裏切り(5)
「ソフィア!」
ディシウスはソフィアの元へと駆け寄ろうとした。
その場所まで荷馬車一台分ぐらい。
手を伸ばせば届きそうで、届かない。
懸命に大剣を振るい、ソフィアの周りの魔物を払おうとするが、伸ばした腕では剣に威力が伝わらない。
あと数歩!
だが、動かす足が、何かに絡まった。
踏み出す足が、引っ張られるように重くなる。
邪魔をする魔物たちのうねりが、焦るディシウスのベクトルをどんどんと小さくしていく。
一向に黒き水面を進むことができなかいディシウス。
まるで、ぬかるみを歩くように、まどろっこしい。
――くそっ!
その時であった。
魔物たちが作る黒き水面に一筋の光の柱が打ちたった。
その光の柱はゆっくりと広がり、円を描く。
光り輝く黄金の壁が大きくなっていくとともに魔物たちを押しのけていく。
それは、まるで黒い川面にぽっかりと穴が開くかのようであった。
そうかと思うと、その光の壁はすさまじい勢いで輪を広げ球となる。
その反動で、勢いよく弾き飛ばされる魔物たち。
それは、あっという間の出来事。
魔物たちの黒い群れの中に、光の輪に囲まれた砂漠の地面が夜空の月のように姿たを現していた。
その月の中心に、膝まづくソフィアが、痛みをこらえながら肩で息をする。
その姿は、血まみれ。
羽を引き裂かれた傷がうずくのか、自分の肩を押さえて動かない。
そのソフィアの横に、いつの間に現れたのだろうか、白いドレスを着た女が立っていた。
女は眼前の魔物たちをなでるかのように手を振った。
ガウウゥゥウ!
突然、魔物の白き牙が、隣の魔物の首を穿つ。
赤い魔血が飛び散った。
互いに互いを襲いあう魔物たち。
光の輪の外側で魔物たちによる同士討ちが始まっていた。
そう、マリアナの誘惑によって絡みとられた魔物たちが、互いに食い合い始めたのだ。
「マリアナさま……どうして……逃げてくれなかったのですか……」
ソフィアは、緑の目に涙を蓄えて側に立つ女を見上げた。
マリアナは、肩で息をしながら、懸命に笑みを浮かべた。
「あなたが死んだら、誰がアリューシャの気を払ってくれるというのですか……」
赤い瞳が、優しい微笑みをうかべている。
しかし、その口角が小刻みに震える。
その表情はかなりきつそうである。
「しかし、それでは、マリアナさまが……」
「あなたたちが、この騎士の門のフィールドから出るぐらいの時間は大丈夫よ。だから、お願い。アリューシャを助けて」
マリアナの手がまっすぐに目の前を指さした。
――行け!
それに伴い、魔物たちの向きが180度くるりと変わる。
その動きは、先ほどまでだらだらと踵を返していたのとは大違い。
まるで軍隊さながら、一糸乱れぬ動きで体を反転させた。
「神の盾に守られたハトネンには、私の神の恩恵は届きません。しかし、この魔物たちを全てぶつければ、不安にかられてアリューシャの居場所を、吐くかもしれません」
「マリアナさま! ダメです! それでは、あなたの生気が尽きてしまいます」
ソフィアは、マリアナの足にしがみついた。
「ありがとう……あなたに出会えたことが、私にとって幸運だったわ……」
そう言い終わると、マリアナはにっこりと微笑む。
しかし、その須恵の後、神の盾が一気にしぼんだ。
まるで風船の中の空気を強制的にポンプで吸い出すかのように、球状の神の盾が瞬時にしぼんだのだ。
そして、その神の盾が小さくなったかと思った刹那、急激に弾けるように大きく膨らんだ。
膨張する神の盾により、円の外へと弾き飛ばされるソフィア。
「私が、アリューシャの居場所を聞き出します。そしたら、あなたたちは、その場所でアリューシャを救ってください。お願いします」
横たわるソフィアは、両手で口を覆い泣き叫ぶ。
その肩にそっと手を置くディシウスが、ソフィアを抱き起こす。
「マリアナさまの気持を無駄にするな……行くぞ!」




