ハーレム・ナイト・フィーバー! フォウォォォ!!
一瞬、この光景を目にしたタカトは、メイドカフェにでも踏み込んだのかと錯覚した。
だが、奥へと伸びる廊下の両側には、えんじ色の壁紙と金色の装飾。
落ち着きの中に、どこかゴージャスな香りが漂っている。
鼻をくすぐるのはフローラルの香り……これは、どちらかといえば高級クラブだろう。
しかしタカトは十六歳。そんな場所に行った経験などあるはずがない。
そもそも赤貧の身で、通う金もない。
ではなぜ、彼はそんな場所を思い描けたのだろうか?
理由は簡単。ベッドの下に隠した「ムフフな本」である。
そこには店の紹介広告がびっしり。
バスタオル一枚の巨乳のお姉さんが湯船で手招きしていたり……。
薄いネグリジェの美少女がベッドで横たわっていたり……。
泡まみれのお姉さんがエアマットの上で上目遣いしていたり……。
だが、この店の雰囲気……お登勢が働く「ワンナイト/ワンコイン」の奴隷宿とはまるで別物。
むしろ90分で6万円を超えるような、ハイグレード極まりない場所だ。
その広告も、当然のようにフルカラー。
女の子のレベルもまた、桁違いなのである。
そして実際──廊下の脇に並ぶ美女たち。
豊満な胸を誇る女から、透き通るような清楚系、あどけなさを残す少女風、さらに熟れた色香を漂わせる大人の女まで……よりどりみどりの艶姿。
視線を送るだけで、白い肌や微笑みに心臓が跳ね、喉が渇く。
タカトの股間では、魚肉ソーセージの先端が熱を帯び、布越しに脈打ちながら……
いまにも昇天の十字架の光をほとばらせそうであった。
って、歩けるんかい!
さっきまで体が動かんかったんと違うんかい!
そう、ついさっきまでは高斗という男の中にいたはずなのだ。
だが今は、なぜか自由に歩ける。
手を伸ばせばオッパイだって……
「いやですわ……アダム様……」
美女メイドは身をよじり、胸元のレースがわずかに乱れる。白い肌が覗き、熱を帯びた吐息が唇から漏れる。上目遣いに潤んだ瞳、頬は火照りで紅潮していた。
「よいではないか……よいではないか……」
タカトは悪代官さながら、にやつきながらメイドの腰へと手を伸ばす。指先がスカートの布をかすめただけで、彼女の身体が小さく震えた。
というか……
――アダムって誰?
そう、このメイドはさきほどからタカトを「アダム」と呼んでいるのだ。
――まさか、俺のことをどこぞの社長さんと間違えている?
あるいは、そのアダムとかいう社長が俺に似ているのか……?
だが、俺はアダムじゃない。タカトだ。
もしバレたら……どうなる?
――「お遊び代を払え」って詰め寄られる?
六万どころか、六百円だって怪しい俺が……?
ヤバい、マズい、これはとんでもない勘違いかもしれない。
いまは夢心地でも、ひとたび正体がバレたら地獄行き確定だ。
その想像が脳裏をよぎった瞬間、タカトの下腹部に集まっていた熱が、
氷水をぶっかけられたように一気に冷めていった。
だが、ものは考えよう!
金を払えと言われたって……無いものは無い!
――そもそも間違えたのは向こうだし!
最悪、そのアダム社長のツケにして逃げりゃいいだけの話じゃないか!
こんなチャンス、めったに転がってくるもんか。
いや、むしろ二度と来ない、奇跡といっても過言ではない!
ならば! 迷う理由などどこにもない!
遊べ! 楽しめ! オッパイは世界を救うんだ!
廊下の脇にアイナにどこか似たような雰囲気を持つ美少女と、ビン子に似た活発な黒髪の女の子が並んで立っていた。
そんな彼女らの前で足を止めたタカトは、なぜか大声で叫びながら頭を下げた!
「おっぱい揉ませてくださいッ!」
頭を深々と下げたその姿は、必死の祈りか、それとも欲望に塗れた犬のよう。
もちろん、彼の人生において、この一言で胸を触らせてもらえたことなど一度としてなかった。
返ってくるのは決まって、下種を見るような氷の視線。
それは、彼に「敗北者」の烙印を押しつけ続けてきた、冷酷な現実そのものだった。
――だが、今回は違う!
アダム社長という後光が、俺の背後にそびえ立っている!
もし断られたとしても……その威光をかさにきて脅し半分で押し切れば……
ワンチャン、夢の扉は──開かれる!!
そんなタカトの前に立つ二人の女は、互いに意味ありげに視線を交わし、唇の端をわずかに吊り上げて妖しく微笑んだ。頬は紅潮し、淡い光の中で肌が艶めいて輝く。
その視線と仕草だけで、タカトの胸はぎゅうっと締めつけられ、息が詰まりそうになった。
そして、二人のうちの一人が、つややかなピンク色の唇をそっと耳もとに寄せる。
吐息は甘く、濡れた香りすら含んで、タカトの背筋をぞくぞくと駆け抜けた。
耳朶をかすめるその温もりと官能的な熱気に、全身の血が沸き立つ──
「アダム様……今宵は、私たちが伽を務めさせていただきます」
いきなり、その場に押し倒されたタカト。
アイナに似た女は迷いなく彼の股間に顔をうずめ、妖しく舌を這わせ始める。
チロチロ……。
――ん? チロチロ……まぁ、いいかぁwww
身体は硬直し、頭の中はパニック寸前。
だが下腹部は否応なく熱を帯び、理性のブレーキがどんどん緩んでいく。
ビン子似のメイドも、いつの間にか胸元をはだけさせ、タカトの胸に押し付けながら、指先で滑るようにマッサージをしては、執拗になめ回す。
――というか……ビン子にこんな胸あったっけ? あの貧乳娘が、こんな……!?
気づけば、タカトは無数の美女たちに取り囲まれていた。
「ウヒヨォ! 気持ちいい! 生きててよかった!」
「アダム様ぁ~、なんで私たちをこんな姿にしたんですか♥」
「アダムさまぁ~、絶対に許しませんよぉ♥」
――こんな姿?
どう見ても美少女や美女なのに……こんな姿って、これイカに?
タカトは頭をひねる。
でも……
――まぁいいかぁwww
すでに顔はだらしなく歪み、よだれを垂らし、笑いが止まらない。
「来たよ来たよ! 来ましたよ! ついにハーレム! これで俺も童貞卒業や!」
ハーレム・ナイト・フィーバー! フォウォォォ!!
身体も頭も完全に吹っ飛び、理性はどこか遠くへ。
歓喜と興奮の渦に、タカトはただひたすら身を任せるしかなかった。




