人魔収容所(5)
「タカト! 覚えておきなさい! 帰ったら、燃やすからね!」
ビン子はタカトをにらみつけた。
あの目、マジで怒っている。おそらく先日、バカにされたことをきっとまだ根に持っているのだ。
――いやだねぇ。
タカトは小バカにしたかのように手を肩の横で小さく広げ、頭を振った。
「ははは、馬鹿め! ビン子! お前なんぞにムフフな本を燃やさせるものか! 俺が先に戻って、隠せば済むことよ!」
バカはお前だ!
いらぬことを口走りよってからに!
当然、火に油を注がれたビン子の怒りはさらに燃え上がった。
目に炎をたぎらせたビン子は拳を握りしめて怒鳴り声をあげようとした。
だが、ビン子もバカではない。
大きく深呼吸したビン子は、口に笑みを浮かべながら鋭く口撃を加えた。
「で、タカトさんは、どうやってココから出る気なんですかねぇ! 分かっているのなら教えて頂戴! お殿様!」
ちっ! ちっ! ちっ!
勝ち誇ったかのようにタカトは、誇らしげに己が指を顔の前で振った。
「フン! ビン子! お前はバカじゃないのか! そこの壁に鍵がかかっているのが見えないのか!」
自信満々のタカトは、廊下の先をビシリと指さした。
驚くビン子は、当然タカトが指さす壁を見た。
――おーなるほど、鍵の束がかかっているわね。
確かにあの鍵があれば、簡単にこの牢屋から出ることはできそうだ。
――でっ? どうやって鍵を取るの?
鍵の束までは、およそ10m。
腕を伸ばしたぐらいでは届かない。
牢屋の中には、そこに届くような棒やロープと言った類の道具も見当たらないのである。
鍵は見えてもとることはできない!
これ、牢獄アルアル! お決まりですね!
当然、ビン子の反応は、
「バカはタカトじゃない! どうやってあんな離れた鍵を取ってくるのよ!」
である……
「バカと言う方がバカなんじゃい!」
タカトはビン子ごときにバカにされまいと必死になって反論するが、そもそも、先にバカって言ったのはタカト君だったのではなかっただろうか。
さすれば、やっぱり馬鹿はタカト君、君の方だと思うのだけど。
まぁ、今はそんなことを議論している場合ではない。
でもって、タカトは自分の右腕をビン子へと突き出したではないか。
意味が分からないビン子は首を傾げる。
「その右腕……相変わらず貧弱よね……」
「アホか! 俺の腕ではないわ!」
「だったら何なのよ!」
これでもかと言わんばかりにタカトは自分の二の腕を指さした。
そこには透き通る青いブレスレットがまかれていたのである。
――あっ!
ビン子は何かに気づいたようだ
「タマ!」
「タマ!」
二人の大きな声が、静かな牢獄の中でハモった。
そう、タカトの腕にはスライムのタマが引っ付いていたのだ。
落ちないように、タカトの二の腕にチューブ状になってまとわりついているのだ。
そうそれは、まるでブレスレットのようである。
タカトは、タマをツンツンとつついた。
「おーい、タマ起きてるか? ちょっと手伝ってくれよ」
タマは今まで眠っていたのであろうか、その体の表面をつつかれるとまるでゼリーのようにプルルンと揺れ動いた。
青きチューブは、タカトの二の腕で一つの塊に固まると、タカトの体をいそいそとつたって降りていく。
そして、ついには地面へとぴょこんと飛び降りたのであった。
そんなタマの前にタカトは膝まづいて、鍵のある壁を指さした。
「タマ! あそこに鍵がかかっているのが分かるか。あの鍵の束を取ってきてくれないか」
それを聞くや否やタマは、了解しましたと言わんばかりに体をプルンと震わした。
檻の柵に押し付けられたタマの体が、ぐにゅッと柔らかくつぶれたかと思うと、スルリと隙間から廊下へと滑り抜け落ちていく。
「よし! いいぞ!」
檻に顔を押し付けて、タマの行動を監視するタカトは嬉々としながら叫び声をあげた。
タマを使った発想には、さすがのビン子も驚いた。
――タカトにしては、しっかりとした考えじゃないの。
「タマ! お願い頑張って!」
いつしかビン子も柵に顔を押し当てながら、タマの行方を固唾を飲みながら見守っていた。
まぁ、タマが鍵を認識して持ってくるということ自体、とてもすごいことだと思うのだが、この二人は、当然の事のように完全にスルーしていた。
時間をかけながらもタマは壁にかかった鍵の束へとたどり着いた。
そして、その体をうまく使いながら、鍵を壁からうまく外し、ついには体の中に取り込んだのである。
「よっしゃぁぁ!」
「やったぁ!」
タカトとビン子は両手をハイタッチ。
そして、タマはゆっくりと今来た廊下を、ずるずると這い戻ってきはじめた。
――大成功!
その様子を見て二人はとても喜んだ。
「それ見ろ! 俺にとっては、牢から出るなんて朝飯前よ!」
「すごぉーぃ! タカト、ちょっと見直したわ」
なんだ、この貯蔵室って、簡単に抜け出すことができるのね。
思った以上に警備がザルなんだ! ザル!
って、いやいや、こんなお利口なスライムなんて普通、持ってないですからね。
いつしか貯蔵室の数ある牢屋では、中で収監されている人々が顔を檻に押し付け、その出来事を見守っていた。
あの子供たちのもとに牢屋の鍵が届けば、自分たちもここから出られる。
生きて人魔収容所から出ることができるかもしれない。
一縷の希望が、今、目の前でゆっくりと進んでいるのである
自ずと皆の視線がタマの一挙手一投足を見守っていた。
あっ! タマには手も足もなかったんだ。
だってスライムなんだもん。
今、貯蔵室の長い廊下をタマがよいしょよいしょと、その小さき体で鍵の束を運んでいる。
タマの体が揺れるたびに、突き出ている鍵の束をつないでいる輪っかがカチャカチャと音を立てていた。
「頑張れ! 頑張れ!」
そんな廊下に、いつしか多くの声援があふれていた。
今、牢からのぞく人々の心が、タマを中心として一つにまとまっていたのである。
そしてついについに! タマはタカトたちが待つ牢の前まで戻ってきた。
少しうれしそうなタマは檻の隙間に体を押し込んでいく。
体からはみ出ていた鍵の束の輪っかが檻にカツンとあたり、今度は妙に静まり返った貯蔵室の中に乾いた金属音を響かせた。
カツカツと音を立てるタマの体が、やっとのことで牢の中へとするりと入りこんだ。
その瞬間、全ての牢屋から歓声が上がった。
「よくやった!」
「これで俺たちは自由だ!」
タカトたちの前で監禁されているコウスケも喜んでいた。
いつの間にかコウスケの横で立っているピンクのオッサンも、ハンカチで目頭を押さえているではないか。
皆が、小さきスライムの頑張りを祝福していた。
えらいぞ! タマ!
よく頑張った!




