、もう、この騎士の門内で荒神爆発は避けられない。
このフィールド内の全てが消し飛んでしまう。
聖人国のフィールドのあらゆるもの。
魔人国のフィールドのあらゆるもの。
全てが消し飛ぶ。
ヤバイよ! ヤバイよ! ヤバイよ!
マジでヤバイよ!
ハトネンは、騎士の盾を広げたまま、魔人国の騎士の門、すなわち、魔人国の内地の方角へと体を反転させた。
側で立ち尽くしていた魔人たちが、ぼそぼそとする声で、ハトネンに尋ねた。
「ハトネン様、どこに行かれるのですか……」
つい先ほど、長い夢から覚めたかのように魔人たちの頭は、ぼーっとしていた。
先ほどまで、ハトネンの騎士の盾に、自ら突っ込んでいた魔物と魔人たちは、マリアナが笑いだすとともに、その動きを止めていた。
マリアナの誘惑が解けたのであろう。
先ほどから、ぼーっとする意識を振り払うかのようにそれぞれが頭を振っている。
意識が戻った魔人たちの、視界がゆっくりと見開かれていく。
そのぼやけた視界の中に、おびえるネズミが一匹いるのだ。
そのネズミ、こともあろうか慌てふためいて、騎士の盾を広げたまま、走り出そうとしているではないか。
まぁ、その様子は、それはそれでおもろいのであるが、一体、このネズミ、あわててどこに行こうとしているのであろう?
トイレか?
ここは砂地だから、トイレに困ることはないだろう。
って、それは猫だったか。
まぁ、ネズミもしつければ、トイレを覚えるし。
っていうか、絶対アイツ、走りながら漏らしてるって!
魔人たちは、バカにするかのよう失笑しながに、ぼーっとする意識でハトネンに尋ねた。
「ハトネン様、どこに行かれるのですか……」
走りながらハトネンは叫んだ。
「全軍! 撤退! すぐさま、この騎士の門内から外に出るんだ!」
命令を発すると、誰よりも先に、一目散に魔の融合国へと駆け戻っていった。
「えぇぇ! ちょっと待ってくださいよ! ハトネン様ぁ!」
訳がわかない魔物と魔人たちは、またまた、仕方なくハトネンの後を一斉に追った。




