湯煙騒乱(2)
人魔収容所の貯蔵室は、しーんと静まり返っていた。
時折、誰かが動くのか、こすれる小さな物音が、やけに大きく聞こえてくる。
牢の中に入れられた人間たちはあきらめ、言葉を発することもしなくなっていた。
牢の中は4畳ほどの白い床が、その中を清潔に保つかのように檻の外の通路の光を反射する。
その白い床の上に二つのベッドが、左右の壁に接するように並べられていた。
奥には、むき出しのトイレ。
その全てが白く、清潔である。
コウスケとピンクのオッサンことカレエーナがベッドに腰を下ろし、向かい合っていた。
コウスケは、着ぐるみをぬぎ、側に置く。
着ぐるみを脱いだ後は、下着のみ。
下着姿のコウスケは、抱えた足に額をつけてうずくまっていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
ただ単に、タカトを驚かそうと思っただけなのに。
ドッキリといえば深夜だろ。
病室のドア越しにそっとそのドアを爪で掻く。
ゆっくりと開いたドアからのぞきこむ怪獣の姿。
当然、タカトは絶叫するはずだった。
悲鳴を上げるタカトが見れればそれでよかったはずなのだ。
確かに深夜、こんな着ぐるみを着て神民街を走り回っていれば不審者だ。
だが、こんな時に限って人魔と遭遇するとはついていない。
それでも、いきなり人魔収容所は無いだろう。
ココから出たら、セレスティーノ様に言いつけてやる。
セレスティーノ様に言って、この人魔収容所なんて潰してやる。
……でも、でも、俺、ココから出られるのかな……
俺、タカトともう一度会えるのかな……
もう一度、一緒に笑うことができるのかな……
タカト会いたいよ……
「ううぅぅう……タカト……」
「あら、その声は恋する乙女の声ね」
カレエーナが自分の顔をか鏡で見ながら声をかけた。
コウスケは、ビクッと肩を揺らすも、何も答えない。
ため息をつくカレエーナ。
一人でつぶやく。
「コウズケ君。あなた、その子のこと、好きなのね」
コウスケはやはり黙ったままである。
タカトの名前を呟いたのが恥ずかしかったのだろうか。
それとも、恋する乙女と言われたのが傷ついたのであろうか。
カレエーナは鏡で自分が作った笑顔を確認している。
コウスケは、やっと、ぼそっと呟いた。
「……別に好きとかじゃないですから……」
自分に言い聞かせるかのように、小さく呟く。
「あら、そうなの……ごめんね」
「いや……いいです」
「でもね、こんな状況で、その人の名前が出るってことは、それは、きっとあなたの心の一部なのよ」
ドキっとするコウスケは、顔を赤くする。
そして、立てた膝に顔をうずめた。
俺は、タカトの事が好きなのか?
いやいや、そんなことがあるはずがない。俺はビン子さん命と決めたはずだ。
では、なぜ、俺はビン子さんの名前ではなくタカトの名前を呟いたんだ……
「大体、タカトは男だし……」
「別に男の子だからって、男の子を好きになっちゃいけないってことはないのよ」
また、コウスケは黙り込んでしまった。
これ以上、何かしゃべると墓穴を掘りそうだ。
カレエーナは、気にせずに続ける。
「愛は、男と女でなくても構わないのよ」
口角を上げたり下げたり忙しい。
フェイストレーニングが日課なのか。
鏡を見ながら不気味な笑みを浮かべている。
「憧れ、尊敬、友情、それらも根底にあるのは愛なのよ」
ハッと気づくコウスケ。
俺は、タカトにどんな気持ちを抱いていたというのだろうか。
ビン子さんがそばに居続けるという、妬み、ひがみなのか。
いや違う。
タカトの道具作りにかける情熱に憧れていたのか。
確かにそれは無いとは言えない。
タカトと道具作りを競っている間は、自分も夢中になれた。
そして、あのタカトに勝った時の高揚感。
一つの目標をクリアーしたかのような満足感があった。
やはり、道具作りの友なのか。
いや……やはり、それだけではない。
自分は、神民学校の教室ではムードメーカーだ。
これは自分でも自覚している。
教室では自分を中心に笑顔が広がっている。
俺のことを笑って、みんながハッピーになっている。
だけど……
俺の幸せはどこにある。
俺の笑顔は、本当にそこにあるのか?
みんな、俺の笑顔を喜ぶけれど、俺を笑顔にしようとしない。
でも、タカトは違う。
アイツの目線は常に俺と同じ。
アイツが俺を笑えば、俺もアイツを笑う。
タカトがいたから俺は、笑顔になれたんだ……
俺は、タカトの笑顔が好きだったんだ……
「あら、何か気づいたようね」
コウスケは膝にうずめた頭でうなずいた。
うずめた頭から嗚咽が漏れる。
膝と膝の間に涙と鼻水が流れ落ちていた。
「恥ずかしがることはないは、あなたはあなた。どうどうと、自分の気持ちに素直になればいいの」
カレエーナは、鏡を見ながら、鼻の穴に指を突っ込んでいる。
どうやら、一本の鼻毛が気になっているようである。
何度も中指と親指の爪で、鼻毛を抜こうとあがいているが、うまくいかない。
テヤ!
遂に、目的の鼻毛が抜けたようである。
「こう見えても私、自分の気持ちをぶつけまくっているのよ」
こう見えてもって……逞しい以外に見えないのですが、いや、不気味、おどろおどろしい。まだ、こんな表現が残っているか。
「コウズケくんが、ゼレスディーノ様の神民なら、私の家族みたいなもの。いや、そのうちゼレスディーノ様と結ばれるのだから、私にとっては我が子同然。だから、私は、あなたの恋を全力で応援するわ!」
「ありがとうございます! 師匠!」




