運命の歯車は巡りだす(1)
「おい! 権蔵! あれを見ろ!」
一人の若者が、駐屯地の城壁の上から、砂漠の先を指さした。
黄色い砂漠と青空が色鮮やかな対照の世界。
地面から立つ陽炎が、その地平線をユラユラと揺らす。
その地平線に、黒い塊が現れると、次第にその数を多くしていく。
「おいおい! ガンエン! なんだあの魔物の群れは?」
権蔵と呼ばれた青年が、手を額に押し当てて、遠くを伺う。
ガンエンと呼ばれた男も同様に若い。
どちらもまだ、10代後半ぐらいの青年だろう。
奴隷の権蔵は、第一世代の融合加工技術で、第七駐屯地内で武器を製造する工房勤め。
一般国民のガンエンは、医者の技術で、軍医を務めていた。
この二人、働く場所は違うのに、いつも一緒にいることが多い。
と言うのも、ガンエンが、権蔵を治療の助手として、こき使うことが多いのだ。
権蔵が、奴隷だからこき使うというわけではない。
ガンエンは、権蔵の手先の器用さを買っているのだ。
この駐屯地の他の軍医たちよりも要領がよく、常にガンエンの治療の一歩先を準備する。
そのため、ガンエンの治療の評判はいいのであるが、当然、やっかみもまた多い。
しかし、タカトの時代のジジイの権蔵とガンエンからは想像できないぐらい、この二人は好青年である。
六十年ほどで、人はこんなに変わってしまうとは……
年月と言うのは本当に恐ろしいものだと痛感させられる。
その地平線より、魔物たちの集団が現れた。
その先頭を一人の白きドレスを身にまとう女が歩いている。
そして、その女に付き従うかのように黒くうごめく魔物たちが、少し離れて群れをなしていた。
その群れの後方に、魔人騎士ハトネン様の神輿を担いだご一行が、ゆっくりとついてくる。
神輿にのるべき神が地を歩き、それをたたえる魔人騎士が神輿にのる。
何ともあべこべである。
聖人国と魔人国の境界線上。
ハトネンは、遠くの砂漠に目をやった。
そこでは、先ほどから何やら激しい砂埃が立ち上っている。
どうやら、そこでは誰かと誰かが戦っているようであるが、遠すぎて、ハトネンからは確認できなかった。
ハトネンは思う。
俺は、誰かに戦いに行けと命令した覚えはない。
大体、今日は、魔人や魔物は戦う必要はないのだ。
闘うどころか、ディナータイムの予定である。
そう、人間たちの食べ放題!
おそらく、どこかのアホが、その特等席を我先に目指して、先走ったのであろう。
それで、運悪く、人間にでも見つかったというオチだろう。
バカが!
まぁ、あの様子だと1対1の小さな小競り合いである。
今回の作戦の大勢にはさほど影響ないだろう。
ハトネンは疑念のダイスをふることもなく、その小競り合いを無視した。
ハトネンは、神輿の上で偉そうに立ち上がると、正面に横たわる聖人国の第七駐屯地をさっそうと指さした。
その指さし方のオーバーアクション。マジで腹が立つ。
周りの魔人たちの失笑を誘うほど、わざとらしく、したり顔である。
まぁ、小物がちょっと立場がよくなると、取りそうな態度だ。
ハトネンは、大声で先頭をあるく女に命令を飛ばした。
「さぁ! マリアナよ! あの駐屯地の人間どもをせん滅して来い!」
先頭を歩く女は、その言葉に振り返る。
こちらは、ハトネンのオーバーアクションとは異なり、最小限の動き。
ほんの少し、首だけを動かして背後のハトネンを伺う。
だが、その表情と金色の目は激しい怒りを含んでいた。
噛みしめられた唇が小刻みに揺れ悔しさをにじませている。
だが、何も声を発しない。
怒りを押し殺そうとしても溢れてくるのか、肩にかかりそうな青き髪が打ち震える。
その身を包む白いドレスよりもいっそう白いその女の柔肌が、その怒りのためか赤みを帯びていく。
いつしか、金色の目には悔し涙が蓄えられていた。




