半魔の犬(2)
その時、エメラルダが突然、動いた。
大岩から飛び降りると、一直線にカエルの輪に突っ込んだ。
カエルたちが一斉にエメラルダに飛びかかる。
エメラルダは、寸でのところで、身をひるがえし、カエルの連撃をかわしゆく。
そして、走る。一直線にタカトたちのもとに向かって。
だが、エメラルダの後を追って、カエルたちもジャンプする。
――あと少し!
エメラルダは懸命に走る。
カエルたちを、暗殺者のところまで導けば、カエルたちが、暗殺者を襲うかもしれない。
そうすれば、もしかしたら、あの二人だけでも小門へと逃がすことができるかもしれないのだ。
そんなかすかな希望を抱き、懸命に走る。
しかし、次の瞬間、エメラルダの視界がストンと落ちた。
エメラルダの足が、何かにからまり後方へと引っ張られた。
地面に顔をしたたかに打ち付けたエメラルダが、足元をかえりみる。
すると、足にはカエルの舌が巻き付いていているではないか。
――くそ! あと少しなのに……
エメラルダは唇をかみしめた。
「誰か! たすけてぇ!」
涙目のビン子は大声で叫んだ。
犬耳と犬鼻をつけて懸命に吠えた。
無我夢中で、泣き叫んだ。
その瞬間、小門の影から一陣の風が吹き抜ける。
その風は、エメラルダめがけて一直線。
エメラルダめがけて天高く飛び上がっていたカエルたちの体が、その風により真っ二つに切り裂かれていく。
――えっ!
何がおこったのか分からぬビン子。
ネコミミのオッサンも、突然のことに大きく目を見開いているだけだった。
その風は、エメラルダの髪をたなびかせ吹き抜けた。
エメラルダの背後に、砂煙が立ち上る。
晴れていく煙の中には、大きな犬が立っていた。
いや、犬と言うよりオオカミと言った方がいいのかもしれない。
それほど壮観な大きな犬であった。
だが、その顔立ちには幼さが残る。まだ若い。大人になり切れてない様子がなんとなくわかる。
その犬は、普通の犬とは違っていた。
そう、頭に角が生えているのである。
――魔物?
一瞬ビン子は疑った。
しかし、違う、それは半魔の犬である。
――この子……もしかして?
半魔の犬は、ビン子の方角へと向きを変えたかと思うと、勢いよく後ろ脚を蹴りだした。
その勢いで、ビン子の視界は犬の姿を見失う。
――どこ行ったの?
姿を探すビン子の目が、大きく見開く。
次の瞬間、ビン子の目の前に大きな犬の牙が開け広ぐ!
――ひぃぃぃ!
ビン子の顔が、その恐怖で引きつった。
だが、その口は、ビン子の黒髪をかすめ、その背に立つ暗殺者の肩に噛みついた。
そして、勢いをそのままに、その大犬の体は上空へと反転し、暗殺者の体を巻き込んだ。
その回転に巻き込まれた暗殺者の体は、ビン子の体から無理やり引きはがされ、後方へとはじけ飛ぶ。
その様子を唖然と見つめるしかできないネコミミオッサン。
――今日は何かおかしい。何もかもが、イレギュラーすぎる!
予測を超える出来事に、オッサンの思考が追いつかない。
その時、オッサンは何かの気配を感じた。
反射的によけるオッサンの体。
その鼻先をエメラルダの拳がかすめていく。
カエルたちを薙ぎ払い、ほんのわずかな隙を狙ってエメラルダが迫ってきていた。




