プラズマジェットォォォッ!!!
五方向からの機銃掃射。
交錯する射線──逃げ道は、ない。
空気に、火薬と金属の匂いが濃く満ちる。
玄武の複合装甲に、無数の弾丸が容赦なく着弾。
火花が散り、甲高い金属音が機体表面を震わせる。
そもそも、高斗が騎乗する玄武型は後方支援機。
重火器による遠距離砲撃で敵を吹き飛ばすのが本来の役割だ。
接近戦など、不得意中の不得意。
対して、白虎型は汎用機。
前線での運用を前提に設計されたタイプで俊敏性、反応速度、バランス──すべてが実戦仕様で、隙がない。
その差は、玄武がターン入力に応じて機体を旋回しきる頃には、すでに白虎の姿は視界の外へと移動しているほど顕著に現れる。
だが、高斗は慌てなかった。
いや、そもそも、白虎の性能など、高斗自身がよく知っている。
開発に関わったのだから、言われるまでもない。
だが――
今の白虎の挙動は、高斗の知る動きではない。
あれは、人間の限界を超えた動きだ。
駆動リミッターを無視した挙動──操られているとしか思えない。
となれば、相手が白虎であろうと玄武であろうと関係はない!
しかも!
高斗の操る玄武は、ただの玄武ではない!!
普通の玄武が“クサガメ”なら──
こいつは“ガメラ”だ!!
火だって吹ける!!!
……ということで──
「プラズマ火球ォォォッ!!!」
高斗が叫び、同時にレバーを引き倒す。
バキィィン──ッ!!
耳障りな打撃音とともに、顎部ブロックが軸ごと下へと折れ、冷却蒸気を吹き出しながら強制的に展開。
内部からせり出すのは、焼けただれた砲口──冷却塗料の一部が剥げ、煤の層が斑に付着している。
ノズル周囲の耐熱ブロックには、融解痕と補修用ボルトが規則的に打ち込まれていた。
すでに限界値を超えていると警告音が鳴るが、タカトは迷わずレバーを押し込んだ。
直後、咆哮のごとき爆音が大気を切り裂いた。
ズボオオオオオォォン──!!
火の玉が、空気を押しのけながら一直線に射出される。
周囲の酸素を巻き込み、プラズマ弾は真紅の尾を引いて一機の白虎へ突き進んだ。
着弾。
爆ぜる火球──
ズガァン!!!!
火球は一機を呑み込む!
着弾点周囲の装甲板が膨張し、繊維構造を保ったまま炭化していく。
表面のコーティングが剥がれ、露出した下層のチタンフレームにヒートクラックが走る。
熱膨張に抗しきれず、関節軸が悲鳴を上げながら断裂した。
金属が裂ける音──それは、まるで巨大な骨が折れるような響きだった。
『ギィ……ギギギ……ッ!』
外装が溶け崩れ、火花を散らしながら脱落していく。
――だが、これ程度の熱量ならば、コクピットは耐えられる。
人型装甲騎兵に通じたタカトだからこそ、そう確信していた。
白虎の機体がバランスを失い、膝をつく。
そこへ玄武が突撃した。巨体に似合わぬスピードで、真正面から飛びかかる!
──迎撃、来る。
残る四機の白虎型が、一斉に火線を玄武へ向けて展開!
──が。
「玄武」は名のとおり、亀と蛇の合成獣。
その本領は、まさに“守り”だ。
ギィ……ギギギ……ッ!
背部ランドセルから伸びた3本のアームが悲鳴を上げながら、同時に展開。
既に魔物たちの攻撃を受けて凹んだ巨大な盾が、再び前面を覆う!
シールドに銃弾が激突。
鉛弾は弾かれ、装甲の縁で跳ねる。
火花が弾け、ケーブルの一部が焼け焦げても──それでも盾は砕けない!
この盾は高斗がガメラの甲羅をイメージして作ったモノ!
