深淵の悲しみ 浅瀬の忠義(3)
薄暗い小門の中で倒れているヨークのもとに、万命寺の僧たちが駆けつけた。
けたたましく魔血切れを示す魔血ユニットの警告音が響いている
その中には、権蔵とガンエンの姿もあった。
「エメラルダ様はどこだ!」
懸命にエメラルダの姿を探すも、そこにない。
それどころか、一緒に逃げたはずのタカトとビン子もいないのである。
もしかして、連れ去られたのか?
いや、そんなはずはない。この道は一本道。
誰ともすれ違うことはなかった。
万命寺の僧たちが、ヨークの体を揺するも、既にヨークの意識はない。
それどころか、地面にはおびただしい血だまりができている。
気づいたガンエンが、その僧を押しのけて、ヨークの容態を伺った。
ガンエンが、ヨークの腰の魔血ユニットのスイッチを切った。
けたたましくなる警告音がピタリと止まる。
ヨークのシャツは腹部から胸へと赤く染め上がり、その服の裂けた間からは、わき腹の肉がぱっくりと裂けているのが見て取れた。
――この傷……まさか、己が血で開血解放を行ったのか……
ガンエンはヨークのわき腹の傷を診察する。
思ったより傷が深い。
――このバカが! ここまで深くえぐりおってからに!
抱き起すからだから、力なく垂れるヨークの腕。
ガンエンの手の体温が、ヨークの冷え切った体に奪われていく。
すぐさま、ガンエンは人魔検査キットを取り出すと、人魔チェックを行った。
結果は陽性。
魔血ユニットから、魔の生気が体中に回り始めていたのだ。
このままでは人魔症を発症してしまう。
いや、出血死の方が先か……
だが、このままでは、仮に人魔になっては浮かばれまい。
どうせ死ぬのであれば、一思いに楽にしてやるのも情けと言うもの。
せめて、人としての最後を迎えさせてやるべきなのだろう。
ガンエンはすぐさま立ち上がり、僧たちに命令した。
「エメラルダ様は、おそらくさらに奥へと向かっておる! だが、暗殺者たちも追っているかもしれん、お前たちは、すぐさま後を追え!」
ヨークを潰すところを見せたくな。そんな気持ちだったのかもしれない。
僧たちは、魔の国へと走り出す。
だが、ココから先の道は複雑である。道順を知らぬ僧たちにとって、エメラルダにそう簡単には追いつけそうになかった。。
ガンエンは、ヨークをそっと地面に寝かす。
そして、右こぶしを握り締め、弓の弦のように後ろに引いた。
その拳に力を込める。
ゆっくりと息を吐く。
悲しみをたたえた目が、ヨークの閉じた瞳に語り掛ける。
人魔となって死ぬのは嫌じゃろ……
せめて最後は人間として葬ってやるからな……
それが、ガンエンなりの優しさだった。
「まて! 待ってくれ!」
権蔵が叫んだ。
エメラルダが無事と言うことは、タカトとビン子も無事のはずなのだ。
このヨークが、己が命を危険にさらしてまで、3人の命を守ってくれたのである。
何とか助けたい。
この青年を、何とか助けたい。
権蔵のその一念が、言葉を絞り出した。
「この者を、一之祐様のところに運ぼう!」
確かに、このままでは人魔症を発症することは間違いない。
だが、それが、たちまちと言うわけではない。
幸い、大量に失血したヨークの体の中には、血がほとんどなかった。
魔血ユニットから流れ込む、魔の生気が体中を巡ろうにも、血が足りないのである。
そのため、ヨークの人魔症の進行速度は、思ったよりも遅かった。
必死の形相の権蔵。
ガンエンは、仕方なしに右こぶしを降ろした。
「時間はないぞ……」
権蔵とガンエンは急いで、第7の騎士の門の側にある宿舎へとヨークを運んだのだ。




