あれ……この感覚……前にも……
ビッー! ビッー! ビッー!
警告音が鼓膜を突き刺す。高周波の電子音が連続して鳴り響き、タカトの脳を直接揺さぶった。
(わっ! なんだよ! びっくりした!)
まぶたの裏を、鋭い閃光が突き抜ける。反射的に目を開けた視界に広がったのは、漆黒の闇。どこまでも、完全なまでの黒だった。
(確か俺……洞窟の中にいたはずだが……これ、夢だよな!?怖すぎる……)
混乱した思考のなかで、ちらちらと光が浮かびはじめる。白や青の光点がまばらに散る。星──いや、違う。星じゃない。
正面には、矩形の青白く輝く大画面。明らかに人工物だ。
(……あれ? どこかで見た光景だぞ……)
意識を引き締めようとするが、首は微動だにしない。まばたきすらできず、まるで眼球だけが別の意識に支配されているようだった。
(なんで体が動かねぇんだ? 閉じ込められてるみたいだ……)
その時、突然、別の声が耳に飛び込んできた。
「また、ワイバーンの群れかよ! いったいどれだけ湧いてやがるんだ!」
それは自分の声だった。しかし喉も口も何も動かしていない。なのに、声は確かに聞こえている。
(あれ……この感覚……前にも味わったことがある……)
既視感。はっきりと覚えている。
(そうだ……あの時も、こいつは高斗って呼ばれてた……俺、また繋がってるのか?)
その時、大画面に鮮烈な赤が飛び散った。
《LOCK ON!》
《LOCK ON!》
《LOCK ON!》
《LOCK ON!》
四つのターゲットが同時に捕捉される。HUDの情報が目まぐるしく更新された。
(……まさか、これがあいつの視界なんだな……?)
「くたばれ! このEBEどもが!」
高斗が怒声を上げた。瞬間、
ガガガガガガガガガ!
振動。衝撃。空気を裂く駆動音。
人型装甲騎兵『玄武』の背中から伸びた四本のアームと、既存の両腕──合計六つの重機関銃が、一斉にフルオートで射出を開始する。
発射数、毎秒100発。マズルフラッシュが連続し、まばゆい光の奔流が画面を覆った。
その向こう。紫色の異形体が爆ぜ、光の尾を引きながら墜ちていく。
(これ、ワイワイバーン(制圧指標55)じゃん……)
タカトは確信する。高斗が戦っている相手は、魔人世界の魔物たち。
だが、ディスプレイに映る光景は、タカトたちがいた聖人世界のそれとはまるで違っていた。
次の瞬間、轟音とともにコックピットが大きく傾く。
高斗の体にGがかかる。視界が急旋回し、HUDが赤く警告を点滅させた。
《EMERGENCY!》
(うわ! なんだよ! なにが起きてんだよ!)
パニック寸前のタカト。だが、高斗は冷静だった。
手元のコンソールに素早く手を伸ばし、ハンドル操作。スラスタ再点火、機体を水平に戻す。
「ちっ! 右アーム直撃か! アシュラシステム、右上腕パージ!」
瞬間、機体右腕のジョイントが自動展開。内圧解放音とともに、油圧シリンダーが爆発的に収縮し──
ガコンッ!
外部アーマーが破裂する。右腕ユニットが分離し、外殻を滑り落ちていく音が機体の外から聞こえた。
戦闘続行。
残された三本のアームによる再バランス制御に移行し、迎撃態勢を維持。
(……え、なにこれ。スゲぇ。ていうか、俺、今、なに見せられてんの……?)
タカトの意識は大きく揺らぐ。
状況は、完全に理解の範疇を超えていた。
だが、先ほどまで『ガガガガガガガガガ!』という振動と轟音を撒き散らしていた重機関砲が、突如として『カラカラカラ……』と乾いた金属音に変わった。
「ちっ! 弾切れかよ!」
高斗が通信回線に怒声をぶつける。
「おい、補給ポイントはどこだ!」
耳元に、通信越しの女性オペレーターの声が駆け抜ける。
「新宿駅に補給用物資の列車を到着させてます! そこで補給をお願いします!」
即座に、戦術マップがコクピットのHUD上に更新された。
各ブロックを示すグリッドの一角が、パルス状の橙色に点滅する。
「ワンブロック先か……だが、この玄武のスピードで持ちこたえられるのか……」
――この機体の脚部アクチュエータは後方支援型だ。本来ならあの火線を突破できるわけがねぇ……!
だが、次の瞬間、高斗の口元がニヤリと釣り上がった。
「いやwww おれが魔改造した玄武RXバージョン5.03“改”なら、行ける!」
フットペダルを一気に踏み込み、最大駆動モードへ。
高周波のモーター駆動音が、密閉されたコクピット内に甲高く反響する。
脊髄を抉るような加速度Gが、椅子のバックレスト越しに背骨を撓らせた。
(うおおおおっ! 速いっ! でも、これ……俺の体、まったく動かねぇ……!)
(これは夢か? いや、現実味がありすぎる……)
だが──
数の暴力には勝てない。
魔物の群れが、まるで濁流のように玄武を飲み込む。
「アシュラシステム、防御モードへ移行!」
背中のランドセルから延びる三本の腕が、重厚な鋼鉄シールドを展開し、玄武本体を覆う。
しかし、防御のために伸びるアームの関節部、冷却フィン。あらゆる露出部に魔物の牙が突き立てられた。
衝撃、警告、熱。次々に赤いインジケーターがモニターを埋め尽くしていく。
「警告──アシュラシステム左下腕部サーボモーター、応答遅延発生」
「警告──アシュラシステム右下腕部駆動油圧回路、漏洩開始」
「警告──アシュラシステム左上腕部装甲、臨界点突破」
――静かだ。だが、機体は確実に崩れていく。
それでも高斗は、なおもアクセルを緩めない。
「俺を舐めるなよ!」
――こっちはあえてアシュラシステムを囮にしてんだよ! 牙を立ててきた瞬間、そいつごと粉砕する!
玄武の両腕に握られていた二振りの超振動チタンブレードが、ブースターによる瞬間振動出力を限界突破まで引き上げる。
刀身が白銀から蒼白へと相転移し、鋭く輝いた。
目の前に立ちふさがるのは、全長十メートル超の大型魔物──百牙蛇蟲(制圧指標102)!
だが、高斗は微塵も動じない。
レバーを一気に振りぬく!
ガガガガガッ!
超振動波によって撃ち出されたブレードが、大気ごと敵影を両断する。
魔物の全身が音速で裂け、その体液が爆発的に噴き出した。
それでも高斗は止まらない。
次なる標的へと、破砕の進軍を続ける!
(こいつ……どこまで無茶をやる気だよ!? っていうか、なんで俺は、こんな奴の中にいるんだよ!?)
吠えるような駆動音とともに、機体はガード下から空へと跳ね上がる。
重たい風が、装甲の隙間を叩いていった。
着地の衝撃で、地面が震え、レールが飴細工のように歪む。だが、そんなことなど意に介さない。
「補給物資はどこだ!」
視線を走らせた先、駅構内に停車している補給列車を発見する。
「あそこか!」
アクセルを踏み込もうとした──その瞬間、背筋に悪寒が走った。
補給列車のまわりには、警護のための人型装甲騎兵『白虎』が七体。
しかし……そのすべてが、まるで時間が止まったかのように動かない。
ピクリとも、微動だにもしないのだ。
(なんだよ、あの静けさ……)
――……嫌な予感しかしねぇ。




