研究棟(3)
タカトの周りにまばらに立ち尽くしていた収容者たちが、いきなり悲鳴を上げた。
その表情が、みるみると恐怖に染まっていく。
それもそのはず、研究棟の中に立ち並ぶタンクの影から異形のモノたちが次々と姿を現したのだ。
異形のモノ、それは、まさに、何だか分からないモノ。
ただ、その何だか分からないにもかかわらず、そのモノが持つ人の存在だけははっきりと認識できるのである。
それが、さらに恐怖を掻き立てたのだ。
犬のような体に人の頭。
人の体から伸びる蛇の様な頭と腕。
何本もの触手が生えているグニュとしたタコのような体の中心に、人の顔。
男と女の二つの表情を持つナメクジ……などなど。
もはや、魔物なのか、人なのか分からない生き物たちである。
「はははは、驚いたか! ワシの傑作のペットたちだ!」
その偉業の生き物の後ろから、一人の老人が姿を現した。
その老人こそ、ソフィアの部屋から駆け出してきたケテレツである。
ケテレツはソフィアの命にしたがい、カルロス達収容者を捕まえに来ていたのだ。
「お前たちも、わしの実験材料になるがいい!」
そのカルロスの言葉を合図にするかのように異形のモノ、いや、ペットたちが一斉に収容者達に襲い掛かった。
「逃げろ!」
カルロスが叫んだ。
しかし、既に遅い。
犬のような異形のモノは、それが持つ人の口からよだれを垂らしながら、収容者の首に噛みつき、頭を振る。
その動きに合わせて、ぼさぼさの黒髪が、左右に行き来する。
蛇の様な頭と腕をもつモノは、その長い腕で、収容者の体を締め上げる。
タコの様な足を持つモノは、それぞれの足で、何人かの収容者を絡みとっていた。
二つの頭をもつナメクジは、それぞれの口から白い液体を吐き出すと瞬時に、収容者の服が溶けだしていた。
ブシャァ!
研究棟のいたるところから血しぶきが上がる。
肉を噛み千切られた収容者の首から、赤い血が噴き出す。
犬についた人の頭が、その肉をおいしそうにほお張っている。
人が人を食っている異様な光景。
いや、既にあれは人ではないか……
すでに、人としての感情は失われているのだろう。
タコの様な足を持つモノによって締め上げられた収容者は、既に全身の骨を砕かれているようで、白目をむいた目から赤き涙のように血を垂れ流し、腕をだらんと垂らしている。
その足元には、血だまりができていた。
おそらく、砕けた骨が、肉を貫き飛び出しているのであろう。
人の体から伸びる、蛇の様な頭と腕をもつものは、お食事タイムのようである。
ぱっくりと割れた蛇の顎が大きく開くと、腕を巻き付けた収容者の頭から丸のみを始めた。
それに抵抗するかのように収容者の体が暴れる。
しかし、蛇の腕の締め付けは強い。
そんな事ぐらいでは、外れない。
体半分まで飲み込まれた頃には、収容者は動きを止めていた。
ゆっくりと、蛇の喉が膨らんでいく。
二つの頭をもつナメクジの前には、血だまりができていた。
その血だまりの真ん中には収容者が、うつぶせで倒れている。
すでに、ナメクジが吐き出した消化液により収容者の肉からは骨が見え、内臓がこぼれ落ちている。
その内臓もまた、プスプスと白煙をふきながら溶け始めていた。
その血だまりを、ナメクジの頭間についた二人の男女の頭が、おいしそうに吸い上げていた。
食事が終わった犬のようなモノは、次の獲物としてビン子に狙いを定めた。
うがぁぁぁぁ!
大きな口を広げとびかかる人面犬。
迫りくるその女の蒼白の表情に、裂けた口から赤き血が糸を引く。
ぼさぼさの黒髪が、遅れながらついてくる。
きゃぁぁ!
その迫りくる恐怖にビン子は立ちすくんでしまった。
突然の現れた異形のモノ、次々と食われる収容者たち、恐怖するなと言う方が無理である。
そして、今、その犬の首についた人の顔がビン子に噛みつこうとしているのだ。
硬直したビン子の体は、目をつぶることしかできなかった。
ガチン!
人面犬の牙が、閉じられた。
だが、その刹那、ビン子の前に一匹の異形のモノが立ちふさがった。
それは緑の怪獣!
そう、タカトが着た怪獣の着ぐるみであった。
怪獣の鼻っ面に、人面犬についた人の口がかみついていた。
人面犬が勢いよく首を振る。
すると、その勢いに耐えかねた怪獣の鼻っ面がちぎれ飛ぶ。
残った鼻先から、白い綿がモコっと勢いよく飛び出してきた。
「ビン子に近づくな!」
ビン子を背に両手を広げるタカト。
ぺっ!
と、怪獣の鼻を吐き出す人面犬。
怒りともとれるうなり声を響かせ、タカトをにらむ。
肉を寄こせ……
まるで、その黒き目は言っているようである。
ビン子をあきらめきれる人面犬。
次の瞬間、人面犬がタカトに向かって飛びかかった。
だがしかし、タカトはニヤッと笑う。
待ってましたと言わんばかり口角が上がった。
何か秘策があるのだろうか?
「くらえ、必殺技その参! モンスターハンマー!」




