死にたがり(6)
「少年! エメラルダ様を連れて、先に行け!」
ヨークの命令が、タカトに飛んだ。
二人のやり取りに呆気に取られていたタカトが我に返る。
そして、急いでエメラルダの手を肩に回し、抱き起す。
「分かったよ! ヨークの兄ちゃんも無理するなよ!」
暗殺者たちが、じりじりとヨークとの間合いを詰めていく。
ヨークは首からかかる二つの破片を右手に取った。
その破片はボロボロだ。
一つはヨークと書かれたおちょこの破片。
そしてもう一つはメルアとか書かれた、砕けた破片。
ヨークは、何か意を決したかのように、もう一度、その破片を強く握りしめた。
「さて、いっちょやりますか!」
ヨークの左手が懐から折りたたみナイフを取り出した。
手のひらで慣れた様子でナイフを広げる。
格闘タイプのヨークがナイフとは、ついに拳で闘うことをあきらめたのか。
いや、そうではなかった。
そのナイフは、くるりと手のひらで半回転すると、ヨークの左わき腹に突き立てられた。
そう、ヨーク自身の手で、自らのわき腹を突き刺したのである。
ドクドクと流れ出す赤い血液。
だが、その流れ出す赤い血筋は、一点を目指していた。
そう、腰についた魔血ユニットである。
ヨークの腹から流れ出した血が、魔血ユニットを赤く染めていく。
――さぁ、一緒に行こう! メルア!
「開血解放!」
ヨークが叫んだ。
それと共に魔血ユニットが甲高い起動音を響かせた。
ヨークの体の内側から、魔装装甲が肉のように盛り上がる。
盛り上がった肉塊は、黒光りを帯びていく。
洞穴の中に黒きトラの魔装騎兵の目が光る。
エメラルダは叫んだ。
「ヨーク! 開血解放を解きなさい! ココにはもう、魔血タンクはないんですよ!」
そう、神民でなくなったヨークは、魔血タンクを持っていない。
当然、エメラルダも持っているはずがなかった。
なら、ヨークはどうやって、魔装装甲を開血解放したのであろうか。
それは、己が血である。
わき腹から流れ出す血を魔血ユニットに流し込み、それで開血解放を行ったのだ。
しかし、所詮は人間、出血量には限界がある。
大量に噴き出せば失血死を招く。
また、血が止まれば、魔血不足により、ヨークの体は人魔症を発症してしまう。
どちらにしても、ヨークには、死しかないのである。
だがヨークは笑っていた。
「ご心配なく! こんな奴ら、とっとと、終わらせますよ!」
要は、死が訪れるまでの間に、暗殺者たちをぶちのめせばいいだけなのだ。
しかし、目の前の暗殺者たちはレモノワの暗殺者。
そうそう簡単には倒れてくれそうにはない。
「この魔装騎兵ヨークがいる限り一歩も通さん!」
黒きトラの咆哮が、暗い洞窟内に響き渡る。
「ビン子! いくぞ!」
タカトは、ヨークの叫び声にただならぬものを感じ取っていた。
だが、今は理由を聞く暇はないだろう。
ならば、言われた通りエメラルダを連れて走るのみ。
タカトは毒で足がもつれるエメラルダを担ぎ、懸命に走り出した。
ビン子も後ろを気にしながらついていく。
エメラルダは、後ろを振り向き、手を伸ばす。
――死なないで……ヨーク。




