超覚醒(4)
一匹のゴリラの首筋にハヤテの口がかみついた。
噛みついたハヤテの体が、突進の勢いをそのままに、ゴリラの後方へとぐるりと回る。
首に噛みついた体が、勢い良くねじられると、その反動で、ゴリラの巨体が投げとんだ。
だが、それでも一匹だけである。
他の二匹のゴリラは我かんせず、そのままタカトに向かって速度を上げた。
――俺死んだ!
チーン!
その瞬間、タカトの意識は消し跳んだ。
辛い現実から目を背けるがごとく、気を失った。
またか! またなのか!
だが、このシチュエーション! もしかしたら! もしかして!
こい! こい! こい! 超覚醒!
「……ム……」
暗いタカトの意識の中で誰かの声がした。
なんとなく聞き覚えのある声だ。
タカトは、辺りを見回わす。
しかし、周りは全くの闇。
何も見えない。何もない。ただただ深い黒が広がっている世界であった。
「誰だ!」
漆黒の世界の中で、タカトは声を出す。
しかし、誰も答えない。
「……ム! アダム!」
だが、声がする。
深い暗闇の中に、一瞬、小さな光が見えた。
その光の点を凝視する。
何かいる!
徐々に大きくなる光の輪
その光の中に見覚えのある女性の姿が浮き上がってきた。
そう、それは、タカトが探し求めていた金髪の巨乳女神!
タカトが崖から落ちた時に救ってくれた女神である。
「あっ! 女神の姉ちゃん! 会いたかったよ!」
タカトは、女神のもとに駆け寄ろうとした。
しかし、体が動かない。
いや、動かないというより、重たいのだ。
意識だけは、女神のもとに向いているのにもかかわらず、体は、いまだに向きを変えられずにいた。
まるで、周りに流れる時間が重くゆっくりとしているかのように、体がいう事を聞かない。
その刹那、女神は厳しい声を上げて叫んだ。
「アダム! 目を覚まして!」
タカトは、はっと目を覚ます!
目を開けた視界のほんの先に、ゴリラの手が大きく広がってやってくる。
「タカト! 目を覚まして!」
ビン子が、涙声で必死に叫んでいた。
タカトは大きく息を吸い込んだ。
なにか、全身がチリチリとした感覚、いうなれば、全細胞が、その呼吸によって活性化していくような感覚を覚えた。
体中に生気が廻る。
体中に生気がみなぎっていく。
やけにハッキリとした意識が視界の細部まで脳へと送り届ける。
時の流れが体にまとわりつくようなこの感覚。
何だ?
全て感覚が研ぎ澄まされ、近づくゴリラの手のひらの掌紋までもが、はっきりと見える。
今度は、ゆっくりと息を吐き出した。
……至恭至順……
タカトの体が、ゴリラの手をすり抜ける。
空を切ったゴリラの手のひらが、そこにあったであろうタカトの体をつかみ取ろうと、強く握りしめられた。
その瞬間、その手が、ゴリラの体からずり落ちる。
何が起きたのか分からぬゴリラの目が、落ちていく自分の腕を凝視する。
ついに地面に落ちた右腕が、血しぶきを上げながら勢いよく転がった。
ごわぁぁぁぁぁ!
ゴリラが悲痛な悲鳴が響く。
その傍らには、小剣を振りぬいたタカトの姿。
全身から生気の湯気が立ち上っている。
――熱い……熱い……体が燃えるように熱い……
タカトはその熱さから逃げるかのように叫んだ。
だが、声が出ない。
それどころか、体がタカトの意思に従わない。
まるで、体が誰かに乗っ取られているかのように、思うように動かない。
――憎い……憎い……憎い……すべてが憎い
タカトは、自分の意識の奥底から、何かぞっとするような気配がゆっくりと登ってくるような気がした。
――マズイ……マズイ……
懸命にその気配を振り払おうと頭を振る。
だがやはり動かない。
それどころか、徐々に、タカトの意識は、薄れていく。
深淵から登ってくる赤黒い殺気が、タカトの純白の心を包み込んでいくかのように
――……これ……なんか……マズイやつや……
完全にタカトの心は消えた。