製作予算をかなりオーバーして敏子が口からガメラ級に火を吹いたいわくつきの一品。
そのため!ちょっとした機関銃などでは、まず貫けない。
ついに、玄武の腕が白虎の腹部へと届く。
外装の一部がわずかに沈み、隠された排出コンソールが姿を現した。
玄武のわずかに展開した掌の装甲。
その隙間から、蛇腹状の細いコードがするすると伸び──
小型コンソールにぴたりと密着すると、鍵穴状の端子へとスルリと挿入された。
……強制排出モード動作認証中……
センサーパネルに、次々とパスコードが浮かび上がる。
……パイロットID “B-072 高斗” ……認証成功。
小さな駆動音が続き──
……強制排出モードへ移行します……
まるで呼吸するかのように、コードがわずかに脈打つ。
「コクピット排出!」
高斗が叫ぶ。
直後、白虎の頭部──装甲の付け根に埋め込まれた補助パネルに、鮮紅の警告文字が点滅した。
『EJECT』
ついでに、頭部装甲がガシュンと跳ね上がる。
バンッ!という破裂音とともに、周囲の空気が一気に押しのけられる。
爆ぜた風圧が、白虎の外装をビリビリと震わせた。
ガス圧か火薬か──座席ごと、パイロットが空へと射出したのだ!
だが、そこに人影はない。
空になったシートだけが、宙を滑るように浮遊していた──
だが、高斗の目は、ある異常を見逃さなかった。
頂点に達して、ゆるやかに落下へと転じたシート。そのすぐ後方──
重力に引かれるように、わずかな遅れをもって浮かび上がる赤い繭。
ぐにゃりと波打つように、その表面が粘性を帯びて溶け始める。
ぽたり。
そこから落ちたのは、見るも無惨な“溶けかけの腕”だった。
……おそらく、それは、かつて中にいたパイロットのもの。
その瞬間、高斗は息を呑んだ。
同時に、前方のディスプレイを凝視し、視界の端々を再確認する。
柱の影。ベンチの裏。通路の端。
赤い繭──あれと同じものが、いくつも転がっている。
今まで気づかなかったのが不思議なほどだ。
だが、それらは微動だにせず、赤外線にも、モーションセンサーにも反応はなかった。
間違いない。すでに“死んでいる”。
あれは……仲間たちのなれの果てだ。
高斗は唇を噛みしめる。
「くそがぁぁぁぁあ……!」
この駅のどこかに、仲間たちを“赤い繭”に変えた張本人がいる。
――ならば、そいつに落とし前をつけさせる!
だが、センサーを切り替えても、ディスプレイには何の反応も現れない。
それでも、高斗の中には確信があった。
あれほどの死体を繭に封じ、わざわざ隠したのだ。
見つけられぬよう、時間をかけてまで。
――奴は、必ず近くにいる!
既存のセンサーで見つかるような敵なら、とっくに護衛の白虎が迎撃しているはず。
だが、その形跡は一切ない。
まるで気づかぬうちに、機体ごと侵食されたかのようだ。
――ならば、白虎に搭載されていないセンサーを使うしかない。
玄武も基本設計は同じ──だが、唯一の例外がある。
高斗の乗る『玄武RXバージョン5.03“改”』には、試験的にとあるセンサーが搭載されていた。
「こんなもん、戦場でいつ使うんだよwww」
そんなふうに、開発チームから笑い飛ばされた代物。
だが、それを組み込んだのは他でもない高斗自身だ。
開発期間、徹夜で三日。72時間の死闘を経て完成させたセンサーだった。
没にするには、あまりに惜しい。
「ならば! 臭気センサーならどうだ!」
──そう、これは“匂い”で敵を探すための装備。
だが、単なる体臭を感知するものではない。
いうなれば、それは──魂のにおい!
存在そのものを、かぎ取るのだ!
(って、この設計思想! まんま『美女の香りにむせカエル』じゃねえかよ!)
ディスプレイをみるタカトは高斗の中で声なき声で叫んだ。




